Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 わからない。実感の湧かない話だ。そして、こんな風に実感が沸かない自分の姿こそが、私にとってのリアルだ。
「絶対見つかるよ。だって七海ちゃんは私なんかより、ずーっと頭も良いんだし」
 私を見る繭歌の目は真剣で。どこか、熱が篭っている。
「や、私は別に成績とかよくないから」
 謙遜というわけじゃない。学校に通っていた頃の私の成績は、下から探していったほうが早い。
成績の話だけでいえば、繭歌のほうが良いぐらいだし。
「んー。成績とか、そゆのじゃなくて。なんていうのかなぁ……人として深いというか。ちゃんと色々考えられるというか。とにかく、私は七海ちゃんに凄く憧れてるわけだよ」
「そうかなぁ……」
 そんな事、はじめて言われた。
 せっかく褒めてくれた繭歌には悪いけど。どうにも、過大評価をされてるようで、むず痒い。
 大体、私はそんなに奥深い人間じゃない。
 頭を使って生きているかと言われれば、使っていないし。
 何かを常に考えているのような、思慮深い人間でもない。
 何も考えてなんていない。ただ周りの時間が流れるままに、身を任せている。
 自分から、何か行動を起こす事もない、ありふれた受動的な人間だ。
 つまるところ、何も無い。からっぽだ。
「七海ちゃんが、自分の事をどう思ってるか私にはわかんないけどさ。私から見た七海ちゃんは、とっても素敵なんだよ。そういう事に、決定だよ」
「そんなに、はっきり断言されると、なんか照れるから」
 顔が、何だか熱い。
 そして、とても恥ずかしい。
「あ、ねぇねぇ。七海ちゃんに、お願いしたい事があるんだけど……いかな?」
「別に良いけど、難しいのとか、面倒なのはパスするからね」
「だじょぶ。だいじょぶ。全然難しくないから。七海ちゃんは、ただ聞いてくれれば良いだけだから」
 繭歌は一体何をはじめるつもりだろう?
 私が、疑問に思っていると。繭歌は立ち上がり、背筋を伸ばした。
「今から私が、台本を読むから。それを聞いて、ちゃんとできてるか判定して欲しいんだよ」「や、そんなの急に言われてもさ」
 普段からアニメも見ない私が、その演技がどうだとか、わかるはずがない。
 大体、わたし自身が演技なんてまったくできる人間ではない。学校行事の出し物の劇では、いつも台詞が無い背景の木だとか、町人Aだとか。とにかく、そんな感じの一言も話さなくても成立するような役ばかり選んできたぐらいなのに。
「あはは。なんとなーくで良いから、テレビから聞こえてきて変じゃないかな。とか、そんな感じのアバウトさで判断してくれていいから」
 ず、随分大雑把だなぁ……ほんとに、そんなので良いのだろうか?
「う、うん。それぐらいなら……できる、かな?」
「んじゃあ、読むからね。ちゃんと聞いててね」
 こほん。咳払いをひとつした後、繭歌はいつもの高いトーンの声はそのままに。けれど、はっきりとした滑舌で、台本の台詞を読みはじめた。
 そして、私は息を呑む。
 他の登場人物の台詞が無いから、繭歌の演じてるキャラクターが、どんな状況で話しているのかはわからない。
 でも、繭歌によって演じられる、その架空のキャラクターは。命を持ち、いきいきと言葉を紡いでいる。
 自分の目の前で、何かが誕生する瞬間。
 それはなんだか、私にそわそわとした高揚感を感じさせる。
 今まで、単純にクラスメートだと思っていた繭歌が、とんでもなく凄い人物のように思えた。
「ど、どかな? 何度も練習したから、自分では結構うまくできたと思うんだけど……」
 台本を閉じ、繭歌は、はにかんだ表情を見せる。
「うん。詳しい事はわかんないけど、凄く上手いと思った。なんか、繭歌が繭歌じゃないみたいに感じたっていうかさ、別の誰かが喋ってるみたいっていうか」
 本当はもっとたくさんの事を感じて、たくさんの事を繭歌に伝えたいのだけど……自分の感じた事を上手く言葉にできないのが、もどかしい。
「そかそかー。そう言ってもらえると、すっごく嬉しいねー」
 自分でも拙いと思う感想。それでも、繭歌は満足そうに喜んでくれた。
「七海ちゃんは……この町が好きなんだよね」
 呟いた繭歌から、笑顔が消えた。その視線は、どこか遠くの一点を見ている。
 唐突な呟きに、最初は繭歌が何の事を言っているのか、わからなかった。けれど、一瞬考えてから、それがさっき私が話した事と繋がるのだと気付く。
「まぁ、どちらかと言えば……」 
「私はねー、こんな町。なくなっちゃえば良いと思ってるよ」
 言ってから、私を気にするように、一瞬こちらに視線を送る。 繭歌の言葉は、意外だった。さっき、嫌いだとは言っていたけど。なくなってしまえというのは、あまりに過激だ。
「町のどこにいても海臭くて、雑誌やゲームも少し遅れてしか手に入らないし、みんなテレビで都会の流行を真似したいけど、そんなの売ってるお店なんて無いから、町の商店街の服屋さんで、それっぽい服買って、目一杯お洒落なつもりになってさ……ろくな娯楽なんて無いから、彼氏見つけてエッチするぐらいしかやる事なくてさ」
 まくし立てる繭歌の言葉には、今まで溜め込んでいた不満が、一気に爆発したような迫力があった。
 自分の故郷を……もちろん、それは繭歌も同じだけど、ひどく言われているのに。不思議と、私の中に怒りはなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha