02 雨上がりの夜空に。
町を出てから、かれこれ一時間。私達は国道の沿岸を歩き続けている。
たった一時間歩いただけなのに、辺りの景色からはほとんど生活の臭いは感じられなくなった。
見えるものは、切り立った山の斜面と海だけだ。まだ九時頃だというのに、あまりにも静かすぎる。
「今日中に県境を越えるのは、ちょっと無理かもね」
後ろを歩く繭歌に振り返る。
「うう……そう……だね。そう……かも……だね」
繭歌の額からは、大粒の汗が噴出していた。息もかなりあがっているし、今にも倒れそうなぐらい表情も辛そうだ。
「あのさ……繭歌。私、交代しようか?」
「い、いい。大丈夫。ぜんっぜんだいじょぶだよ」
「なら、良いんだけどさ」
こんなやりとりを、この一時間のうちに、かれこれ10回は繰り返している。
運動部に入っていた私のほうが、繭歌より体力はあるだろうし。体力のあるうちに、繭歌の負担を軽くできるなら、その方が良い。と、私は考えているのだけど……。
なかなか繭歌は交代してくれない。
新しく繭歌についてわかったのは。結構、頑固だって事だ。
「うーん。なんか、良い方法ないかなぁ」
私は思案する。
このままでは、どう考えても隣の県まで繭歌の体力がもたない。
もし途中で私が無理矢理に繭歌から荷物を引き剥がして交代したとしても。やっぱり、朝までに到着するのは難しいと思う。
女の子の二人旅だ。体力勝負の無茶な計画は立てられない。
結局のところ。武器といえるのは、若さとかやる気だけなのだ。
「ねぇ、繭歌」
「なにー……」
掠れた声の繭歌に近づき。私は鞄からミネラルウォーターを取り出す。
キャップを開けて繭歌に渡すと。よっぽど喉が渇いていたのか、凄い勢いで繭歌は飲みはじめた。
「ちょっとさ、考えたんだけど……ヒッチハイクしない?」
「くふ、ヒッチハイクぅ?」
少しむせながら、繭歌は大袈裟に驚いた。
「うん。だってこのまま歩いて移動するのってやっぱ無理があると思うんだ」
「でもさ、でもさ。やっぱ一歩ずつ歩いて行く感じっていうかさ。なんかさ、そういう苦労があったほうが、目的を達成した時の感動っていうかさ。そういうのが大きいのじゃないかなー」
「じゃあ、この先もずっと繭歌はその重い荷物を背負って歩くわけ?」
「べ……べっつにぃ。私はまだまだ余裕だもん」
まだ言うか。
こっちは、繭歌の事心配して言ってるっていうのに。
「ふーん。でも、私は車が止まってくれたら、さっさと乗っちゃうけどね」
「えー……七海ちゃんずるい」
「ずるくないよ。繭歌が勝手に意地張ってるだけでしょ」
「むぅ……七海ちゃんがそう言うなら……」
口を尖らせて。繭歌はくぴくぴとミネラルウォーターに口をつけながら黙ってしまった。
「じゃあ。ここで車が通るの待つからね」
私は地面に腰を下ろす。さっきまで降っていた雨のせいか、アスファルトは少し湿っていた。
走ったり、たくさん歩いたせいで、なんだか足が重い。むくみをとるために、軽くマッサージする。
「う、うんー。わかったよぉ」
拗ねてるようだけど。素直に私に続いて、繭歌も腰を下ろした。大きなリュックを前に置き。クッションのように抱えている。
二人並んで。車が通るのを待つ。けれど、聞こえるのは道路沿いの波音だけで、一向に車がやってくる気配はない。
「読みが甘かったかなぁ」
私も喉が渇いたので、繭歌の持っているペットボトルを取り上げる。
「あー!」
残っていたミネラルウォーターを飲み始めると、繭歌が大きな声をあげた。
「そんな大声出さなくてもいいじゃん。元々、私のなんだからさ」
「そうじゃなくてー。七海ちゃん口つけた」
くち?
繭歌はまじまじと、私の持つボトルの飲み口を見つめている。
ああ、なるほど。繭歌が飲んだ後に私が口を付けたって事か。
「別にいーじゃん。そんなに気にする事じゃないでしょ。女同士なんだしさ」
「それはそうだけどぉ……間接キスって。ちょっと、どきどきしちゃうよねー」
「ちょっと、間接キスとか恥ずかしい事言わないでくれる?」
「だってぇー」
まったく。何が、「だって」なんだか……。
手に持ったペットボトルの飲み口を、まじまじと見てしまう。
本当なら、別に気にするような事じゃないんだけど。繭歌が変な事言うから、なんだか意識してしまう。
結局、私は一口飲んだだけで、ペットボトルに蓋をした。