Neetel Inside ニートノベル
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用心棒は機械少女
三章

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「おい用心棒!」
 目を覚ましたゴードンはベルに向かって叫んだ。しかし返事はない。なぜなら部屋の中にはゴードン一人しかいないからだ。
 そこは病室だった。長らく掃除されていないのか、壁や天井は汚れきっており、ほのかに腐臭のようなものも漂っている。
 室内にはいくつかのベッドがあるだけ。他には何もない。
「はあ……」
 ゴードンはベッドの上から首を必死に動かして周りを確認した後、大きなため息をついた。
「ここはどこなんだ。あいつはどこなんだ」
 ロープで縛られた両手足を動かしながら呟く。身動きが取れず、言葉を発することしかできない。目を覚ましたらこのような状態になっていたのだ。
「ちくしょう、俺はこうやって緊縛される趣味はないっての」
 再び大きなため息。
「だけど、記憶を失う前の俺にこういう趣味があったとしたら……いや、あってほしくはないな。あったとしてもこの状況とは何ら関係はないだろうしなあ」
 改めて手足に力を込めて動かす。固く縛られており、どうやってもほどけそうにない。
 縛られた手首を口元に持ってきて、歯でロープをかじる。先に歯が駄目になりそうだと感じてすぐに止める。
「どうすりゃいいんだ……」
 そう呟き、三度目のため息をついたときだった。
 女性の叫び声が部屋の外から響き渡ったのだ。激しい拷問を受けているような、そんな絶叫が。
 ゴードンの顔から血の気が引いていく。一体部屋の外で何が起きているのか。拷問だとしたらまずいのではないか。自分は身動きが取れないのだから。ゴードンの思考がどんどん悪い方向へと向かっていく。
「おい、ベル! どこだ!」
 今度は部屋の外にも聞こえるような大きな声で叫ぶ。やはり返事はない。ベルはこの近くにはいないようだ。
 先ほど聞こえた絶叫は成人女性の声のようだった。声の主は少女型のアンドロイドであるベルではないはずだ。それだけ判断して、ゴードンは少しだけ安心する。だが、事態そのものはまったく好転していない。
「糞ッ……どうしてこうなった」
 ゴードンは自分が目を覚ます前のことを急いで思い返す。


 三号へ向かう旅の途中のことだった。
 ゴードンとベルはとある集落跡を見つけた。そこは以前通った集落跡のように追い剥ぎの住処になっているわけではなく、旅人たちの休憩場所として使われていた。
 そこはちょうど十五号と三号の間にあったのだ。その時も何人かの旅人が疲れた身体を癒していた。
 集落跡には小さな宿もあり、ゴードンとベルはそこに一泊することにした。十五号の滞在していた際に止まった宿と違ってかなり貧相な宿だったが、温かい食事とベッドは旅の疲れを癒すのには十分だった。
 夕食後、宿の中の食堂で二人はくつろぎながら他の旅人との会話に興じていた。ジョーとイアンという男性二人とイザベラという女性一人の三人組だった。ゴードンたちと同じく三号を目指しているとのことだった。
 五人が旅の話で盛り上がっていると、一人の男が宿の扉を叩いた。帽子をかぶった若い男性だった。旅人とは思えないラフな格好をしていた。彼は宿に入るなり店主に「いつもの、お願い」とだけ言って食堂の席に腰をおろす。
「おや、みなさん旅人っすか?」
 帽子の男は軽い口調でゴードンたちに話しかけた。みんなが男の言葉に頷き返す。
「じゃあここでの休憩はたまらんでしょう。ここの飯はおいしいっすからね。僕も仕事の際には絶対ここで飯を食うことにしてるんすよ」
「さっき注文してたときの感じといい、あんたここの常連なのかい?」
 ゴードンは帽子の男に尋ねる。
「そうなんすよ。ここの主人とはね、仲良くさせていただいてて」
「仕事って言ってたけど何をしてるんですか? 見た感じ旅人っぽくはないけど」
 今度はベルが尋ねる。彼の外見はゴードンたち旅人とは違って軽い服装で、何より汚れが少ない。
「運び屋みたいなもんっすかね」
 帽子の男は得意げに言う。
「色々な街に行って依頼された物品を運んだり、なかなか街に行けない人のためにお使いみたいなことをしたりして生計を立ててるんすよ」
「そうなんですよ」
 さらに横から、男の注文した食事を持ってきた宿の主人が言葉を加える。
「うちがこんなしっかりした食事を出せるのも、彼が街で良い食材を買ってきてくれるからなんです」
 そう言って店主はテーブルの上にシチューとパン、水を置いた。贅沢にもシチューの中には肉や野菜がたくさん入っている。
「いやあ、照れるっすよ」
 帽子の男は頭を掻きながら笑う。
「運び屋ってことは何か足でもあるのか? そうでもなきゃそんな仕事は務まらないだろう」
ゴードンは彼の身なりを見ながら言う。
「聞いて驚かないでくださいよ? なんと俺、バスを一台所有してるんです。すごくないっすか? 珍しくないっすか?」
 得意げに胸を張りながら、彼は言った。
 この世界では交通機関がほとんど復興しておらず、乗り物自体も数が少ない。ガソリンも価値がかなり高騰しており、車を所有しているのは一部の富裕層か政府ぐらいのものだった。
「確かに珍しい。そりゃ運び屋なんて仕事ができるわけだ」
「偶然手に入れましてね。頑張って手入れをして、全財産つぎ込んでガソリンを買って、それで仕事を始めたんです。これがまた儲かるんですよ。まあ、儲けのほとんどはガソリン代でごっそり持って行かれますけどね」
 そう言って彼は大声で笑う。
「おっと、シチューが覚めちゃう。失礼」
 彼は視線を目の前の食事に移すとスプーンを手に取る。そしてシチューと肉をひとすくいして口に運んだ。ゆっくりと租借し、そして破顔した。
「おお! やっぱり主人のシチューは最高にうまい。これを食べるために仕事を頑張ってるようなもんっすよ」
 そう言って、勢いよくシチューをかき込み始める。あまりに美味しそうに食べる彼を見て、ゴードンは思わず「俺もシチューを頼めばよかった」とこぼした。他の面々もそれに同意するように頷く。
「だったら、明日の朝食はみなさんシチューになさいますか?」
「ぜひ」
 全員が同時に、そして笑顔で答えた。
「ところで」
 あっという間にシチューを平らげた帽子の男が全員に尋ねる。
「みなさんはどこに行くんすか? 三号あたり?」
「そうだけど、それが?」
 ゴードンが全員を代表して答える。
「よかったら、三号まで送っていきましょうか? 俺は人間だって格安で運びますよ」
「本当!?」
 その提案に真っ先に食い付いたのはベルだった。
「ねえ、ゴードン。私車に乗ったことない」
「ああ、知ってるよ」
「言わなくても分かるよね?」
「代金はお前持ちな」
「えー、なんでよ!」
「どうせお前は普段から金を使わないだろう」
「た、確かに……」
「はい決定。それであんた、本当にいいのかい?」
 ゴードンはベルから帽子の男に視線を移し、改めて問う。
「いいっすよ。ちょうど俺も仕事で三号に行く途中だったんでね。そちらさんはどうっすか? 乗ってきません?」
 彼はジョーとイアン、イザベラにも持ちかける。
「いいんじゃないか? 明日からまた何日も歩き続けるよりはずっと楽じゃないか」
「そうだな。車と徒歩じゃえらい違いだよ」
 ジョーとイアンは肯定的な意見を出す。
「それで、いくらで載せてくれるのかしら?」
 イザベラが肝心の値段を尋ねると、帽子の男は笑顔で指を見せた。
「これくらいで、どうっすかね?」
「本当にそれだけでいいの?」
「ええ、どうせ他の仕事のついでですからね。こんな世界だからこそ、こういった人間同士の助け合いって素敵だと思うんすよ」
 そう言って、帽子の男は鼻の頭を照れくさそうに掻いた。
「今の、ちょっと臭かったっすかね?」
「素晴らしい!」
 ゴードンは大げさな声を上げると、帽子の男に手を差し出した。
「俺も同じことを常々思っていたんだ。こんな荒んだ世界でこそ、人間は互いに協力して生きていくべきなのだと」
「そうっすよね!」
 彼も手を差し出し、二人は握手を交わす。
「じゃあ、出発は明日の朝でいいっすかね。おいしいシチューをみんなで食べた後で、ね」
 その言葉に、全員が頷き返す。
「じゃ、俺は一足先におやすみなさい。明日のために睡眠をとっておかなきゃいけないっすからね」
 帽子の男は立ち上がると、店主から部屋の鍵を受け取って階段を上って行った。

       

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