「うん、あの……だからさ、その……結局、何の話なわけ?」」
「ああ、ああ。ごめんごめん。ようするにさぁ、そのスーパーで。芹沢を見たんだけどさぁ。なーんかもう、すっごいの」
「すっごい?」
「そ、一人でさぁ。缶詰とか、なんだとか。食べ物を大量に買ってんのよ。しかも、泣きながら」
「泣いてた……」
「ぼろぼろ涙流しながら、食べ物をかごに入れてる姿が、ほんとちょー不気味でさ。いくら、ずっと非常事態のままだからってさー、こんな田舎であんなに買い込まなくても、別に食料不足になんかならないと思うんだけどなぁ」
「そっか……」
繭歌が大量に食料を買い込む理由。
そんなの、考えるまでもない。
さっき、繭歌が私に言ったばっかりじゃないか。
繭歌が泣いてる理由も、私は知ってるじゃないか。
「まー、今も付き合いあるかわかんないけどさ。電話とかするんなら、七海から言っておいてよ。マジでキモいから、目の前に現れんなってさ。こっちは、ただでさえパシってて気分悪いってのにさぁ。芹沢のせいで気分最悪だっつーの」
「そんなの、自分で直接言えばいいじゃん。私が気分悪いわけじゃないし」
「えぇー、絶対嫌だって。あいつ、なんか頭おかしい系じゃん。気色悪いアニメとか漫画の話ばっかだしさ。マジ死ねって感じ」
「とにかく、私はそんな事。言わないから」
親しくないとはいえ、繭歌の事を名指しで貶されるのは、不愉快だ。
なんだか、話を聞いていると、段々腹が立ってきた。
「用件はそれだけ?」
「うーん。あ、待って。好美がさぁ、たまにはうちらのグループに付き合えって、この間言ってたよ」
「そのうちね」
私は、そっけなく返す。口ではそう言っても、二度と好美達と出かけるつもりはない。
「最近、七海は付き合い悪いって、噂んなってるよぉ? どーせ学校もないんだしさ。時間あるうちに遊んどこうよ。どーせ、彼氏とも別れたんでしょ? 男探したりすんのもいーじゃん。なんなら、私がしょーかいしたげるし」
「うっさいな……達樹の事はほっといてよ」
宮川 達樹は私が初めて自分から告白して。初めて付き合った……色々と初めてな男の子だった。
結局、一年と経たずに別れてしまったけど。 どちらかと言えば、良い思い出だ。
少なくとも、私はそう思うようにしている。
けれど、人にその事を掘り起こされるのは良い気がしない。
「そんなに怒んなくてもさあ。こっちは気を利かせてるってのにさぁ」
途端に智子の声は不機嫌になる。
不機嫌になりたいのは、こっちのほうで。
私にすれば、非常に、とても。大きなお世話だ。
「とにかくさぁ、たまには好美にも連絡してやりなよ。私からはそんだけだから」
結局、智子は機嫌を損ねたまま。投げ捨てるように言い捨て、電話は切れた。
携帯を切り。ベッドに適当に放り投げる。
「学校が休みより、もっと大変な事が起こってるって自覚しようよ……」
智子と話た事で、更に疲れが増したような気がする。
「あー……もう、ほんと嫌になるなぁ……」
みんな、人の事ばかりで。自分の事なんて話そうとしない。自分の本心や本音を隠したまま、人の事ばかり詮索したり、馬鹿にしたり……。
うんざりする。
「でも、悪い事ばかりでもない、か」
智子の会話の殆んどは、どーでも良いような事だったけど。少なくとも、繭歌の事を教えてくれたのは、素直に感謝しなくちゃいけない。
食料を大量に買い込む繭歌。
今日の八時にマルナミマートで待っていると言っていた繭歌。
きっと、繭歌は。今日、町を出るつもりだ。
たった一人で。
あの子の言う、この世界の果てまで。それが、どこにあるのかはわからないけど。
あるのかわからないから、希望が持てるんだ。
そんな、場所があるなら。今頃、その場所は人で溢れ返っているんじゃないだろうか
私だって、見てみたい。
本当にあるなら、だけど。
「でもさ、現実は現実でしかないんだよ……繭歌」
そんなの、探して町を出るなんて。結局は逃げじゃんか。
腕で、目元を覆う。
疲れのせいか。瞼が、重い。
夕飯まで、時間もあるし。少し、眠ろうかな。
眠気の波に任せて、私は軽く瞼を閉じた。
すぐに眠気はやってきて、体が深く沈みこむ感覚に襲われる。
今日の、夜八時にマルナミマートまで来て。
私、時間までそこで待っているから。
薄れる意識の中で、繭歌の言葉だけが。ぐるぐると頭の中で遠く残響していた。