Neetel Inside ニートノベル
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 翌朝、ゴードンたち五人は美味しいシチューにしたづつみを打つと、その味に名残惜しさを感じながら宿を後にした。
 それぞれがシチューの味を賛美しながら帽子の男についていく。宿から少し離れた場所にバスはあった。建物と瓦礫の間に隠すように駐車してあった。
 帽子の男は先にバスに乗り込むと、エンジンをかけてそこから車を動かした。薄汚れた黄色い車体が、ゴードンたちの目の前に扉を向けて停止する。
 プシュゥ、という音と共に扉が開く。「どうぞ乗ってください。お好きな席にどうぞ」中から帽子の男が言った。
「これがバス? すごい! 大きい!」
 ベルは初めて見るバスの大きさに無邪気にはしゃぎながらステップを駆け昇って中に入る。
「どこに座ろうかな! やっぱ窓際かな?」
「好きな所に座れって言われたろ。たくさん座席があるんだからどこでもいいじゃないか」
 続いて乗ったゴードンがやれやれと言った感じで答える。だが、彼自身もバスに少し興奮しているのか、中をきょろきょろと見回していた。そして後方の窓際の席に腰をおろした。
「記憶を失ってからバスに乗るのは初めてだ」
「失う前は乗ったことあるの?」
「記憶喪失なんだから覚えているわけないだろう」
「あ、それもそうか」
 初のバスで上機嫌だからか、けらけらと笑いながらベルはゴードンの真後ろの席に座った。「私も窓際!」と得意げに言う。
「でもそれなら、ゴードンは実質初めてってことだよね」
「まあ……そうなるなあ。確かに」
「じゃあ私とおんなじだね!」
 ベルは満面の笑みで言った。振り返ってそれを見て、ゴードンも照れくさそうに笑った。
 他の面々も次々と乗り込み、扉が閉じる。
「じゃあ行きますよ。トイレは一番後ろにあるんで、そこを使ってください」
 帽子の男はギアを動かすと、クラッチを浮かせアクセルを踏む。ゆっくりと巨体が動く。そしてみるみる内に加速し、集落跡を後にした。
 荒野をバスが駆けていく。徒歩とは比べ物にならない速度で景色が遠ざかっていく。初めての感覚に、ベルはずっと騒ぎっぱなしだった。
 席をあちらこちら移動して騒ぐベルの声を聞きながら、ゴードンは窓から外の景色を見続ける。ガタガタと揺られていると何かスイッチが入ったかのように急激に目蓋が重くなり、そしてあっという間に深い眠りに沈んでいった。
 そして――今に至る。
 ゴードンは記憶をさかのぼり終え、本日四度目のため息をつく。
「まんまとハメられたってわけか……」
 ゴードンは窓から外を見やる。あまりよく見えないが、ここが三号ではないことは明らかだった。帽子の男はゴードンたちを三号へ送る気などなかったのだ。
「そう言えば、他のやつらも俺より先に眠りこけてたっけなあ」
 何か睡眠薬でも盛られたか、とゴードンは考える。そうすると、宿の店主もグルだということになる。ゴードンとジョーたち三人もあそこで同じ食事をとっている。
「もし睡眠薬を盛られたとしたらベルはどうなったんだろうか。あいつはアンドロイドだからそういうものは効果がない。というか、そもそも眠らないしなあ」
 自分が眠りこけたあと、ベルがどうなったのか。ゴードンは知る由もない。ただ今は、彼女の身を案じながらも自身がこの状況を打破することを考えなければいけない。


 話は再び過去にさかのぼる。
 ゴードンたちが寝た後も、しばらくの間ベルは起きていた。だが長時間の移動で飽きがきたのか、結局元の席に戻って静かになった。
 ゴードンは話かけても起きない。他の人間も眠りこけている。ベルは暇だなと思いながら静かに外の景色を見ていた。代わり映えしなかった景色に変化が現れる。
 少しして、バスはとある建物の前で速度を落とした。五階建ての小さな廃病院だ。入り口は瓦礫の山で塞がれている。何かの仕事だろうか、とベルはのんきに考えた。
 バスは入り口から離れた所にある患者の搬送口に扉を向けた形で停車。バスと建物の間の距離は少し離れている。帽子の男は乗客用の扉を開けると、運転席を降りて搬送口へと向かっていた。手には袋を一つ持っている。
 彼は扉を開けて中に何かを呼び掛ける。すると、少ししてから一人の少年が中から現れた。赤い汚れがついた服を着た醜い顔の少年。背丈でなんとか子供だと分かる。奇形だとしか思えないほど顔の輪郭が歪んでいた。
 ベルはどんなことをしているのか気になって、窓を少し開けた。これなら彼女の聴力で向こうの会話が聞きとれる。盗み聞きみたいだな、と彼女は思ったが罪の意識は感じなかった。
「今日の分の肉と調味料を持ってきたぞ」
 帽子の男は奇形の男にそう言うと、袋を投げ渡した。
「肉ハ車ノ中?」
 奇形の少年はおぼつかないカタコトのような喋り方だった。
「ああ。いつも通り眠っているはずだ」
「分カッタ。チョット待テ」
 そう言って奇形の男は一度中に戻る。少しして仲間を引き連れて戻ってきた。同じような醜い顔の少年数人だ。
「俺は向こうで一服してるから、好きにやってくれ。そのまま外で俺らの取り分ができるのを待ってるから」
「中デ待テバ?」
「嫌だよ。あんな臭いところに長時間いられやしない。それと、獲物の荷物は全部俺のだからな。お前らが持っていくのは人間だけだ」
「分カッテル」
 そう言って、奇形の少年たちはバスの方へと向かってくる。
 これはまずいのではないか。ベルは必至に思考を巡らせる。帽子の男は私たちを三号に送るつもりはなかったのだ。事情を飲み込めないがここの廃病院の人間に私たちを引き渡すつもりらしい。まるで誘拐ではないか。どうすればいいのだろう。
 混乱する思考を振り払い、ベルはまずゴードンを起こすことにした。身体を揺さぶり、耳元で呼び掛ける。だが相当深い眠りについているらしく起きる気配をまったく見せない。
 奇形の少年たちはどんどんこちらに近づいてくる。彼らから見えないようにしゃがむと、ベルはゴードンの懐から拳銃を抜き取り、奥のトイレの中に隠れた。僅かに扉を開けて外の様子をうかがえるようにする。
 乗客用の扉から少年たちが乗り込んでくる。そしてまずジョーとイザベラを数人がかりで外に運び出して病院内に連れ去って行った。
 本当に誘拐のようだ、とベルは思う。次はゴードンも連れ去られてしまうだろう。自分が阻止するべきか、と考えてシミュレーションを行う。
 ベル一人で彼らとの戦闘に入ったらどうなるか。アンドロイドのパワーがあっても数の利で相手が勝つだろう。拳銃のハッタリをうまく交えたらどうなるか。こちらはどうなるか未知数だ。うまくできるかどうかは分からない。
 だがそれでも負けてしまったらベルはゴードンを助けられない。そうなったらお終いである。確実に二人とも生きて逃げる方法を考えなければいけない。できれば、他の旅人も。
 殺すつもりならバスの中で殺しているだろう。まだ猶予はあるはず。ゴードンたちが連れて行かれた後、病院に単独で侵入し、助け出す。その作戦でいこう、とベルは決断する。
 しばらくして、少年たちは再びバスに乗り込み、ゴードンとイアンを運び出す。彼らがバスから降りたのを見計らって、ベルはトイレから出た。そして窓からこっそりと外の様子をうかがう。
 搬送口に向かう途中、手を滑らしたのか少年たちがイアンを地面に落した。落下の強い衝撃で、イアンは目を覚ます。そして自分を囲む奇形の少年たちを見て驚き、声をあげようとするが、それよりも早く少年の一人がイアンの頭部を落ちていた石で殴打。頭から血を流しながら、イアンは再び意識を失った。
 その様子を見てベルは絶句する。死んでもおかしくないほどの勢いで殴打したのだ。こちらの生死はどうでもいいようだ。バスの中で彼らと戦ってゴードンを助けた方がよかったかもしれないとベルは少し後悔した。
 ゴードンとイアンが搬送口から中に運ばれていく。それを見届けた後、ベルはどうやって病院の中に入るかを考える。帽子の男が離れた場所で一服しているため、迂闊にバスから出たら彼の目に止まってしまう。静かに彼が移動するのを待たなければならない。
 運がいいことに、帽子の男は早めに一服を終えてバスの運転席に戻ってきた。ベルは彼から隠れながらも入れ違いになるようにバスから降りた。
 搬送口から入るのは見つかりやすく危険だ。そう考えてベルは別の入り口を探しに行く。
 帽子の男に見えないような方向から病院に近づき、周囲を回っていく。そして瓦礫に埋もれた入り口に辿り着く。
「どうにかして入れないかな」
 ベルはしげしげと瓦礫を見る。大きな瓦礫が積み重なっており、小柄の人間くらいなら入れそうな隙間が目立つ。
 少しためらった後、ベルはその隙間の中の一つに身体を潜り込ませる。途中でまた崩れないようにと願いながら、隙間から隙間へと移動を続ける。
 身体がこすれ、服やマントの一部が破れたりしたが、なんとか隙間を通り抜けてベルは病院内に侵入することに成功した。
 立ち上がって衣服の汚れを払うと、中を見回す。待合室なのか長椅子がいくつか置いてある。受付には人の気配はない。明かりが点いていないため全体的に薄暗く、そして埃っぽい。普段から使われていないのだろう。
「臭い……」
 ベルは病院内に立ちこめる血生臭さに顔をしかめる。その臭いが彼女の中の不安と危機感を加速させた。
 急がなければ。そう思いながらベルは忍び足で中を進んでいく。

       

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