Neetel Inside 文芸新都
表紙

仮面ライダー剣外伝 ―無限の祝杯―
1話・序奏

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 洋二の頭からは、先ほどまであれほど頭を悩ませていたテストの点数など、完全に飛んでしまっていた。ただただ、目の前にいる男と、そして怪物との間に起こった戦いに見とれていることしかできなかった。
『仮面ライダー』
 物語の中の架空であるはずのそれが、今ここに存在していて、変身し、怪物を倒し、目前でたたずんでいるのだ。洋二にはとても長い時間のように思えたが、それはわずか数十秒のことであった。

「あの……」
 沈黙に耐え切れず洋二が話しかけるが、先ほど仮面ライダーとなった男はこちらを振り向かず、そのまま歩き出した。まるで、洋二などそこにはいなかったのように、意に介せず、そのまま路地を抜けようとしている。
 ――追いかけなければ、と、洋二は思った。理由があるわけではない。お礼が言いたいのは確かに理由だが、それが主たる理由ではない気がした。腰など抜かしている場合ではない、あの男のことをもっと知りたい、仮面ライダーのことを。その一心が、彼の抜けていた腰をも起こし、立ち上がるに至らせた。

 井原洋二は、学校の勉強以外なら何に関しても好奇心の強い男だ。幼いころからなんにでも興味を示し、そしてそれを学び、習得してきた。その井原の好奇心を両親は尊重してくれたので、成長するにつれ、さらに色々なものに興味を示すようになった。ただ、そのせいで学校の勉強に手が回らなかった、とは本人の談だ。ちなみに、彼がここ数年もっとも興味を持っているのは日本武道で、他にジャズダンスと書道にも手を出していた。
 その、洋二の好奇心が、目の前にいる異常事態に興味を示さないわけがなかった。『仮面ライダーという名の仮面』を読んだときは、本気で仮面ライダーを作ってみたいとさえ思った――その、仮面ライダーなのだから。
「待ってくれ!」と、洋二は路地を曲がった男を追った。
 が、一転、すぐにその足を止めた。ライダーの男は、角を曲がってすぐのところに、洋二を待っていたかのように立っていたのだ。いきなり間近になってしまった男に、洋二は一瞬面食らったが、すぐに気を取り直し、男の姿を確認する。よくよく見てみれば太い眉毛に意思の強そうな目を持った、端正な日本男児、といった感じの顔だ。第一印象よりも体格も良く、体の重心もしっかり落ちている―――戦える者だということだ。

「そんなに焦らなくても待ってるよ、井原洋二君」
「!?」
 なぜ、俺の名を。言葉には出なかったが、洋二のその態度はそれを表に出していた。
「悪いけど、タチバナさんに言われて色々調べさせてもらった。井原洋二、18歳、県立蔵西高校三年生、身長176cm体重68kg、特技は多岐に渡るが最近では、銃剣道を中心とした三つの武道を学んでいる」
 人のことを、それこそ近い友人でもすらすらとはいえないようなプロフィール紹介をご丁寧に行ってくれるライダーの男に、洋二は怪訝な視線を飛ばした。
「……どういう、ことですか?」
「洋二君、君はさっきの怪物……アンデッドに襲われたのが偶然だと思うか?」
 男は洋二の視線など気にせず、質問に答えた。
「偶然じゃない、というんですね?」
「まあ、そのとおり。もし興味があるんなら、ある場所まで、俺に付いて来てくれればきっと分かる」と、男。「今来なくても、どうせ、そのうち来ることになるし」

 興味は大有りだし、付いていくことにも大賛成だが、洋二にとっては疑問が増える一方である。自分が狙われたのは偶然ではなく、付いていかなくてもそのうち男の言う場所に行くことになる――つまりまた狙われるということか、と把握した。もしさっきみたいな事態が起きて、ライダーが現れなければ、洋二は命を落とすことになる。少なくともそれはごめんだし、付いていくことに反対する理由などはない。が、もやもやしたものが残る。
「その場所までいけば、さっきの姿――ライダーのことや、アンデッドとかいう怪物、それに俺が狙われた理由が分かるんですね?」
「そういうこと」と、ライダーの男はうなずいてから、はっとして向き直った。「あ、そうそう、俺は上城睦月(かみじょうむつき)って言うから、よろしく」
 差し出された手を握ると、その手は洋二の想像よりもずっとごつごつしていた。この睦月という男は、今までどれだけの戦いをしたのだろう。握手が終わると、睦月は近くに止めていたバイクを目で示した。2m近くもある、大型のバイクだ。緑と金と紫の不思議な装飾が施されており、趣味が良いとは思えないものの、威圧感が漂っている。少し、この男には不釣合いな気もしたが、睦月は慣れた手つきでヘルメットを二つ取り出すと、洋二へと放り投げた。
「しっかり掴まっとけよ」


 車体が風を切る。さっきから普通のバイクとは動力が違うような感じがしてならないが、そんなことより様々な情報が頭を錯綜する。特に答えが出るわけでもないそういった頭の中の議論をしているうちに、気づけば目的地についたようで、睦月はブレーキを緩やかにかけた。
 眼前には、美しい流線型のデザインが施された施設があった。近未来的なそのデザインの建物の前には、数人の科学者と思われる白衣の男が煙草をふかして、一服しているのがみられた。
「ついたんですか?」
「ああ、人類基盤史研究所――通称BOARD。ここが俺たちの拠点だ」
「俺”たち”?」
「すぐに分かる」
 睦月はバイクのキーを抜き取ると、上着を調えながらBOARDの自動扉をくぐった。受付に挨拶もせず、まるで我が家のようにずかずかと奥へと進んでいく。と、途中にいきなり、防火扉のような大きな扉が現れた。傍には認証装置と思しき機械があり、睦月がタッチすると、大きな扉は音も立てずにゆっくりと開いた。
「この先に、君の知りたいことがある」
 睦月はそういうと、洋二を招くように、さらに奥へと進み、"所長室"という部屋の前で立ち止まった。彼が二回ノックすると、奥から声が返ってくる。
「誰だ?」
「タチバナさん、俺です、井原洋二をつれてきました」
「よし、入れ」
 睦月が扉を開き、入るように、と洋二に示した。頷いて入室すると、その奥のデスクに、タチバナ、と呼ばれた男がいた。齢は30前後だろうか、若々しい髪型や顔つきだが、どこか漂わせる風格が、そのように思わせた。男は腰掛けていた椅子から立ち上がると、洋二の前へと歩き、手を差し出した。
「BOARDの所長を務めている、橘朔也だ。よろしく」
「いえ……こちらこそ」
 橘が応接用と思われるソファを促したので、洋二はそれに腰掛ける。橘がその向かい側に座し、その横に睦月が続く。

「いきなりこんなところへ連れて来させて申し訳ない。色々と驚くこともあっただろう」と橘。「そうだ、君は『仮面ライダーという名の仮面』という本を読んだことがあるかな?」
「はい」
「なら話は早いな。基本はあれに基づいてる」

 『仮面ライダーという名の仮面』
 それは仮面ライダーと呼ばれる、ブレイド・ギャレン・レンゲル・カリスの四人の戦士と、アンデッドと呼ばれる存在との戦いの記録――という小説である。
 1万年の封印から解かれてしまったアンデッドを、ライダーたちが特殊なカードを使用して再び封印し、世界に平和を訪れさせるという物語だ。

「まあ、登場人物とか、ラストとか色々と脚色が加えられてるけど」と睦月。
 それを受けて、橘は「まあ、単刀直入に言うと、ライダーは実在し、その中のギャレンは俺――橘朔也、レンゲルはこいつ――上城睦月だ」と続けた。
「つまり、あれはノベルではなくドキュメンタリーだと」
「そういうことになるな。意外と驚いていないようだが?」
「さっき上城さんが変身するのを……レンゲルを見てますから」
「ああ、なるほどな。リサーチどおり、理解力は良いようだ」と橘。
「そうだ、それで、俺は何の関係があるんですか?」
 橘は微笑んだ。瞳の奥は笑っていないようにも思えたが。
「まあ、焦るな。君はあの小説のラストを覚えているかな?」
「すべてのアンデッドが封印され、世界に平和が訪れた」
「そう、そのとおり。そのアンデッドが封印されたカードは当時の所長、烏丸氏の手によって雪山の奥深くに封印された――」橘は一度視線を遠くした。「――はずだった」
 今度は橘が視線を落とし、睦月も斜め下を見た。それを見て、洋二はなんとなくだが察した。
「つまり、また解放されたと」
 橘は重く頷いた。
「……そういうことだ。つい三週間ほど前の話だ。解放された原因は調査中だが、一つだけ、前回の戦いとは明らかに違うことがある」
「というと?」
「君も小説で知っているとおり、アンデッドの区別(カテゴリー)は『スペード』『ダイヤ』『クローバー』『ハート』というトランプのスートだった。それは誰が意図したわけでもなく偶然の一致だろうが、とにかくその四種類だったはずだ」
 そこまで言うと、橘は立ち上がり、近くにある戸棚へと歩み寄った。その戸棚の引き出しには、カード――さっきの戦いで睦月が持っていたのと似ている――が二枚安置されており、それらを橘は手に取った。
「新しいカテゴリーが二種類増えたんだ」と睦月が言った。
「それが、"杯"が描かれたカードと、"鎌"が描かれたカードなんだ。我々はそれらを"グレイル(grail:聖杯)"と"パニッシュ(punish:断罪)"と名づけた」
 橘は二枚のカードをひらひらと弄ぶようにすると、それを机の上においた。
「そして、俺たちBOARDは、さまざまな手段を使ってグレイルとパニッシュのカードをそれぞれ手に入れた」
 机に置かれたカードの表面に描かれているのは、"グレイルのA(天使の絵柄)"と"パニッシュの6(ノコギリザメの絵柄)"だった。橘はその二枚をちらと見た後、再び戸棚へと向かい、今度は不思議な輝きを放つ金属の機械を取り出した。
「研究員総出で研究した結果、グレイルは従来のライダーシステムを応用することで、今まで同様に変身できることがわかった」
 その機械は、さっき睦月がレンゲルに変身したときに腰につけていたバックルに似ていた。表面には金色の杯が浮かび上がっており、全体は白銀色に輝いている。美しい装飾だ。橘はそれを、洋二に突き出した。洋二は、勢いで、それを手に取った。

「――!?」
 バックルを手にした瞬間、洋二の目の前が真っ白にフラッシュした。洋二と、そしてバックルとが他の世界から隔離されて、引き込まれるような、それでいて突き放されるような、異様な感覚に襲われた。何かが呼んでいるような、いや、バックルが呼んでいるような感覚。手に吸い付くようなそのバックルの感触に、どこか懐かしささえ感じた。
「おまえは……なんだ?」
 洋二はバックルに話しかけた。何か返事が返ってくるような感覚がしたが、そのまえに現実へと引き戻された。

 洋二が現実に戻るきっかけを与えたのは、橘の声だった。
「それが、俺たちがグレイルカテゴリーの力を利用して作ったブレスラウザーだ」
 橘はそう言うと、ブレスバックルを洋二から取り上げた。
「今のは……?」
「不思議な感覚がしただろう?」
「はい」
「これが君をつれてきた理由だ。俺たちがブレスの適合者を探しているうちに、君を見つけた」
 そう言うと、橘は資料のような紙の束を取り出した。
「君と、このブレスライダーシステムとの融合係数というものの資料だ。この数値が高いほど、ライダーに適している」
 目を通したもののなんのことやらさっぱりだが、自分はどうやらライダーになる資格があるらしい、と洋二は認識した。
「俺が、ライダーになれるってことですか?」
 気分は高揚していた。鼻息が荒くなってくるのが自分でも分かった。
「そういうことだ。選択は君次第だが、できれば復活したアンデッドを封印するのに協力してほしい」
「もちろんです!」
 洋二が断る理由など、なかった。そして、それ以上に、興味の対象はバックルのほうにあった。
「――で、どうやって変身するんですか?」
 洋二はブレスバックルを手にとって、下腹部に当てようとした。
 橘はあきれたように、ため息をつくと、バックルを奪い取り、懐にしまった。
「まだ早い」
 一刀両断だった。





 洋二がアンデッドに襲われる二週間前の宵の頃、相川始(あいかわ はじめ)は全身を激痛に襲われていた。
「俺は……人間だ!」
 始めは虚空を切るように腕を振ると、襲い来る痛みを振り払うように外へと飛び出た。始が居候してもう五年になる喫茶・ハカランダの周辺は、深夜ということもあり、またちょっとした林なのでひっそりと静かな装いだが、始にはその総てがゆがんで見えた。五年間、一度も感じるはずの無かった痛みに、始はどうしていいか分からず、悶えた。研ぎ澄まされた感覚は、人間のそれではなく、アンデッド・JOKERとしてのものだった。その感覚が、草むらの向こうに強烈な存在感を感じ取った。
「誰だ!」
 始は叫んだ。
「ジョーカー、久しぶりだな」
 草むらから影が姿を現した。
「金居……!?」
 それはは、五年前に橘朔也の捨て身の攻撃によって封印されたはずのノコギリクワガタ型のアンデッド――ギラファが人間態になった姿だった。実質最後の通常アンデッドとなった彼は、カテゴリーで言えばダイヤのKである。
「なぜ封印されたはずのおまえがここにいる……!」
 始は全身の痛みを必死で隠すように、前傾の姿勢で構えた。
「おいおい、それはお前も分かっているはずだ」
「……?」
 言われて考えてみたものの、状況はさっぱり分からなかった。
「分からないのか。五年しか経っていないというのに、ずいぶんと鈍くなったものだな」
「何を言っている?」
「教えてやるよ」と金居は潮笑うように微笑して、「全アンデッドが解放された」
「なんだと!?」
「もうすでに、馬鹿な何体かのアンデッドは封印されてしまったようだがな」
 金居はそう言うと、姿を怪人態に変えた。全身がごつごつとし、金と茶の間くらいの色の甲殻の表皮は、すべてにおいて攻撃的だ。クワガタを象徴する巨大な二本の角が、よりその攻撃性を高めている。そして、両手に持った二本の剣――へルターとスケルターは、すべてを両断する大きな剣だ。
「貴様はアンデッドの中でも異質、俺たちにとって邪魔な存在だ」
「……」
「悪いが、さっさと退場してもらおう」
「くっ……」
 金居の言葉を聴いて、始はこの痛みの理由を悟った。再び闘争を始めようとするアンデッド――ジョーカーの性が、今の人間の姿という殻を飛ばそうとしているのだ。だが、自分は人間であり、アンデッドではない。始のその自負が、ジョーカーの本性と拮抗している。
「どうした、ジョーカーに戻らないのか?ヒューマンの姿では期待もできそうにないが」
「俺はジョーカーには戻らない」
「ふっ、まあいい、そのほうが俺には好都合だからな!」
 ギラファは右手の剣を肩の高さで八双に構え、左の剣を大きく前に突き出す青眼の構えを取った。と、次の瞬間、地面を大きく蹴りだし、右手の剣を大きく振り下ろした。始はそれを、寸でのところで交わす。が、ギラファの左手の切っ先がその始を捕らえ、大きく突き出される。突き出された剣を見ると、始は地面に体を預け、大きく転がった。二回、三回と転がると、ギラファの方を向きなおす。その気になればその瞬間を狙うこともできただろうが、ギラファは余裕なのか、こちらを見るに留まっていた。
 始の脳裏を、ジョーカーの姿が浮かぶ。あの、世界を滅ぼしかけてしまった忌まわしい姿。ヒューマンアンデッド(ハート:2)の力を借りているおかげで、人間の姿を保てている。
「ここにコモンブランク(何も書かれていない)のカードが二枚ある。愚かな人間から奪ってきたカードだ。これさえあれば、おまえだって封印できる」
 カードを二枚掲げ、ギラファは高笑いすると、再び剣に持ち替えて斬りかかってきた。反応が一瞬遅れ、始はその一撃をまともに受けてしまい、苦痛に声をあげた。ギラファはさらに二撃、三撃と追い討ちをかけ、最後に両の剣で同時に、斬りつけた。大きく吹き飛ばされ、始は地面に倒れこむ。その拍子で、一瞬ジョーカーの姿が浮かび上がり、ジョーカーの腰のバックルが大きく口をあけた――この状態になると、アンデッドは封印されてしまう。
「こうでもしないとジョーカーに戻らないとは……笑えるものだな、人間の心とは」とギラファ。だが、始は答える力も残っていない。
「まあいい、これで邪魔者は消えた」
 ギラファは二枚のコモンブランクを構えると、それを始へと投げつけた。緑色の光が周囲を包み、始――ジョーカーは人間のものとは思えない声を上げた。人間態と怪人態、二つの姿が交互に現れ、やがてその両方が分かたれてカードへと飲み込まれていく。強烈な衝撃波が放たれ、周りの木々をなぎ倒すと、二枚のカードはギラファの手へと戻ってきた。表面には、JOKERとハートの2の表記。
「あっけないものだ、ジョーカー」
 そういうと、再び人間態に戻った金居は暗闇へと姿を消した。
 始が姿を消したという情報がBOARDに届くのは、それから三日後のことである。



 第1話へ続く

       

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Neetsha