Neetel Inside ニートノベル
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「ごめんなさい」
 繭歌に代わって、私は熊田さんに頭を下げる。
「いやいや、かまへんよ。そない気にするような事ちゃうし」 
 熊田さんは、本当に気にしていないのか。嫌な表情ひとつ見せずに、ひらひらと手を振って笑う。
「なんていうんかな。俺がヤクザやってた頃には、もう仁義も任侠もなくなってるような感じでな。まぁ、それは時代の流れっちゅうやつでしゃーないのかもしれんけど。極道っちゅうよりは、ほんま。ただのチンピラの集まりみたいな感じやったんよ。そやから……その、なんていうんかなぁ。アホらしなったんよね」
「アホらし。ですか」
 独特のイントネーション。馬鹿馬鹿しくなった、みたいな意味だろうか?
「誰かの役に立つわけでなし。世間様や家族からは疎まれて、そんなまでして俺何やってんねやろうって。そう思ったんよ」
「それで、運転手さんになったの?」
 繭歌はポテトチップスを食べ終わったのか。リュックの中に手を突っ込み。新しいお菓子を探している。
「そやねん。今までの人生を取り戻そう。ほったらかしてた分、これからは家族で旅行に行ったり、娘の学校の行事なんかにもちゃんと顔出そう。親らしいこと、旦那らしい事一杯したろう……そう、思ってたんやけどなぁ……人生ってなかなかうまい事、歯車が噛みあわんもんでなぁ」 
 熊田さんはそこまで話すと、一旦言葉を区切り。ハンドルの近くに置いてあった煙草の箱に手をかけた。
「一本、ええかな?」
 申し訳なさそうに、小さな声で聞かれる。
 本当は煙草の煙は苦手だけど。お世話になっている側なので、私は平気な顔を作って頷いた。
 繭歌は気にならないのか、もしゃもしゃと相変わらずポテトチップを頬張っている。
 窓を大きく開けて、熊田さんは煙草に火をつける。おいしそうに煙を吸ってから、大きく外に向かって吐き出した。  
 紫煙が風に流されて、景色に溶けていく。
「えーっと。どこまで話したっけな。そう、運送会社に就職も決まってな。これから家族のためにまっとうな金を稼ぐぞって意気込んどったところでな……何が起こったと思う?」
「えっと……」
 そんな風に聞かれても。色々と思いつく事はあるけど、下手な事を言えるわけがない。 
「娘がな、引き篭もりよってん」
「引き篭もり……ですか」
「俺がヤクザなん学校でバレててな。それで、ずっといじめられとったみたいなんや。俺、そんなんなんも知らんとな。気付いた時には家の中ボロボロになっとったんや。ほんま、アホっちゅーか頭悪すぎて、自分でも笑ってまうよな」
 自嘲気味な熊田さんの笑顔を作るけど。その笑顔は見ている私を、どこか悲しい気持にさせた。
「熊田さんの娘さんもさ。味方を作ればいいんだよ。たった一人でも味方がいれば、がんばれると思うんだよね」 
 ばふっ、と新しいお菓子の袋を開けて。繭歌は良い事を言ったといわんばかりの顔をする。
「誰もがみんな、自分の味方を見つけられるわけじゃないじゃん」
 開いたばかりのお菓子の袋に、私は手を突っ込む。繭歌が「あっ」と声をあげたけど、気にせずスナック菓子をニ、三個つまみあげた。
「でもさ、つらい状況だとさ。味方がいないとがんばれないよ。がんばる前に、多分折れちゃうと思うんだよ。私も七海ちゃんがいなかったら折れちゃってたかも」
「え?私?」
 まさか、この話の流れで自分の名前が出るなんて思っていなかった。
「そーだよ。私はね、七海ちゃんがいてくれたから学校が楽しくなったし、戦えたんだよ」
 照れる事なく、はっきりと言い切る繭歌の言葉に。私が逆に照れてしまう。
「戦えたって……大袈裟に言いすぎだって」
「大袈裟じゃないよ。あの時、七海ちゃんに声をかけてもらうまで、私にとって学校は敵ばっかりだったもん……どこにも、味方なんていなかったもん」
「私は別に何もしてないよ」
 私がした事といえば。教室の片隅で、一人で机の上にアニメ雑誌を広げて読んでいた繭歌に声をかけた。
 ただ、それだけ。
 あの時の私は、好美のグループにいて。その中でも比較的、力をもっていた智子は繭歌の事を毎日のように、気持悪いと愚痴っていたけど。
 そんなの、関係なかった。
 私が話したいと思った。私が繭歌の事を知りたいと思った。芹沢繭歌の事を知りたいと、私が思ったから。
 だから、話しかけた。
 繭歌がどう言おうと。どう思っていても。私は何も大した事なんてしていない。
「二人とも仲良しなんやなぁ。でもな、世の中はそんな風に助けてくれる人に恵まれる奴ばっかりと違うんよな」
 それは、娘さんの現状と照らし合わせての言葉なんだろう。
 深みがあった。
 世の中は。自分の居場所に必ず味方がいるなんて限らない。
 私の学校にだって、男女問わず大小様々なグループが存在していて。いつも周りには敵しかいないような状況の子だっている。
 私も、知らないうちに大きな女子グループに含まれていたけど。見渡したところで、そこには気を許せる子はおろか。味方なんて一人だっていなかった。
 ただ、敵意に晒されていなかってっていうだけだ。
 大勢に囲まれているからといって、そこが自分の味方ばかりとは限らない。
 繭歌は私という味方がいたから大丈夫だったと言った。
 でもそんなの。きっと、たまたまで偶然でラッキーなんだと思う。
 それは、繭歌と仲良くなれた私自身にだって言える事だし。
 だから、繭歌の言ってる事は理想だ。娘さんが一人で部屋に篭ってしまったという現実を見なくてはいけない熊田さんには、残念だけど繭歌の言葉が届くとは思えない。

       

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