Neetel Inside 文芸新都
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 僕は相変わらず「コーンとチーズの大盛グラタン」と向き合っていた。無造作に、そして半ば強引にチーズの層を抉っていく。中からマカロニが出てくる。スプーンにのせられたそれらは千切れていて、僕には不機嫌そうに見えた。そもそもマカロニを裂いたり切ったりする食べ方は僕の流儀に反する。それなのに、目の前にはスプーンにのせられたグラタン。顔を出す細切れになったマカロニ。
 僕の意思に反して行動が為されているようで、歯痒い。もどかしい。
「おいしそうですよね。わたし、グラタン大好きなんです。」
そう言いながら、さらにスプーンを突き出す。もう唇に触れそうだ。わずかに舌を伸ばせばスプーンに届く距離。ただ、僕は拒んでいる。
「本当に食べないんですか? 意地っ張りなんですね」
網戸の代わりに、今度は卓を隔てて彼女の笑い顔を見る。右頬の上部がすっと持ち上がる。含み笑い……というのとは、ちょっと違う。ただ、少しばかりの甘美が感じ取れる。僕は拒否の意思をもっと明確に伝えようと、軽く仰け反った。気づいた彼女は、少し驚いた顔で僕の目を見て、すぐにまたスプーンを突き出す。さっきより近づいた。唇にそっと触れているのを感じる。
「あら、ペンネ、ちぎれてる」
彼女は手を引いてスプーンで掬ったグラタンをじっと見つめる。僕は上唇の違和感を舐め取るべきか迷っていたが、そのまま放っておく。ホワイトソースがゆっくりと乾いていく。
「わたしねぇ、ちぎれたペンネを食べるのが嫌いなんです。」
おもむろにスプーンを口へ運ぶ彼女。
「ペンネは茹でたまんまの形であって、初めてペンネだと思うんです。」
さらに一口食べようと、優しくグラタンを掬い上げる。わざとらしく僕の目を見つめながら、ゆっくりと口めがけてスプーンを動かす。
「うん、やっぱりペンネはおいしい。」
「そうですか」
正直返答に困っていた。
 今のところ、一つだけ解っていることは――いや、解りかけていることは、これは「僕がグラタンを食べたら終了」というルールのみが設定された、ある珍妙極まりないゲームなのではないかということ。もっと漠然と言えば、彼女と僕の身も蓋もない生活にミクロン単位ではあるが確実に風穴を空ける、一種の営為なのではないかということだ。

       

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