Neetel Inside ニートノベル
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繭歌が言ったように。もしも、私が自分の家庭の事を話したら。繭歌はどんな風に思うだろう?
 そう考えたら、私もなかなか繭歌に切り出せないのがわかる。
 抱えている事情はそれぞれ違うだろうけど。きっと、繭歌が私に話しづらいのは、こんな気持になってしまうからかもしれない。
 だから、待つしかない。
 だから、今はこれでいい。
「ありがとね、七海ちゃん」 
 そう言って、繭歌は私に抱きついてきた。
「もう。繭歌ってすぐ抱きついてくるよね」
「うんー。七海ちゃんをぎゅってすると落ち着くのだよだよ」
 抱きつくだけでなく、ぐりぐりと頬をすり寄せていた繭歌は、あろう事か。私の頬に唇を押し付けてきた。小さくちゅっと、頬から音がして。繭歌が私の頬を軽く吸ったのがわかる。
「わ、わ、繭歌。何すんのよ」
「ごめごめ。嬉しくてつい」
すこしはにかんで、繭歌は嬉しそうに唇を押さえている。顔もなんだか赤い。
「ついって、あんたね……」
「七海ちゃん怒った?」
「怒ったっていうかさ……」
 繭歌の唇の感触が残る頬に手を当てたまま、私は今起こった事にうまく整理がつけられず。呆然と繭歌を見つめる。
 つい。とか、たまたま。で、キスなんて普通するものだろうか?
 キスの経験がないわけじゃない。けど、それはやっぱり相手は男の子だったわけで。
 女の子にキスされるなんて、はじめてだ。
 うーん。でも、まぁ頬だし。別に深い意味はないのかも。
 繭歌の事だし。きっと悪ふざけが過ぎたに違いない。
 そんな風に考えながら、頭の違う部分で別の事を考える私もいる。
 好きだとか。愛してるとか。さっき繭歌がそんな事を言うものだから。
 だから今のキスも。もしかしたら、実は本気なんじゃないだろうか?なんて思ってしまう。 だからといって、繭歌を嫌いになったりはしないけど。
 私と繭歌は女の子同士……なわけで。
「七海ちゃん、行かないの?」
 さっきのキスの事なんて、なかったみたいに繭歌はいつも通りの、のほほんとした調子で私を急かすように手を引っ張っている。
 また、私だけ勝手にぐるぐると一人で悩んで、気持が取り残されたみたいになる。馬鹿みたいで、恥ずかしい。
 自分で納得できる答えが出ないまま。私はもやもやとした気持を抱えたままトイレを後にした。 

 トイレを出て、熊田さんを探すため、食堂のある建物に入った。
 決して広くない食堂で、見渡すまでもなく。真中のテーブルに陣取って、うどんをすすっている熊田さんを発見した。
「お待たせしました」
 頭を下げながら、熊田さんの対面に私と繭歌は座った。
「おー。ええよええよ、どうせ一時間ぐらいは休憩するつもりやし。それより二人ともお腹空いてんねやったら、なんか注文してきてええで?俺が払うさかいな」
 慣れた手つきで、うどんに七味を足していく熊田さん。どうやらご飯を奢ってくれるみたいだけど、私は夕飯を済ませて出てきているので、そんなにお腹は減っていない。
 繭歌もさっきあれだけおかしを食べていたのだから、きっと食べれないだろうし。
「あの。私ご飯食べ……」
「わー。やったね、七海ちゃん。ラッキーだね。熊田さん良い人だね。私、ハンバーグセット食べちゃおうかなぁ」」
「あんた、それ本気で言ってる?」 
 繭歌のお腹を、ついつい凝視する。
「んん?どしたの七海ちゃん」
「いや、食べすぎなんじゃないかなぁって」
「そんな事ないでしょー。おいしいじゃん、ハンバーグぅ」
 そりゃ、おいしいかもしれないけどさ。
 おいしいっていうのと、食べられるかはまた別問題だから。
「そやで、若いんやから遠慮する事ないで?この辺は物価安定しとるさかいそない高いわけちゃうし。それに疲れとる時はぎょうさん食べたほうがええよ」
「ほらほらー。熊田さんもこう言ってくれてるんだしさ。食べないほうが失礼ってものだよ」 でも、繭歌みたいにセットでがっつり食べられそうにもないし。
「ほな。これで二人とも好きなもん食べてきいや」
 熊田さんは財布から、少しくしゃくしゃになった千円札を取り出し、私の手に握らせた。 「それじゃあ、ごちそうになります……」
 渡されたお金返せる雰囲気でもないので。仕方なく、私は繭歌を連れて券売機へと向った。 繭歌は言っていた通り。ハンバーグの定食を。私は飲み物ぐらいしかお腹に入りそうになかったので、オレンジジュースを注文する。
 厨房の中のおばさんの手際は驚くほど早く。五分と待たずに注文した料理がトレイに乗せられる。
「お嬢ちゃんたち可愛いからね。これ、おまけしておくね」
 そう言っておばさんは、皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして。にっこり笑ってトレイに二つプリンを乗せてくれた。
「わぁ。ありがとうー。デザートつきなんて豪華だねぇ」
「あ、ありがとうございます。でも、本当に良いんですか?」
 おばさんの行為は嬉しいけど。
「いいのよ、いいのよ。最近は若い子なんてほとんど来ないし。残っても、無駄になっちゃうしね。このご時世だし、食べ物を捨てたりするのは気が引けちゃうじゃない」

       

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