Neetel Inside ニートノベル
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 私と繭歌は結構最後まで残っていたほうだけど。結局、一週間前の授業から二人とも出なくなった。
 その事をお父さんもお母さんも知っているけど、何も言わない。こんなご時世だから、と納得しているのか。呆れているのか。諦めているのか。
 とにかく。この町では繁華街で学生がぶらぶらと遊び歩いていても、注意する大人はいない。誰もがそんな光景を、ただ当たり前の事のように受け入れている。
「なーんかさ。変な感じだよね」
「ん?なにがなにが?」
 目が痛くなりそうな、ピンク色のカバンを置いてから、繭歌が私の隣に腰をおろす。 
「これからすっごく大変な事が起こるかもしれないのに、みんな普通に暮らそうとしてるじゃない?」
「うん」
「でもさ、完璧に今まで通りじゃなくてさ。ちょっとずつ、どこかしらで小さな綻びみたいなのは出てきてるのに。それでも、みんな今まで通りに暮らしたいから、そういう小さな違和感を必死で見ない振りしてるっていうか……」
「七海ちゃんは、そういうのがヤなの?」
「嫌っていうか。なんか気持ち悪い」
 私の大好きな町が、どんどん変なほうへ向かって行くんじゃないだろうか?そんな漠然とした不安に、襲われる時がある。
 それは私の中で。このままずっと、穏やかに暮らせるわけが無い。と心のどこかで思っているからかもしれない。
「ストレートだなぁ」
 繭歌は大げさに、溜息をついてみせる。
「私は自分の生まれた町に変わらないで欲しいだけ。ただ、そんだけ」
 もしも、世界が終わる日が本当にくるなら。私はこの町で穏やかな凪のように暮らしながら、死んでいきたい。今日も良い天気だねぇ。なんて当たり前の事を言いながら消えていきたい。
「地元愛ってやつだねぇ。でも、私はこの町あんまし好きじゃないから……七海ちゃんみたいには思えないかなぁー」
 学校では決して見せない少し冷めた表情で。けれど、明るいトーンの声で。繭歌は自分の鞄から、何やら薄い冊子のようなものを取りだした。
 冷たい表情に、明るい声。なんだか……ちぐはぐだ。
「何、それ?」
「えと、これはねー。台本だよ」
「台本って、なんの?」
「アニメのだよー。しかも、私が大好きな『花咲魔法少女ホワイト・リリィ』の13話の台本。ネットオークションで買ったんだー。レプリカなんだけどね」
「へぇ……」
 ホワイトほにゃららというアニメの事もよくわからないし。アニメの台本というものも、私は初めて見た。ぱっと見た感じは私達が学校で貰っていた、体育祭だとか文化祭のしおりと変わらない感じだ。
「繭歌はいつもそんなの持ち歩いてるわけ?」
「うん。人がいないところを見つけて、練習してるんだよ。いつでもオーディションを受けられるようにしとかないと」
「オーディションって……でも、そんなの」
 もう、きっと。あるわけないよ。そう、言いそうになって、私は口を閉じる。でも、きっとそれが現実だ。
 みんな、自分が今を生きる事に必死で。それは、繭歌が好きなアニメを作る人だとか、それを放送する人だとかも一緒なわけで。
 今、テレビではアニメなんてやってないし。バラエティ番組や、ドラマもやっていない。テレビのスィッチをいれて、流れてくるのは、重苦しくて堅苦しいニュース番組だけだ。
 けれど、繭歌の表情には、何の曇りもない。
 大きな瞳は、きらきらと輝いている。
「今はさ、オーディションとか、ほとんどないけど。でもでも、もしテレビで言うみたいに、世界がおしまいにならなかったらさ。その時になって練習しとけばよかったー……って後悔したくないもん」   
「なるほど。なんか、繭歌って意外に、努力家なんだね」
「あぁう、意外にって言い方は失礼だよー」
「や、ごめんごめん。悪い意味じゃないよ、誉めてるんだから」
 世の中が、大変な事になってて、余裕を失っている時に。自分の夢だとか、目標だとかを見失わず、その為に真っ直ぐに努力できる繭歌は偉いなぁと思う。
 だって、それは。みんなが言う、世界が終わる日のその先を見ているようで……なんて言うか、とても綺麗で純粋な、生命力の強さのように感じた。
「私もさ。繭歌みたいに、打ち込めるような事を、見つけておけばよかったかな」
 それは、きっと何でも良くて。
 例えば、部活だとか。例え漠然とぼやけていても、描く事のできる、未来の自分だとか。
 とにかく、今より先に繋がる何か。そういったものが、ひとつでも私にあれば、現状に少しは……それが、例え針の穴から見える太陽の光のようなものだとしても。こんな不安定な世界に、少しは希望を持って生きられただろうか?

       

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