Neetel Inside 文芸新都
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早く早く、負け犬の裏庭で
緑色の鈴

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例えばふとした瞬間に
自分の手のひらが生き物に見えなくなってしまう
いろんな名前がどこか遠い国の言葉の音の集まりに聴こえるし
今が二千なんとか年だってことに全然馴染めてない自分を知ってしまう
そんなつもりじゃなかったのに。


例えば
ブラウスとスカートを着て低めのヒールのパンプスを履いて小さい鞄を持っていかにもそれっぽくバスの座席に座っている私はバス停の手前で確実に降車ボタンを押して自分の意志を運転手に知らせてからバスの回数券を律儀に一枚切り取って降りるときにはお礼を言いながらそれを料金箱に間違いなく、
間違いなく入れる。途方もない。


例えば真夜中に誰でもない誰かへの強烈な思慕で目を覚ます
あなたですらないことに半分傷ついて
もう半分のあなたの分は飲み込んでおく。
そういうときの夜の空はいかにもなにげない様子をしていて
静かで引っ込み思案な沼みたいだ
人々に夢を見させていることを後ろめたく思っているから
正体を悟られないように油断なく息を潜めている
じっと見ていたら、表面が時々揺れる。


世界の皮を一枚めくった奥の方ではいつだって数え切れない緑色の鈴が
ずっとずっときらびやかに鳴っていて
冗談みたいにゴージャスに鳴り響いていて
たまにうっかりこぼれてきたそれが聴こえてしまったら
全部の意味が間違ってほどけてしまいそうになる
そのとき
電話、
できればあなたに電話をしたい。
そして私が電話をしたなら
お願いだから黙ってて
熟達したヤギの心で沈黙してて。
小さな機械にそっと耳を当てているという現実を
ただ受け取ってくれたら満たされてしまうような危ういくらいの軽さで
そういうか細い糸で繋がっていたいから
それが一番強いから。


あの音にならない分厚い歌の塊、
耳を澄ませて
いつの日か
誰か誰か
一緒に聴いて。


       

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Neetsha