部屋に戻ると、暗闇の中で、着信を知らせる携帯のランプが点滅していた。
誰だろう?
履歴を確認してみると、2件の着信がはいっていて。そのどちらも、繭歌からだった。 最新の1件には、留守録のメッセージが残されていた。
聞いては……いけないような気がした。
もし、このメッセージを聞いてしまったら。何かが揺らいでしまうんじゃ……。
そんな、漠然とした不安が、私の心を波立たせる。
しばらく、画面とにらめっこした末。結局、私は留守録を再生する。
新しいメッセージが一件、あります。
無機質な音声が流れた後、繭歌の声が聞こえる。後ろで車が走っているのか、少し聞き取りにくい。
あ、もう……録音はじまってるのかな……。
えっと、七海ちゃんあのね。私、今日……町を出るんだ。
それでね、あの。今日、お昼に言った事……覚えてるかな? 私ね、あれから考えてみたんだよ。
七海ちゃんには七海ちゃんの都合とか、うん… …色々あるんだよね。
だから、私の我がままを押し付けちゃ駄目だよね。
そりゃ、七海ちゃんと一緒なら。心強いけど……ね。
でも……ってうか。だからっていうのかな、ちゃんと謝っておきたくて。
この町に、もう戻らないと思うから。
無理に誘って、嫌な思いさせて。ごめんね。
それと、ありがとうね。クラスのみんなから嫌われてる私と、ちゃんと話してくれたの七海ちゃんだけだったから。
それが、凄く嬉しかったんだ。
言いたかったのは、それだけ。
じゃあ……またね。
ばいばい。
そこで、繭歌の声は途切れた。
メッセージは以上です。メッセージを消去する場合は……。
留守録サービスのガイダンスはまだ続いている。私は、ボタンを押して音声を遮った。「繭歌……」
携帯を握ったまま、私はその場にへたり込んだ。
なんだか、体中の力が一気に抜けてしまったようだった。
やっぱり。聞くべきじゃなかった。
何かが綻びるような。突き崩されるような感覚。
ばいばい。って、どういう事よ。
こんな、こんな留守電メッセージがお別れの挨拶?
ふざけないでよ。
繭歌の馬鹿。
全然、納得できないよ。
私は、アドレス帳を呼び出し、繭歌の番号を探した。
通話ボタンを押すと、コール音が鳴りはじめる。
電話は、二度目のコールで繋がった。
「繭歌、私。七海だけど……」
「…………」
返事はない。
かけた番号は……間違っていない。ちゃんと確認したし。
「ねぇ? 聞いてる?」
「…………」
やっぱり返事はない。
「留守伝、聞いた。あれ、どういう事? 待ってるって言ったじゃん」
「……って」
「何? 聞こえないよ。繭歌」
「だって」
その言葉は、嗚咽と一緒に吐き出された。
「繭歌……泣いてるの?」
「泣いて……ないもん」
「ないもんって……」
どう聞いたって、泣いてるじゃん。嘘にもなってない。
「だって、私。馬鹿だし……七海ちゃんと一緒なら、きっと楽しいだろうなって思っ……勝手に思ってたけど……だけど」
繭歌は言葉を詰まらせる。
「だけど、それで七海ちゃんが嫌な思いするのはヤだから。迷惑かけたくないから。だから、もう一人で行く事に決めたんだもん」
「あんた一人で、町出てどうすんのよ。無理に決まってんじゃない」
「出て行けばって言ったの、七海ちゃんだよっ」
それは、その通りだ。言い返せない。
「でもさ……だからって」
「七海ちゃんは……来なくて良い。ほんと、大丈夫だから」
突き放すように、繭歌は言った。
この町が嫌いだ。と言った時の、頑な拒絶の言葉に似ている。
そして、止めの言葉。
「私、もう行くね。今度こそ、本当にばいばい」
「繭……」
私が何か言う前に、電話は一方的に切れた。
そんなに、放っておいて欲しいなら。そんなに、私を拒絶するなら。
「なんで、あんなメッセージ残すのさ……馬鹿じゃないの」
私は、もう繭歌に届かない言葉を呟く。
繭歌が繊細で。寂しがり屋なのは知っている。
きっと、今も不安で仕方ないはずだ。
私だって、一人でこの町を出なくてはいけない状況になったら。正直、怖い。
だから、さっきの言葉は。繭歌にとっての、精一杯の強がりなんだと思う。
でも、こんな一方的なの。納得できない。
私だって、上手く言葉にできないけど。繭歌の事は心配なんだから。
一言、直接文句を言わないと気が済まない。
繭歌は今すぐにでも、町を離れそうな勢いだった。
間に合うだろうか?
今は、考えても仕方ない。とにかく、追いかけよう。
あくまで……文句を言うのが目的だけど。
用意するものはたくさんある。
まずは、部活用の大きなスポーツバッグを探さなくちゃ。
携帯を強く握り締め、私は立ち上がると、衣装ケースへと向かった。