「うー……七海ちゃん。助けてー……」
繭歌はまだ乗り込めずに、ドアの下でぴょんぴょん跳ねて助けを求めていた。
「もう、何してるのさ。早く乗りなよ。おじさん、待ってくれてるんだから」
「わかってるけどさー。リュ、リュックが。リュックがー」」
ああ、そっか。リュックの重さで繭歌は足掛けから動けないのか。
ほんと、手がかかるんだから。
「ほら、じゃあ。私が先にリュック受け取るから」
「うんー。七海ちゃんありがとね」
後ろに倒れこみそうになりながら、繭歌がリュックを渡してくる。
ずしりとした重みに、腕が引っ張られる。これは確かに重い。
繭歌の事だから、考えもなしに缶詰ばっかり買ったに違いない。そうでなければ、ここまで重くなるはずがない。
とはいえ、これから先。私も繭歌の買った食糧にお世話になるのだから、あまり強くは言えない。
「はぁ、どもども。やっと到着」
乗り込んだ繭歌はリュックを受け取り、足元に強引に押し込めはじめる。
「よっしゃ。ほな、出発するで」
二人が揃ったのを確認して、おじさんはトラックを発車させた。車内が揺れて、ゆっくりと前進をはじめる。
慌ててシートベルトを探して、私と繭歌はそれぞれ装着した。
トラックは国道を黙々と走る。
窓から見える景色は、歩いていた時と変らずとても退屈だ。
それでも、確実に町からは離れている。これで、なんとか最初の難関はなんとかクリアした……かな。
旅はまだ始まったばかりなのに。こんなに苦労するとは思わなかった。
こんな調子で、私達はこれから先。一体どこまで進む事ができるんだろう?
心の中に常に付きまとう不安は晴れない。
「こんな夜に~お前に乗れない、なんてぇ~」
車内は特にこれといった会話もなく、時折思い出したように、それでいて私達に気を遣うように、おじさんが鼻歌を口ずさむ。
知らない曲ではなかったけれど。多分、私達が生まれる前の曲なので、名前までは思い出せなかった。
「俺な。熊田いうねん……お嬢ちゃんらはなんていうん?」
「えっと、七海です」
「繭歌ですです」
鼻歌を中断し、おじさんが急に話しかけてきた。
ずっと沈黙が続いていたので、びっくりしてしまう。
どうやら、おじさんは熊田さんというらしい。
私達も、熊田さんに名前を教える。
「自分の娘ぐらいの歳の子と、何話してええかわからんけど、まぁ……こうやって知り合ったのも何かの縁やろうし、短い間やけど楽しく行こうや」
確かに。
熊田さんの言う通り、せっかく旅の途中で人と会ったのに、黙って外の景色を眺めているだけというのも、なんだか勿体ない気がする。
「熊田さんも娘さんがいるんですか?」
とりあえず、なんでも良いから熊田さんに話を振ってみる。
「おるよ。今年高校二年になったとこかな」
「私達と一緒ですね」
「ははは、まぁ。めっちゃ嫌われてんねんけどな」
「そ、そうなんですか」
私も、お父さんの事を好きじゃないから。複雑な気分だ。
「七海ちゃんはお父さんと仲ええのんか?」
「いえ、あんまり……」
「そうかぁ……」
寂しそうに熊田さんは息と一緒に言葉を吐き出す。
「でも、まぁ……年頃の女の子っていうのはそういうもんなんかもしれへんなぁ」
「みんながそうだとは限らないと思いますけど……」
私がお父さんを嫌いなのは、浮気のせいだし。知り合いの女の子でも、お父さんの事が大好きだと言っている子はたくさんいる。
「ほら、俺ってこんなんやろ?」
熊田さんは自分を指さす。
こんなん。と言われても、熊田さんとはついさっき出会ったばかりなので、よくわからない。
少なくとも、そんなに悪い人には見えないけれど。
「なんちゅーのかな。がさつやし、声でかいし、言葉も……まぁ、汚いしな。おまけに顔もこんなんやし。自分でも、あんまえーとこないなぁって思うんよ。せやから、娘が俺の事嫌いになるんも、わからんでもないわけやな」
「はぁ……」
そういう、ものなのだろうか?そんな理由で、自分のお父さんを嫌いになったりするものなんだろうか?
「熊田さん、優しいのにねー」
いつの間に取り出したのか、ポテトチップをぱりぱりと食べながら、繭歌が口を挟んでくる。思いっきりシートに体を沈め、自分の部屋のように全開でリラックスしていた。
繭歌には遠慮という言葉はないのだろうか?
「ありがとうな。けど、一番嫌われとる理由は。俺がもとヤクザやってとこなんやろな」「えぇ?」
思わず声が裏返る。ヤクザって、あの……ヤクザ?熊田さんが?
そりゃ、顔は確かに怖いけど。まさか、本職の人だったとは……。
人生とは複雑だなぁ。と、それっぽい言葉で納得してみる。
「いや、昔の話やで。今はかカタギやし。ほんまに、ほんまに」
驚く私に気を遣ってか、熊田さんは茶化すように陽気な声で笑って、場を和ませようとする。
「どうして熊田さんはヤクザ屋さんをやめたの?」
私は繭歌の太腿を無言でつねる。
「いたぁっ。何するのさ、七海ちゃん」
「馬鹿じゃないの?あんた馬っ鹿じゃないの?」
「むー、つねられて馬鹿って言われたー」
わけがわからないのか、繭歌はつねられた場所をさすりながら、私を睨んでいる。
「普通、そんな事聞こうと思わないでしょ。空気読みなさいよ」
ひそひそと、繭歌に耳打で叱る。
「そうなの?」
駄目だこりゃ……。