Neetel Inside ニートノベル
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 さっぱりした顔で繭歌は個室から出てくると、私の隣に立ち、手を洗いはじめる。
「いやぁ。学校だと誰かがいるの当たり前だけど。七海ちゃんしかいないって思うと、なんか変に意識しちゃうよねー」
 すっごい雑な感じで手をすすぐと。あろう事か、そのままスカートでごしごしと手を擦りつけた。
「ちょ、あんた何してんのよ」
「何って、手を洗ったから拭いてるんだよぉ」
 いや、そんな。何言ってんのさ、みたいな顔で言われても。
 私が言いたいのは、なんで手をスカートで拭くのかという事なわけでさ。
「ハンカチ使いなよ」
「持ってないもん」
 はぁ。ほんとにこの子は。
「ほら、貸してあげるから」
 ポケットからハンカチを取り出し、繭歌の手に握らせる。
「おー、兎さんだ。七海ちゃんかわいいの好きなんだ。なんか意外だね」
 笑いを堪えているのか、ハンカチをまじまじと見つめる繭歌の口の端は今にも緩みそうになっている。
 私が兎柄のハンカチを持っているのが、そんなにおかしいのだろうか。
 そりゃあ、ちょっとは。自分でも可愛すぎるかなぁ。とか思ってるけどさ。
 これぐらいで半笑いになってるようでは、私の部屋に置いてある熊やマンボウの、ふわふわで丸っこいぬいぐるみを見たらきっと繭歌は爆笑してしまう事だろう。
 そういえば、お兄ちゃんも笑ってたっけ。
 私だってこれでも女の子だ。可愛いものを好きだって……そのぅ……おかしくないと思うのだけど。
「別にいいじゃん。使わないなら返してよ」
「わ、ごめごめ。使う使う」
 慌ててハンカチを広げて、繭歌は素早く手を拭いた後で、何故かくしゃくしゃになったハンカチを、そのままポケットに仕舞った。
「こら」
 手の平を繭歌に差出し、ハンカチを返すように求める。
「ん?どしたの七海ちゃん」
 私の手の平の上に繭歌は首を傾げながら、自分の手を軽く置いた。要するに『お手』のポーズだ。
「いや、そうじゃなくて。ハンカチ返しなさいよ」
「えー。ちゃんと洗って返すよー」
「一度繭歌が使っただけなんだし、そんなに気にしなくていいよ」
「えー……七海ちゃんのハンカチぃ。持ってちゃだめかな?」
 繭歌は何故か、ハンカチを返す事を頑なに拒んだ。
 どうやら、繭歌は本当にハンカチを返すつもりはないらしい。
 私のハンカチなんて、持っていても仕方ないと思うけど。やたらと、繭歌はこだわりを見せる。
「駄目っていうか。一緒にいるわけだし、言ってくれれば別に貸してあげるじゃん」
「そうだけどさー。なんかね、七海ちゃんの持ち物を身につけていたいなぁって」
「芹沢さん。よくわかんないです」
「うぁ。凄い他人行儀だよ。芹沢さんとか言われたし。だからさぁ、私と七海ちゃんのらぶらぶの証にしようかなって」
「ごめん、余計にわかんなくなった。それってつまりどういう事?」
「もー。らぶらぶって事は大好きって事で、愛してるって事でしょー。七海ちゃんは鈍いなぁ」
「鈍いって言われても……」
 それって私が悪いのだろうか?
「わかったわよ。そのかわり無くさないでよ?」
「うん。綺麗にして返すねー」
 繭歌は満足げにポケットをぱんぱんと叩いた。
「あ、七海ちゃん。あの、さっきの話なんだけどね」
「う、うん」
 さっきの。という話しが何を指しているのかはすぐにわかった。
 つまり、繭歌のお父さんの話しだ。
 どういう事情なのかわからないけど。つまり、繭歌が私に見せたくない心の深い部分の話し。  
「なんかさ。変な空気つくっちゃったなぁって思ってさ。んとね、七海ちゃんが変に気にしてなきゃそれでいいんだ」
「私に何ができるのかわかんないけどさ。悩みとか、何かあるならいつでも言いなさいよね」「あー……うん。えとね、あれはそのぅなんていうかさ。七海ちゃんには関係ないっていうかさ」
 繭歌に悪気がないのはわかってる。でも、関係ないって言われるのはなんだか寂しい。
 私にできる事なんて、たかが知れてるのかも知れない。
 それでも、どんなに小さくても。できる事があるあるなら、繭歌の力になってあげたい。そう思う。
「わかった。でも、私は繭歌の味方だからさ。一人で背負い込めなくなる前に相談する事。いい?」
「らじゃだよ。私の中で整理できたら、その時はちゃんと言うから。でも……全部言っちゃったら、今以上に弱くなっちゃって。七海ちゃんにすっごく寄りかかっちゃって、迷惑かけちゃうかもだけど」
「大丈夫。私はちゃんと受け止めるよ」
 例えそれがどんな事でも。私は繭歌の事をちゃんと知りたい。
 そして、私の事ももっと繭歌に知って欲しいと思う。

       

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