Neetel Inside 文芸新都
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 結局、その晩先輩は目を醒まさず、僕は食事を摂らず、簡単にシャワーを浴びた後、布団を出して眠った。目が醒めたのは七時頃で、壁のカレンダーで今日が日曜日であることを確認してからもう一度眠った。昨日から、眠ってばかりいる気がする。
 かちゃかちゃと陶器のぶつかる音で、目が醒めた。ダイニングを覗くと、先輩がインスタントの珈琲を淹れている。なんだか酷く、不機嫌そうな顔をしている。
「起きてたの」
「服を着せたまま寝かせるなんて、どういう神経をしているのかしら。
 皺になって仕舞ったじゃない」
「ごめん。でも、脱がす訳にもいかないから」
「一昨日あれだけやった男の言葉とは思えないわね」
 彼女は尚もぶつぶつと文句を言いながら、それでもしっかりと二つのマグカップにお湯を注いでくれた。勝手に戸棚を開けてガムシロップの袋を出すと、僕のマグカップに一つ、二つ、三つと次々に入れると、碌に混ぜもせずにずいとそれを僕の方へ突き出した。
「ガムシロまみれの刑」
「ありがとう」
 僕は苦笑混じりに受け取って、匙で掻き混ぜてからそれを飲んだ。甘い。
「それで、昨日は何故僕の家に」
「メールも電話も出ないのだもの。仕方ないじゃない」
「そうじゃない。用件を聞いてるんだ」
 そう言うと、彼女はじっとりとした視線を僕に向け、すぐに可愛らしい笑顔になって答えた。
「今日の三時から、スタヂオを予約してあるの。もう少ししたら起こすつもりだったから、調度好かった」
「他の二人は」
「みんな来るわ。あなたも来るでしょう」
「うん、わかった」
「もう、一週間もないのだから」
「わかってるよ」
 先輩が、口を噤む。少し、苛々とした色が自分の声に混じっている。
「……ああ、そう。
 アイロンを貸してくれないかしら。皺を伸ばしたいから」
 僕はベッドルームにある押し入れからアイロンと台を取り出してダイニングへ運び、コンセントの近くに置いた。プラグを差し込む。
「弱にしてね。焦がすと不可ないから」
 僕は頷いて、温度のつまみを『Low』に合わせる。そして、服を着替える為にまたベッドルームに戻った。
 僕の家の構造は、1DKになっている。玄関を開けると、正面にユニットバスへ通じるドアがある。トイレだけは別で、その隣のドアの中だ。短い廊下の先にはダイニングがあり、そのさらに奥の引戸の先にベッドルームがある。クローゼットを開ける。今日は、monomaniaのロングTに、細身のジーンズを合わせることにした。昨日の自分と比べると、まるで別人だ。そういえば、あの人の部屋に服を置いてきて仕舞った。取りに行かなくては。
 ダイニングに戻ると、先輩は下着姿でアイロンを掛けていた。
「また、痩せたね。食べてないでしょう」
「食べてるわよ、ちゃんと。その後吐いて仕舞うけれど。癖みたいな物ね。余り以前と変わらないわ」
「そう」
 白い肌。鎖骨も肋骨も、はっきりと形が分かる。小柄な肢体に似つかわしくない、豊満な胸。あの人も人形のようだが、先輩もまた人形のように愛らしい。ただそこには球体関節人形と愛玩人形の様な差はあるが。
「こんなものかな」
 アイロンを掛け終えたらしい先輩は、電源を切って立ち上がった。そのまま僕に抱き着いてキスをした。
「何」
「何とは何よ」
 指の長い手で、彼女は僕の股間をまさぐる。吐息が甘い。
「練習、行くのでしょう。遅刻しますよ」
「つまらないの」
 彼女は少しもつまらなくない様な顔で僕から離れると、ブラウスを取り上げて釦を掛け始めた。スカートのジッパーを引き上げる。僕もまた、ギターを背負い、鞄を抱き抱えた。

       

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