Neetel Inside ニートノベル
表紙

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「さて、そろそろ行動を起こさないとまずいかな」
 ゴードンは改めて室内を見回す。
 彼は窓側のベッドで両手足を縛られた状態で寝ており、左側には他のベッドが複数個、右側には窓がある。ガラスが割れており外から時折冷たい風が吹き込む。
 その割れた窓ガラスにゴードンは目を付けた。窓の縁には割れたガラスの一部がいびつな三角形状になって鋭利に光っていた。
 ベッドの上で体勢をむりやり変えると、ゴードンはそのまま足をおろして床に立ちあがろうとする。が、バランスを崩してベッドから転がり落ちてしまう。だが痛みをこらえてそこから腕を使わずになんとか立ち上がることに成功する。
 そして窓の縁に自分の両腕を縛っているロープを当てると、鋭利になった先端で無理やり傷を付ける。何度も擦りつけて、やっとロープがちぎれる。腕が解放される。
 今度は自由になった手を使って窓の縁のガラスをへし折り、カッターのように足のロープに当てて、何度も擦りつける。そしてこちらも切断。ゴードンは自由に身動きが取れるようになった。
「ちょろいもんだ。縛り方がなってなくて助かったぜ」
 両手足を動かして軽くストレッチをすると、自分の身体を確認した。衣服はバスの中にいた時のまま。そのとき持っていた荷物はどこにもない。そして……
「拳銃もない、か」
 懐にしまっておいた切り札の拳銃も手元から消えた。現在はベルが持っているのだがゴードンには知る由もない。
 弾が入っていないとはいえ、今まで頼ってきた切り札がないという現状はゴードンを心細くさせるのには十分だった。
「こいつはまずい……が、しょうがないか」
 拳銃のことは諦め、ゴードンは行動を開始する。
 病室の扉に近づき、耳を当てる。外から聞こえるのはやはり悲鳴。今度は男の絶叫だった。その他に人の気配がないかを探るが、叫び声しか聞こえないため、ゴードンは意を決して扉を引く。
 鍵はかかっておらず、扉はあっさりと開く。顔だけを外に出して様子を見る。薄暗い廊下には異様な臭いが立ち込めている。誰も歩いてはいない。
 足音を立てないよう、ゴードンはゆっくりと歩き出す。臭いがすさまじく、思わず口元を押さえる。血と何かの腐臭が混じり合ったような臭いだ。
 まず叫び声が聞こえる方へと進む。それは少し離れた部屋から聞こえていた。その部屋の扉に耳を当てる。やはり聞こえるのは叫び声だけ。
 意を決してゴードンは扉を少し開けて中を覗き込む。そして、絶句。
 ゴードンの視線の先には磔にされた全裸の男がいた。血で真っ赤に染まった顔が苦痛でぐちゃぐちゃに歪んでいる。良く見るとそれは見覚えのある顔だった。
 同じ宿に泊まり、同じバスに乗っていた旅人。――イアンだった。
 イアンは磔にされた状態で、腹を刃物で裂かれていた。床には血だまりができている。
すぐそばにはレインコートのようなフード着きの服を着た小柄な人間、おそらく少年だ。手には包丁を握っている。彼がイアンに拷問まがいのことをしているようだった。
 少年は包丁をそばにある台に置く。その台には他にも大きな木箱が置かれていた。あちらこちらに血が付着した跡がある。
「次ハモット痛イゾ」
 少年はイアンに言う。
「デモ、スグニ死ヌカラ安心シロ」
 イアンは裂かれた腹部の痛みでそれどころじゃないのか、少年の言葉が耳に入っていないようだった。
 少年は両手をゆっくりと上げると、前に突き出す。そしてずぶりとイアンの腹の中に沈みこませた。
 イアンがビクリと大きく震える。口から血の混じった吐瀉物が噴き出し、少年の頭に落ちてくる。だがフードを被っているからか、少年はそれを気にせずに両手を動かし続ける。
 何度もイアンの身体が跳ねる。少年は臓器を掴むと、思い切り身体から引きちぎる。掴んだのが腸だったからか、血と一緒に排泄物も床にこぼれおち、不快な臭いを漂わせる。少年は掴んだそれを木箱の中に投げ入れた。
 少年はそれを何度も繰り返す。イアンの身体の動きがだんだん小さくなっていく。
 イアンが顔を横に向ける。虚ろな目が扉の方へと向く。そしてそこから覗いているゴードンを視認した。
「た、すけ……」
 掠れた声でそう言って、イアンはがっくりと首を下に垂らした。
 その少し前に少年は臓器を一通りイアンの身体から取り除き終えていた。イアンが扉の方へ何か呟いていたのを見て、少年も同じ方向へ振り向く。
 しかし、その時にはすでにゴードンは扉の前から立ち去っていた。
「糞ッ……最悪だ……ッ」
 ゴードンは素早く――同時に音を立てないことにも気をつけながら――廊下を駆けた。もしかしたら追ってくるかもしれない。そんな不安に駆りたてられ廊下を突き進み、一番奥にあった病室に逃げ込んだ。扉を背にして、そのまま座りこむ。
 この病室はさきほどの病室よりも広く、ベッドが六つ置いてあった。どのベッドにもマットレスがあり、最近使われたような形跡がある。また、血生臭さもあまりない。
 荒い呼吸を繰り返しながら、扉に耳を当てる。追手がきているかどうか、耳に神経を集中させて探る。
 しかし、廊下を進む足音や人の気配はいっこうに感じられない。少ししてからゴードンは大きく息を吐きだして、身体の力を抜いた。
「ヤバイな……まるでB級映画みたい状況だ」
 ゴードンの脳裏に先ほどの拷問風景が焼きついて離れない。
「俺らは運転手と宿の主人に売られたってわけだ。糞野郎どもめ!」
 怒りにまかせて拳を床を叩きつける。
 あれはいったいどういうことなのだろうか。先ほどの凄惨な光景を嫌々思い出しながらゴードンは自分の置かれた状況を冷静に整理する。
「あれは単なる拷問だったのか? 拷問好きのイカレたサド野郎どもに玩具として売られたということなのか?」
 しかし拷問というにはやっていることが大雑把だった。イアンは腹部以外の部位はほとんど無傷と言ってもいい状態だった。苦痛を与えて楽しむのが目的なら、簡単に死なないように手足から危害を加えるのではないだろうか。ゴードンは冷静に考える。
「先ほどの行為が拷問ではないと考えると。奴らの目的はもしかして……」


 ベルは待合室以上に暗い階段を慎重に上っていく。搬送口から離れた場所にある階段だ。まず敵に見つからないことを重視して、探索を進める。
 二階は明かりが点いていないが全体的には明るかった。忍び足を維持して二階に入り、廊下を進む。
 大きな緑色の扉を発見。ベルは静かにそれを開く。むわっとした生臭い匂いベルの身体を包み込む。少し顔をしかめながら、部屋の中に足を踏み入れた。
「何これ……」
 部屋の中には大量の肉がまるで肉屋のように吊るされていた。
「何の肉だろう」
 ベルは目の前で吊らされている肉の形状を見て、自分の知っている様々な食用の肉と照らし合わせる。が、何の肉かは分からなかった。
 さらに奥へと進む。するとつま先が何かを蹴り飛ばした。ベルは前方に転がっていったそれを見やる。白い棒状の物体。
 ――骨だった。
 ベルはしゃがんでその骨を見つめる。大きさ、形状からして人間の骨にしか見えなかった。
「嘘……じゃあこの肉ってもしかして」
 立ち上がり、改めて吊り下げられている肉をもう一度見回す。
「人肉……?」
 このような世界だ。人肉を食糧とする人間はいくらでもいる。
 さらにベルは過去に一度遭遇した追い剥ぎの言葉を思い出した。
『人肉ってそれなりの値段で売れるんだぜ』
 ベルはなぜゴードンたちがここに連れ去られたのか、その理由を理解する。
「人肉として、バスの運転手がゴードンたちを売ったんだ……」
 まるで動物のように、食料として人間が扱われているのだ。人間の手によって。
 そして食糧として扱われると言うことは、精肉にするために殺されてしまうということ。生きた人間を、この部屋の肉のように変えるということ。ベルはそれに気付く。
 時間がない。早くしなければゴードンが殺されてしまう。
 ベルは慌ててその部屋から飛び出した。廊下に人がいるかどうかを確認することなく、勢いよく。
 それがいけなかった。
 部屋から出た直後に、ベルは二人の人間と鉢合わせてしまう。レインコートを着た醜い顔の子供が二人。少年と少女だ。バスに乗りこんでゴードンたちを連れ去った子供たちよりも少し幼い。
「きゃあっ」
 思わずベルは悲鳴を上げてしまう。
「ギャッ」
 子供二人も同様に悲鳴を上げた。
 ベルは予想外の展開に混乱し、冷静に思考することができなくなる。どうすればいいか必死に思考を巡らせるが、感情プログラムの混乱がそれを妨げる。
 一方子供二人はすぐに体勢を整える。
「捕マエロ!」
「ウン!」
 二人は大きな声を上げながらベルに詰め寄る。言葉とは思えない耳障りな声だ。
 子供二人だったら私でも勝てるはず。とベルは拳を構える。そして素人らしく好きの大きい動作で殴りかかるが簡単に避けられてしまった。
 子供二人は相変わらず意味不明な声を上げ続けている。
 なんとかしてこの状況を切り抜けなければ。ベルはもう一度、拳を振り上げる。だが、それは振り下ろされることなく、制止した。
 ベルの白く細い腕を、何者かが掴んでいた。ベルが振り返ると、そこには少し背丈が大きな少年がいた。この少年も少しいびつな顔をしている。
 さらに前方にも彼らの仲間が二人集まってきた。先ほどから喚き続けていたのは仲間を呼ぶためのものだったのだ。結果、計五人の人間にベルは囲まれてしまった。
「嘘でしょ……?」
 ベルは自分の置かれた状況に唖然とする。
 こうなったら拳銃を……と空いている手をポケットに入れようとするが、それも阻止されて両手が使えなくなった。
「ロープ持ッテコイ」
 ベルの腕を掴んでいる少年が指示を出す。少しして少女がロープを持って戻ってくる。そしてそれでベルの身体を縛ってしまった。
 身動きが取れなくなった状態で、ベルは二人の少年に担がれる。他の三人はいつしかいなくなっていた。
 少年二人はベルが昇ってきた階段とは別の階段を下りて彼女を運ぶ。階段を下りた先の廊下を進むと、手術室に突き当たった。
 その扉を開いて中に入っていく。
 手術室なだけあって、中には手術台があった。ライトも点いており、台の上には一人の人間が横たわっていた。その横にはノコギリを持った大柄の男。顔つきはそれほど歪んでおらず、肌は浅黒い。二十代後半から三十代前半だと思われる顔つきだった。
 大柄の男は作業を止めて扉の方へと振り返る。そして少年二人と彼らが抱えているベルを見て言った。
「おい、内蔵を抜いてない肉は持ってくるなと言っただろう」
 大柄の男の喋り方は少年たちと違って極めて普通なものだった。カタコトのような感じは一切ない。
「侵入者。今日連レテコラレタ肉トハ違ウ」
 少年の言葉を聞いて、大柄の男はベルに近づき、少しの間と値踏みするように見回した。
「ただのガキじゃないか。後で内蔵抜いて持ってこい。こいつも食糧にする」
 そう冷たく言い放つ。
 その時ベルは手術台の方を見ていた。台の上で寝ているのは人間だったが、その身体には腕が付いていなかった。肩から先が切断されている。
 切断された腕はというと違う台に皮を剥がした状態で置かれていた。完全に精肉にするための解体作業をしているのだ。
 自分も後にこのような状態になると考えて、ベルの感情プログラムが恐怖一色に染まり、思考回路を埋め尽くす。実際はアンドロイドであるわけだから、肉になるわけではないが、壊れることには変わりはない。
「私なんて食べてもおいしくないんだから! そもそも食べられないんだから!」
 ベルはバタバタと身体を動かして抵抗を始める。思ったことを次から次へと喚き続ける。
「私はアンドロイドなんだから! あんたら機械なんて食べられないんでしょ! だから離してよ! 離しなさいよぉ!」
 その言葉を聞いて、大柄の男の表情が変わる。
「今、アンドロイドと言ったか?」
「言った! 私アンドロイドなの! だから離して!」
「型番は?」
「ワイルズ社製F-8型!」
 大柄の男は「ふむ」と一言呟くと、少しの間沈黙する。何か考え事をしているようだった。
「俺はその型番がどんな意味を示しているかなんて知らんが、こんな状況でもすぐに言えるということは、この状況から脱するための咄嗟の嘘ではないということだろう」
「そう、本当! 本当だから……」
「このアンドロイドは三階あたりにでも閉じ込めておけ」
 少年二人は頷くと、指示に従って手術室を出る。
「え? 離してくれないの? 閉じ込めてどうするつもり?」
 ベルは色々と少年二人に尋ね続けるが「ウルサイ。黙ッテロ」と一蹴される。そしてそのまま三階まで運ばれると、小さな病室に投げ入れられ、閉じ込められた。


 錆びた扉を開き、大柄の男は屋上に出た。先ほど人間の解体を終えたばかりで、服や身体に返り血が付着したままだ。
 屋上には老人と金髪の少年が一人。いたるところに人肉を干してある網がある。
 老人はリクライニングチェアのようなものに腰をおろして表紙が破けた文庫本を読んでいる。大柄の男のように肌が浅黒く、顔つきもどことなく彼に似ている。
 少年は老人とは離れた場所で汚れたバーベキューグリルの上で人肉を焼いていた。階下で色々な作業をしている醜い少年少女たちと違い、白い肌と整った顔立ちをしている。丸くて青い目はひたすらグリルの上の肉を見据えている。
 少年はちらりと大柄の男を一瞥すると、再び視線を肉に戻す。目にかかりそうな前髪がさらりと揺れる。
 大柄の男は少年の視線に気付かないまま、老人の元へと近づいた。
「親父、ちょっと話が」
 大柄の男は老人のそばでしゃがみこむと、小声で話しかけた。
「どうした。肉が届いたのはもう知ってるぞ」
「声は控えめでいいか」
「あの子に聞かれたくない話か」
 言われた通り小声で答えると、老人は文庫本にしおりを挟んで閉じた。
「アンドロイドが一体かかった。今は三階に閉じ込めてある」
「ほう」
 老人は嬉しそうな表情を見せる。
「機械は食えないからな。どうすればいい?」
 大柄の男は老人に指示を仰ぐ。
「何も消費する必要のない労働力というのは素晴らしい。食事もそうだ」
 老人はカッカッカ、と愉快そうに笑った。
「今日の肉の処理が終わるまで閉じ込めておけ。その後は俺が直々に仕事を教えよう。そのアンドロイドも奴隷にする」
「了解した」
「なら、早く仕事に戻りな。まだ肉が残っているんだろう。運び屋の小僧を待たせちゃ悪い。早くあいつの取り分を用意してやらんと」
「分かってるさ」
 そう言って大柄の男は立ち上がり、屋上を後にした。
 それを見届けると、老人は離れた所で肉を焼いている少年に声をかけた。
「肉はまだか?」
「もう少しだから待ってて」
 少年は肉を見たまま、声変わりしきっていない幼さが残る声で答えた。
 老人は「そうか」と頷くと、腕を組んで空を見上げた。雲ひとつないとまではいかないが、綺麗な青空が広がっている。晴天だ。
「バーベキューだよ。晴れた日には焼いた肉を太陽の下で食うのが一番だ。この世界じゃ最高の贅沢だよ。想像しただけで身体が震える。焼けるのが待ち遠しい」
 満面の笑みで、老人は呟いた。
「身体が震えるのは人肉の食い過ぎだからだよ」
 少年は老人には聞こえないよう小声で馬鹿にするように呟いた。

       

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