Neetel Inside ニートノベル
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「良かったぁ。一人だとどうしようかと思ったよー」
 繭歌に手を引かれ、駐車場の端にあるトイレまで連れていかれる。
 女性トイレに入ると、個室のドアは全部開いていて。しばらく利用している人が誰もいないのが、ひと目でわかった。
 冷えたタイルと点滅する蛍光灯。それだけで十分に不気味な雰囲気を醸しだしている。
「何か出そうな感じだよねぇ……」
「何かって、何よ」
 ただでさえ、気味が悪いというのに。変な事を言わないで欲しい。
 ついて行くと行ったは良いけど、私はこういう薄暗くて今にも、その……幽霊とかが出そうな場所は非常に苦手だ。
 遊園地のおばけ屋敷でさえ、ずっと目を瞑っていなければ耐えられない。
 もちろん、幽霊なんて非科学的で。本当にはいないってわかってるつもりだけど。
 それでも、やっぱり恐いものは恐い。
「ほら、繭歌。待っててあげるからさっさと済ませてきちゃいなよ」
「うんー。ちゃんと待っててね?知らないうちに外に出たら嫌だからね?」
 個室に入っても、繭歌はなかなかドアを閉めようとせず。しつこく念を押してくる。
「はいはい。わかってるって」 
「じゃ、じゃあ……行ってきます」
 額に手を直角に当て、敬礼ポーズでおどけて見せた後。繭歌はようやく個室のドアを閉めようとする。
「あ、繭歌」
「なに?」
「わかってると思うけど。ちゃんと最初に水流しなさいよ?外に私いるんだからさ」
「うん、そだね。おしっこの音、聞えちゃうもんね」
「おしっこって……。もうちょっと言い方あるでしょ」
「えと、じゃあ。お花を摘む音とか」
「意味わかんないし」
 繭歌がドアを閉めたのを確認すると、私は鏡の設置されている洗面台に移動した。
「ぴゃぁぁぁぁぁっ!」
 途端、個室から繭歌の悲鳴が聞える。
 肩がびくっと震えた。
「ちょっと、脅かさないでよ。トイレットペーパーでも切れてた?」
「うぅん。それは大丈夫ー」
 じゃあ、ゴキブリでも出たのだろうか?あの黒いかさかさと動く生き物を想像しただけで、背筋がぞわぞわと寒くなる。
 間違っても幽霊が出たなんて言おうものなら、繭歌には申し訳ないけど走って逃げるしかない。
「なんか、便器の端に茶色いのがついててさ。汚い、汚いよー。」
 なんだ、そんな事か。心配して損した。
「それは……しょうがないんじゃない?だって、色んな人が使うわけだし」
 建てられたばかりのサービスエリアならともかく。どう見てもここは、ひと時代前からあるっぽいし。駐車場や建物を見る限り、頻繁に清掃業者が入ってるようにも思えない。
 女性用トイレとはいえ、使う人が清潔な人ばかりとも限らないわけで。運が悪かったとしか言いようがない。
「嫌なら他のとこ使えばいいじゃん。一杯空いてるんだし」
「うー……もういいよぉ。パンツ下げちゃったし、我慢するよぉ」
 めそめそと情け無い声を出しながら。繭歌は諦めたようだった。
 ざー、っと。勢い良く水の流れる音がトイレの壁に反響する。
 はぁ……何やってるんだろう。ほんと。 
 水音の残響の中。鏡に映る自分の顔を見ながら、暇つぶしに髪型なんかをチェックする。
 湿気があるのか、広がっていた髪を鏡を見ながら、左右から抑え。少し乱れた前髪もヘアピンを外し、手櫛で流れを整えてから、もう一度留めなおした。
 一通り髪を触り終えたら、やる事がなくなってしまう。繭歌はまだ出て来る気配はない。
「遅いなぁ……」 
「ご、ごめんね。わかってるんだけどね。なんか、緊張しちゃってさー」
 独り言のつもりだったけど。声が響いて繭歌に聞えたみたいだ。
 申し訳なさそうに、個室から繭歌が返事をしてくる。
「別にいいよ。急かせるつもりで言ったんじゃないし、ゆっくりしなよ」
 熊田さんもここで少し休憩するみたいだったし。まだ時間はあるはずだ。
「うん。がんばるー」
 トイレでがんばるって……どうなんだろう。さっきもそうだけど、女の子なんだし。もうちょっと恥じらうとかオブラートに包むとかしたほうが良いと思う。
「七海ちゃんさー。怒ったりしてない?」
「どしたの?急に」
「や、ほら。私の我侭に七海ちゃんを巻き込んじゃってるのかなー……なんて」
 ここまで来て、なんて今更な話しだろうか。
「トイレしながらする話じゃないと思うけど?」
「あー……うん。まぁ、そうなんだけどね。七海ちゃん、実は迷惑だと思ったりしてるんじゃないかなぁって」
「もし迷惑って言ったらどうするわけ?」
「うー……それはー……泣いちゃうかな?なんちゃって」
 へへへ。と笑う声はどこか力がない。繭歌なりに、真剣に気にしているようだ。普段は適当な感じで笑っているくせに、急に繊細な感じを出してくる。
 そんな繭歌に、私の心はいつも揺さぶられてばかりだ。
 壊れやすい人形みたいで。
 だから、放っておけない。一緒にいてあげなくちゃと思ってしまう。

       

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