Neetel Inside 文芸新都
表紙

花火大会に行ってはいけない
しづれ

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――[03]――

 僕が橋を渡りきった瞬間。「ボカン」と間の抜けた音がして、しづれの家は某からくり爺さんよろしく爆発炎上消失してしまった。
 
「そんなぁ……」

 僕は脱力した。カバンがだらんと地面に落ちた。
 ねーちゃんの言ってたことは本当だったのである。
 あのハイパーネクレ、小説家業とこういうのだけは口だけじゃないってことかよ。
 でも、まだ花火大会にすら行ってないのに、これは早すぎないだろうか。


 ――――というのは冗談で。


 インターホンを鳴らすとすぐ、桜色の浴衣姿のしづれが現れた。なるほど、これは拝んで正解だと思えるほどの可愛さだ。優しく揺れる焦げ茶色のボブが、僕の目を潤し、ほのかに香る甘すぎない香水が僕の鼻の利きをよくしてくれた。小さい頃からのおかっぱ頭が時代に追いついたと言えよう。先駆者はいつだって批判を受けて成長するものだとどこかで聞いたことがあるけれど、どうでもいいことだ。しづれの前では。
「あれ~」
 しづれは不満そうな顔をする。きっと僕が浴衣を着てないからだろう。
「行くぞ。早く行かないと、電車混むだろ」
「しゅーちゃん。いつも通りでつまんないね」
 当たり前だ。持ってないのに着れるわけないだろ。
 しづれは慣れないゲタをカタカタ言わせてこっちに近づいてきた。ちょっと不安が残るが、何かあったら僕が何とかすればいい。いつもそうやってきたし。
「いってらっしゃ~い」
 奥のほうで聞こえたしづれのお母さんの間延び声に「は~い」としづれが応えた。
 お母さんの姿は見えなかった。


 二人で駅に向かって歩き出す。少しづつ暮れ始めた夕日を浴びる浴衣姿のしづれはなんとも風情がある。
 比べて僕は普段と変わらないが、まぁこんなもんだろう。


「学校どう?」
 しづれが尋ねて、僕が他愛もなくぽつぽつと話す。
「まぁまぁ。それなりに友達もできて、それなりに遊んでる」
 僕は今年から大学生。それはしづれも同じである。
「ふ~ん」
「それよりさ」
 僕は一週間程前に起きたしづれ大回転を思い出した。
「大丈夫なのか? 頭」
「馬鹿にしてんの~?」
 ムッとしたしづれに「そういう意味じゃないから」とつまらなそうに言って、「先週のこと」と付け加えた。
 しづれはちょっと顔を明るくして、「大丈夫大丈夫」とうなずいてみせた。よかった、何も変わってないみたいだ。
 あの時ちょっとしたコブが確認できたのは僕だけの秘密にしておくことにした。本人に伝えてもいいことないし、何かしづれの秘密を握っているという感覚がちょっと嬉しいからだ。むふふ。


 話をしていたら、駅についた。
 切符を買って、電車に乗って、花火大会が行われる町に向かう。
 いつもと変わらない、なんてことない日常が、いつもどおりにやってきただけ。それだけだ。


 ――――まさか、そんな日常が、突然変わるとは想像も出来なかった。
 


 打ち上がった花火がどうしようもなく爆裂するのを待つしかないように、僕としづれの運命も、もう決まっていたのかもしれない。


 
「――たのしみだよね~」
「あ、うん」

 ぼーっと窓の外のビル広告を見ていた僕は、しづれが何か言っていたのを聞いて我に帰った。
 俺を見てくれといわんばかりの発光色を照らし続けるビール型のネオンが、後ろのほうに消えていった。
 しづれが何か話していたのを聞いていなかったことが悟られたくなくて、僕はぽそりと言った。

「たのしみだな」

 目的の駅についたので、浴衣姿の集団と共に、僕としづれは電車を降りた。

     


――[04]――

 電車内でも相当だったが、駅のホームに降り立ってみれば人がごみごみしていて暑苦しいことこの上なかった。僕は額につーと垂れるもらい汗をぬぐいながら、しづれの方を見た。どこから取り出したのか、しづれは品のいい薄ピンク色の扇子を取り出してあおぎながら「あぢー」と言っていた。上品な扇とアンバランスにもほどがある台詞に僕はこっそりと微笑してから、「行くぞ」と言ってしづれの手をとった。

「あ、うん」

 別に、彼氏彼女の慣例だからではなく、単なる仲のいい友達をエスコートするだけの話だ。エスコートの意味分かってんのかよ! なんて突っ込みはこのさい意味をなさない。僕はただしづれの手をとって、ごみごみごみごみごみごみして人一人通るのさえ厳しそうな人の隙間に二人の人間をねじ込んで前進した。夏祭り戦線異常ナシを願いながら、僕としづれはもくもくと進んだ。大体時間は六時近くなっていて、バブリーな価格を提示してくる的屋さんが人でいっぱいの道路の両端に軒を並べて大声で罵り合うように客寄せをしていた。見て考えてみるに、どうやらお好み焼きやらたこ焼きやらの売上があまりよろしくないらしいけれど、まずはその価格設定を市場に見合ったものにすべきだろう。特別においしいわけでもないのにそんなものがバンバン売れたらむしろ変な話だし。
 
 僕がそんなつまらないことを考えながらキョロキョロと周りを見ていたからだろう、しづれが空いてる方の手でポンポンと僕の肩を叩いてきた。
「シュワちゃん」
「あいるびーばっく」
 それはカルフォルニア「元」州知事です。僕はそんなムキムキじゃないよ、とつまらなそうに僕は言った。
 僕は修二ことしゅーちゃんだから。普通の人間だから。
「花火、近い所で見たいな」
「それ、僕も考えてた。でも、そう上手くいくかな」
 大体花火会場の公園までは、もうちょっと歩かなくてはいけない。公園までの道のりがすでに人でいっぱいでぎゅぎゅうなのに、公園がすいているわけがない。よくて端っこ、最悪公園の外で、もちろんどちらも立ち見になることが予想される。
「指定席ではないから、律儀に並ぶかアウトローに割り込むしか方法がないわけだけど……」
 僕が困ったようにぼやくと、しづれはむふふと含みを持たせて笑った。
 なんだこいつ、やっぱ頭おかしいんじゃないか。それとも、結構真面目な性格からして、アウトローに走ることに一種の快感でも覚えてるんじゃないのか。なんだか怖いぞ、人間心理。

「指定席、二枚あるよ」

 スッと取り出した小さな黒い板にしづれは指を這わせた。なんてことはない、今流行りの、少数派から多数派へと大躍進しつつあるスマートフォンをいぢくっているのだ。一から九までの数字が並ぶ画面を九回ほどタッチして、しづれは小さくて可愛らしい耳にそれをあてがった。無駄に似合う。そういえば、しづれはこういう機械モノにはなぜか強かったっけ。
「……もしもし、あ、しづだよ。うん。そそ。もうすぐ公園の入口。うん、わかった。ありがとね!」
 電話の先の相手に軽く頭を下げて、しづれは電話を切った。
 それから僕を見て言った。
「大学のね、友達がこの町に住んでるの」
「なるほど」
 それはいい友達だ。
 物語はどうやら僕の知らないところでも進行しているらしい。当たり前といえば当たり前だが。
「席とってもらったんだ。だから安心」
 ニコニコと笑うしづれに、「ありがと」と言って僕は「なにか買ってくか?」と近くのコンビニを指さした。コンビニの外に数人の店員が出て、揚げ物やビールを売っていた。なぜかひょっとこのお面をつけてる人がいて、ちょっと怖い。動きがロボットダンスみたいにカクカクしている。近くの子どもが泣いてるし……どうしたもんだか。お願いだから普通に売ってください。

「そだね。ちょっと食べ物買ってこ」
 しづれがちょこちょこと先に行こうとするので、僕は「ストップ」と手を少し引いた。
「お金、僕が払うよ」
「いいよ、しゅーちゃん」
「いや、いいって。どうせ僕も一口もらうし」
 何か言おうとしたしづれに、僕は五百円玉を握らせて行かせた。二人で行っても他のお客さんの邪魔になるだろうから、僕はここで待つことにした。そのくらいの頭は回るさ。

 ――本当はひょっとこのお面をつけた店員さんが怖い、だなんて口が裂けても言えない。

 しづれは臆病だけど、僕も違うベクトルで臆病なんだ。

 それは僕だけの秘密、だけど。

 しづれはいくつか買って、すぐに僕の所に戻ってきた。
「はむはむ」
「おいしい?」
「おいしいよ。食べる?」
「あとで、もらうよ」
 公園は目の前だ。
 僕はしづれの手を引いて、人でいっぱいの公園に入っていった。
 その間ずっと、しづれは丸揚げクンとかいうちょっと怖い名前の唐揚げをもしゃもしゃと食べていた。

       

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