Neetel Inside 文芸新都
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 腕に重い疲れを感じて、手を休める。すると、静寂を押し退けて、小さな拍手が聞こえた。はっ、と気付いて前を向くと、そこには一人の女性が座っていた。いつから居たのだろう。真夜中だというのに、日傘を差している。alice auaaの、頽廃的なデザインの真っ黒いドレスと、それとは対照的な真っ白い胸元。モノクロ二階調に拠る、鮮やかなコントラスト。闇に溶け込むようなその姿は、まるで亡霊のようだ。ガントレットをした手が放つ、聞きように因っては間の抜けたようにも思える拍手だけが、妙に現実的だった。
「お上手ですね」
 出し抜けに、その女性は言う。僕は言葉を失った儘、立ち尽くしていた。うっすらとした笑みを浮かべた儘で、女性は再び口を開いた。
「今の曲、何と言う題名かしら」
「……特に、ないです」
 凛と響く問い掛けとは裏腹に、応える声はたどたどしい。
「即興、なのですね。素敵だわ」
「……どうも」
「あまり、邪魔をしては悪いわね。今夜は失礼するわ。また、聞きにきても佳いかしら」
「……どうぞ」
「嬉しいわ。では、また」
 最後に笑みを残して、女性は去って行った。僕はその後ろ姿が見えなくなるまで見送って、ゆるゆるとギターをケースに仕舞うと、いましがた彼女が消えて行った道を辿って、家路についたのだった。

       

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