Neetel Inside ニートノベル
表紙

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「やつらは俺らを食糧にしようとしている。やつらは食人族で、この病院はやつらの住処か仕事場。あるいはその両方。そっちのほうが拷問好きって考えよりは納得できるな」
 ゴードンは自分の置かれている状況をそう理解した。
拷問好きだろうが食人族だろうが、命の危機ということには変わりないな、と思わず笑い飛ばしそうになる。
「さて、と」
 ゴードンは立ち上がると、室内を見渡した。六個のベッドがある広い病室。さきほど閉じ込められていた部屋とは違って窓ガラスは割れていない。
 窓に近づき、外を見やる。さきほどの部屋とは見える景色が違う。
 ゴードンは窓を開けると、首を出して外を覗いた。眼下には見覚えのある黄色いバスが見える。目を細めて見ると、運転席に帽子の男が座っているのが分かる。
「やっぱりあの野郎が俺らを売ったわけだ」
 ゴードンは忌々しげにバスを睨みつけた。
 少ししてバスから視線を離すと、他の場所にも目をやる。しかしこれと言ったものは見つからない。人影も何もない。
「当面はベルを見つけるのが最優先事項なわけだが」
 ベルはゴードンと違って眠らされていない。ここに連れてこられる前にバスの中から脱出している可能性が高い。さらに、自分を助けにこの病院内に侵入している可能性も、だ。ゴードンはそう推理する。
「結局ここを色々と歩きまわる必要があるな。となると武器になるものが欲しいな」
 もう一度ゴードンは室内を見回す。だが、武器になりそうなものは何一つない。やはり拳銃がないのは痛いな、と思う。
「イナイ!」
 突如、そんな声が響き渡った。
「イナイイナイ! 逃ゲラレタ!」
 さきほどイアンの内蔵を引きずりだしていた少年の声だった。
 バタバタというあわただしい足音がだんだんとこのフロアの奥に向かってくる。
「げっ……まじかよ」
 ゴードンは再来したピンチに顔をしかめた。が、少し考え事した後、表情を変える。
「いや、こいつは利用するべきだよな」
 ゴードンはニヤリと口元を吊り上げ、迎撃の準備を始めた。
 足音はどんどん近付いてくる。すぐ隣の部屋の扉が開く音。そして少年の「イナイ!」という喚き声。そして扉が閉じる音。
 とうとうゴードンの部屋の扉の前で足音が止まる。扉が開く。肉切り包丁を持った醜い少年が現れた。
 喚きながら部屋の中に踏み出す。その瞬間、何かを引きずるような音と共に少年が横に吹き飛んだ。少年は包丁を落として床に倒れる。そしてその上に何かが覆いかぶさった。
 それはベッドだった。ゴードンはあらかじめ入り口の横にベッドを動かしておいて、少年が室内に入った瞬間にそれを押し出してぶつけたのだ。そして少年を転倒させた後もベッドを押し続け、彼の上に覆いかぶさるような状態にした。
 少年は慌ててベッドの下から這い出して顔を出す。その瞬間、ベッドの上に移動していたゴードンはそこから手に持ったロープを少年の首に巻き付け、強く締め付けた。
 少年は必至にもがきながら離れた場所にある包丁に手を伸ばす。ゴードンは慌ててそれを遠くに蹴り飛ばして阻止した。
 ゴードンはロープを握る手に力を込め続ける。少年は苦しみに悶えながら、必死の抵抗を続ける。しかし、だんだんと少年の抵抗は弱まっていき、そしてぐったりと動かなくなった。ゴードンは慌ててロープを離して、少年の脈を取る。まだ彼は生きていた。
「ふぅ……ギリギリ生きてるな、よかった。流石に人殺しまではしたくないからな」
 そう言って、ゴードンは少年をその場に放置してベッドの位置を直す。
 その後、蹴り飛ばした包丁を拾い上げた。少し汚れているが、凶悪な武器になることは間違いない。
「武器ゲット。これだけでもかなり心強いな」
 包丁を軽く振り回すと、満足げな表情で言った。
「さて、行きますか」
 病室を出て廊下を進む。少し歩いたところで階段を見つけた。そこに書いてある表示を見てここが四階だということを知る。
「まあ、ベルがいるとしたらここより下だろうな」
 ゴードンは階下に向けて階段を下りはじめる。しかし、不運なことに踊り場で他の人間と遭遇してしまった。少年少女。どちらも醜い顔で食人族であることが分かった。
 すぐさまゴードンは包丁を二人に向けた。少年少女も怯むことなくそれぞれ包丁と棍棒を取り出して構えた。
「おいおい、ガキがそんな物騒な物を持つなよ。手に余るだろう」
 ゴードンは強気な態度で語りかける。食人族とはいえ相手は子供だ。できれば戦闘をせずに切り抜けたい。そう考えていた。
「肉! 逃ガサナイゾ!」
「観念シロ!」
 少年少女は武器を構えたままじりじりとゴードンに迫りよる。思わずゴードンも後ろに下がってしまう。
「おいおい、本当にやる気か? 俺は大人、お前らは子供。分かるだろう? それに俺はかなり強いぜ」
 ゴードンの言葉に二人は聞く耳を持ってはいないようだった。少しずつ後退していく内にゴードンは四階の廊下に戻ってきてしまう。
 少年少女も階段を上り終えて四階に足を踏み入れる。その瞬間、棍棒を持った少女がゴードンに殴りかかった。
 すかさずゴードンは包丁で防御する。棍棒が包丁の刃に食い込む。次の少年が包丁を握って突進してくる。
 ゴードンはすぐに回避しようとするが包丁が棍棒に食い込んだままで離れず、それを引きはがそうと悪戦苦闘する。少女は棍棒を離そうとしない。
 思い切り力をこめてなんとか包丁が棍棒から外れる。ゴードンはすぐにその場でバックステップ。少年の突進はゴードンと少女の間の何もない空間を突き進んだ。
 ゴードンは慌てて立ち止まろうとする少年の包丁を持つ右手を掴んだ。
「捕まえたぜ」
少年は逃れようとばたばたともがく。ゴードンは彼の右手を握る手に力を込める。少年は包丁を落とした。
それを見てゴードンは少女の方へと少年を突き飛ばし、彼の包丁を拾い上げた。
「まだ続ける気か?」
 ゴードンは包丁二本を構えて言う。二人は何も言わず、ただゴードンを睨み続ける。
 ざっ、と前に一歩踏み出して包丁を少し突き出す。二人は少し怯えたそぶりを見せると「分カッタ。コッチノ負ケダ」と言った。
「物分かりのいいガキは好きだぜ」
 ゴードンは包丁の切っ先を床に向ける。
「この建物の中で人を探している。金髪の女の子だ。何か知らないか?」
「エーット……知ッテル……イヤ知ラナイ……」
 曖昧で意味不明な返事で少年は言葉を濁らせる。「はっきりしろ」と言ってもその態度は変わらない。
「お前はどうなんだ」
「ソノ……アノ……下ニイタ……イヤ外に……」
 少女にも聞くが、こちらも同じだった。
「おい、はっきりしないな。どうなんだ」
 ゴードンは語調を強めて再び包丁の切っ先を二人に向けた。刺すつもりはない、いつものような脅しだ。
「みっつ数える。それまでにはっきりとした答えを言わなかったら……分かるな?」
「ウゥ……」
「それじゃ、数えるぞ。ひとーつ」
 少年と少女はあたふたしたままだ。
「ふたーつ」
 突如、二人の表情から怯えや迷いが消えた。答える気になったのか、とゴードンは思う
「みっ――」
 三回目のカウントの途中で、鈍い音と共にゴードンが前のめりに倒れ出す。床に倒れこむ前に、なんとか後ろを振り返る。
「早起きにもほどがあるぜ……」
 さきほど自分が首を絞めた少年のにやけ面を見ながら、ゴードンは床にうつぶせになり、そして意識を失った。


 目を覚ましたゴードンは頭部の鈍い痛みにしかめた。そして目の前の光景を見て、血の気が引いていく。
 見覚えのある台。その上にはやはり見覚えのある血濡れの木箱と包丁。部屋全体に異様な悪臭が充満している。痛みをこらえて下を向くと、床に排泄物の混じった血だまりが広がっていた。
 ゴードンは上半身が裸の状態で磔にされて頭部以外の身動きが取れない。彼の中でとある人物と自分が重なる。
 イアンだ。ゴードンは今、内臓を抜き取られて殺された彼と同じ状況にある。
「どうしてこうなった」
 ゴードンは先ほどの出来事を思い出す。
 あの時の少年少女のはっきりしない態度は時間稼ぎと意識をそっちに向けさせるための演技だったのだ。
 その隙に後ろから別の少年――ゴードンが首を絞めた彼だ――が忍び寄り、ゴードンの頭部を殴打した。そこで意識を失ってしまったのだ。
「うかつだった……」
 ゴードンは自分の間抜けさを呪う。完全に自分のペースに持ち込んだと思いこみ、注意力が落ちていたのだろう。
「記憶を失う前の俺がどこかの諜報機関の凄腕スパイだったりしたら、こんなことにならずスマートに脱出できてたのかね」
 ゴードンはこんな時にもくだらない妄想をしそうになる自分が馬鹿らしくなり、少し笑う。
 乱暴に部屋の扉が開かれた。先ほどの少女がレインコートを着て入ってきた。磔にされたゴードンを見てこれでもかというほど大きな笑い声を上げる。
「駄目元でお願いするが、見逃してはくれないか?」
 彼女の笑い声に苛つきを覚えながらゴードンは言う。
「馬鹿ジャナイノ? 見逃スワケナイジャナイ」
 そう言って再び少女はケタケタと笑った。
 台に近づくと、包丁を手に取る。切れ味があまりよさそうに見えない汚れた刃に部屋の明かりが反射して鈍く光っている。
「子供が人殺しなんてよくないとおっさんは思うんだけどな」
「食ベナイト私タチ生キテイケナイジャナイ。ヤッパリオ前ハ馬鹿ダナ」
「なるほど、ね」
 ゴードンは少し悲しい気持ちになる。この様子からして、この少女や他の子供たちは物心がつくころには人の殺し方、解体の仕方、食べ方を教わっていたはずだ。だから人を殺すのに抵抗がないし、そうして自分たちの食料にすることを当たり前だと思っている。
「オ前モ美味シク食ベテアゲルカラサ」
 少女は包丁を握ってゴードンの方へと向き直る。
「今までずっと温存していた一生のお願いをここで使いたい。止めてくれ」
「駄目ダッテ。意味ワカラナコト言ウナ」
 少しの沈黙の後、ゴードンは静かに言う。
「……分かった。俺も諦めるよ。観念した」
 その言葉を聞いて、少女は満足げな表情を浮かべる。
「まあ、人間いつかは死ぬもんだ。子供とはいえ女に殺される最期というのも、まあ悪くはないかもな。病気で死んだり野郎に殺されて死んだりするよりはずっといい」
「ソウイウモンナノカ? 私ニハ良ク分カラナイ」
「それで。どうせ女に殺されるなら、その顔をしっかり焼き付けておきたい。ちょっと頭に被ってるフードをどけてくれ」
 ゴードンに言われ、少女はフードを頭から取る。
「そしたら、こっちに顔を近づけて見せてくれ。俺は視力が悪くてね」
「意味ハ分カラナイケド、ソレクライナラ」
 少女は背伸びをしてゴードンに顔を近づける。お世辞にも可愛いとは言えないいびつな顔立ちだ。
「ありがとうな、お嬢ちゃん。そっくりそのままお返しするぜ」
 ゴードンは少女の顔を見ながらにやりと笑った。そして同時に少女の頭に木箱が直撃。そのまま勢いよく吹き飛んで倒れた。手から離れた包丁が床を滑っていく。
 少女が立っていた場所にはまた別の少女が木箱を持って立っていた。綺麗な金髪と肌が特徴的な見覚えのある顔。
「待ちわびたぜ、用心棒」
「どう? やるでしょ私」
「最高にクールだ。給料はずむぜ」
 得意げな笑みを浮かべているベルにゴードンは陽気に答えた。

       

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