Neetel Inside ニートノベル
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 話が終わると、コウとヒバリは局長に案内されてそれぞれの持ち場へ向かった。
「あー、君は二級だったね。すまないが、わりあい単調な作業をやってもらうことになる。かまわないかね」
「大丈夫です。そのために来たので」
 ヒバリと別れたコウは、二階フロアに並ぶブースの一角に案内された。
「彼の手伝いをしてくれ。あー、ガヴェイン」
 ブースにいた白髪の初老男性が振りかえった。局長を見て、
「何ですか。クローディア局長」
「ガヴェイン、彼はコウだ。君のアシスタントをしてくれる」
 ガヴェインと呼ばれた男性は立ちあがった。柔和な笑顔を浮かべるとコウに握手を求め、
「よろしく。猫の手も借りたい状態だから、助かるよ」
「よろしくお願いします」
 コウは深々と礼をした。
 間もなく局長は立ち去り、コウはガヴェインの指示のもと、復旧作業の手伝いをすることになった。
 ガヴェインはセントラルタワーで働く星間技師で、かれこれ三十年この職についているという。コウは一年前まで受けていた授業での勘を取り戻しながら、ガヴェインの手伝いをはじめた。
「いや若い人でよかったよ。歳が上の人になると少なからず衝突もあるからね。なるべく余計なストレスがたまらないほうがいい」
 ブース内のメインコンピュータに言語入力しながら、ガヴェインは言った。
「すいません。手こずってばかりで」
 コウは言った。サブコンピュータを扱うコウは、思いのほか知識が飛んでいることに焦っていた。
「いやゆっくりでいい。話を聞くに、君は実地は初めてだろう? 慣れてから速度があがるぶんにはかまわないが、今むやみに急いでバグを残されては問題だからね。大丈夫だ、自分のペースでやるといい」
 ありがたい言葉だったが、コウはもどかしかった。
 一時間ほど作業に没頭していると、ガヴェインは、
「ガウスの残した大いなる問題だ。このような仕事に従事できるのは名誉だが、しかしなぜ彼はこんなものを用意したのか。それを話すのがもっぱらこの制御室での共通話題でね。君はどう思う?」
 気が散る質問だった。しかし、焦ってばかりいても仕方ないと思ったコウは、一度手を止めた。
「天才の酔狂。と言ってしまえば簡単ですが、星ひとつの命運をそんなことで振りまわしたりはしないでしょうね」
 コウはガヴェインを見て、
「きっとこれまでの人類がどれだけ苦労して今を築きあげたのか、当たり前に存在するものがなくなった時、どれだけ困るのか。それをあらゆる人に実感させたかったんだと思います。じっさい、いまの僕たちは本当に困っています。僕の友人はグラインドレーサーなんですが、あんなに落ち込んでいる彼を見たことがありません」
「ほう」
 ガヴェインも手を止めた。コウの席を振り返り、
「すばらしい答えだ。君のような若さでそのような考えに至るとはね。他にも若い技師がここにはいるが、ただの気まぐれだとか、天才の自己顕示欲だとか言うものもいたよ」
 ガヴェインはふたたびキーボードを叩きながら、
「私も君と同じ考えだ。我々は歴史の中であまりにも多くのことを忘れてきてしまった。もっと時代が進んでいれば、このガウスの宿題すら解けなくなっていたかもしれない。だからガウスは我々を試しているのだろう。システムの復旧作業という、考えるための時間を与えてね」
 それから数時間、二人は作業に没頭した。会話はほとんどなかったが、共有している空気は心地のいいものだった。

 昼は時間をずらして交代で休憩をとることになっていた。食事をとるためには一度上まで戻る必要がある。また二十分かけてタワービルディングの一階に上がったコウは、エントランス脇の食堂に入った。そこにはガウスの問題に取り組む星系じゅうの技師たちが集まっていた。
 コウがあまり品数のないメニューから注文をすませると、窓際のテーブルでヒバリとミツキが話しているのが目に入った。
 食事を受け取ったコウは二人のところまで歩き、
「よう」
「あ、コウ」
 ヒバリは自分の隣をコウに譲った。コウがそこに座ると、ミツキが笑いかけた。
「お疲れ様」
「どもっす」
 女性二人はすでに食事をあらかたすませていた。ヒバリはコウに、
「どう、調子は?」
「ちょっと疲れたけど、まったく役に立たないわけじゃないみたいだ」
 コウが言った。窓から降り注ぐ光を見ると、気持ちが落ちついた。
 ミツキが両手を組んで、
「いまの見込みだと、あとひと月はこの体制を維持する必要があるそうよ。二人にその気があるのなら、たぶん残りの期間雇ってもらえると思うわ」
 ミツキは二人にウィンクした。コウはまともに受け止めるのが恥ずかしくなって、視線を落とした。
 食堂では多くの技師が談笑しながら休憩を楽しんでいた。緊急事態ではあるが、だからこそこのような時間が大事なのだろう、とコウは思った。
 ミツキはタワービルディングのエントランス方面を見て、
「この近くに技師の臨時宿舎があるわ。ほんとは旅行客用のホテルらしいんだけどね。ここから近いことと、都市が機能していないことを理由に使わせてもらえるみたい。部屋の掃除は自分でしないといけないけどね」
「そうなんですか。よかった、ここまで通うのは遠いから助かります」
 ヒバリが言った。コウはパンをほおばり、宿泊費がかかるのだろうかと考えていた。
 コウも食事を食べ終わる頃、
「しかし、たったひとつのシステムにこの星の機能がほとんど懸かってたとはな」
 午前中はずっとそのことを考えていた。コウにとっては当たり前になっていた日常が、どれだけ脆いものだったか、彼は感じていた。
「それなんだけど」
 とミツキは言って、
「この星は本当に恵まれていたわ。昔は資源が豊富だったようだし、環境は今でも抜群。だからこそひとつの仕組みに依存することができたのかもしれないわ。惑星によっては大気汚染で居住区の外に出られない場所だってあるのに」
「そうだ。ミツキさんの星はどんな場所ですか?」
 ヒバリが言った。ミツキは、
「私の星? そうね」
 と言ってテーブルを指でとんとん叩き、
「あそこはすべての人が生きやすいとは言えないかもしれない。機械文明がとても発達しているけれど、日々の変化が速いから。歳を取ると別の惑星に移り住む人が多いわ」
 ミツキはカップに残った紅茶を見つめ、
「ここも私の星もそうだけど、文明が発達しているからといって、必ずしも人々が幸福になるとは限らないのよ。あなたたちにも思い当たるふしはない?」
 と言ってミツキは二人を交互に見た。
「ある」
 コウが言った。
「便利になりすぎると、自分が生きてることの実感が薄くなったり、意味を感じなくなったりする。そのうえ、自分がどうしたらいいか分からなくなるんだ」
 ミツキはコウに真剣な目を向け、
「そうね。ひとしきり栄えた星ではたいていそんな現象が起こるわ。皮肉なものよ」
 両手を合わせると、ミツキは窓辺に咲く小さな花を見た。
「こういう機会がないと、私たちはどのように生きるべきか、それを忘れたままになってしまうわね」

 その後の時間は緊張感とともに過ぎていった。コウはガヴェインのアシスタントをしながら、時折ミツキが言ったことについて考えていた。
 どのように生きるべきか。
 それは受け身ではなく、おのずから何かすることを指している。
 今までのコウはいつも受動的だった。教育プログラムも、何となく選んで、何となく資格を取った。だから勉強するべき時に立ち止まってしまい、一級試験に落ちたのかもしれない。
 しかし今、ここでガウスの問題に取り組んでいるのは、コウが自分からしたいと願ったことだった。
「ありがとう。だいぶ助かったよ」
 やがて定時がきた。人によってはこれから働いたり、残って作業を続けるが、コウとヒバリはひとまずこれで終わりだ。
「こちらこそ。自分に手伝えることがあってよかったです」
 ガヴェインは背伸びをして、
「明日も来るのかい?」
「はい。そのつもりです」
「よろしく頼むよ」
 ガヴェインは手を差し出した。コウはかたく握手した。
 コウとヒバリは局長室に再度立ち寄ると、局長に翌日以降の勤務継続願いを出した。
「助かるよ。ありがとう。他にも技師の知り合いがいたら連れてきてほしいくらいだからね」
 クローディア局長は冗談交じりにそう言った。コウはトウジのことを思い出したが、今はひとまず自分のことに集中すべきだと思い直した。
 二人は地上への長い道のりを通ってタワービルディングを出ると、宿舎の方角へ歩きだした。日はすでに暮れ、薄闇の空に星が見えた。
「疲れたわ。くったくたよ」
 ヒバリは肩を回して伸びをした。
「おばんくさいぞそれ」
「うるさいわねっ。別にいいじゃないの。あんたは疲れてないわけ?」
「このまま路上に寝られるくらい疲れた」
「それじゃストレッチしたらどう? 身体が軽くなるわよ」
 言われてコウも伸びをした。身体じゅうの疲れがふっと軽くなる気がした。
 ヒバリはしめしめとばかりに笑い、
「じじくさかったわぁ、今の」
「そういう作戦かよ」
 コウは思わず笑った。ヒバリも笑った。

       

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