話はベルが三階の病室に閉じ込められたときへとさかのぼる。
 自分の身体を縛るロープをほどこうと、ベルは必至に身体を動かしていた。だが、アンドロイドのパワーでも無理やり引きちぎったりすることはできなかった。さらにゴードンが閉じ込められていた部屋と違って窓ガラスは割れておらず、刃物の代わりになるものもない。
 万事休すか、とベルの中で諦めの気持ちが顔を出し始めたとき、部屋の扉が静かに開いた。
 ベルは思わず縛られた状態で身構える。室内に忍ぶようにして入ってきたのは金髪の少年だった。他の少年たちと違って綺麗な肌と整った顔立ちをしている。
 一瞬、ベルは気を緩めたが彼の着ているスーツを見て再び警戒を強める。上質な白地はずっと洗っていないのかあちらこちらが汚れていた。一部には血の跡と思われる汚れもあった。時間が経って黒ずんでいる。
「誰? あいつらの仲間……?」
 ベルは怯えを隠しきれない声で少年に問う。彼はそれに対して首を小さく横に振った。
「仲間だった、って感じかな。今は違うよ。ついさっき裏切った」
 少年はそういって優しい笑みを浮かべた。
「安心してほしい。危害を加えるつもりはこれっぽっちもない。僕は君を助けに来たんだ」
 少年はそう言って、ベルに手を伸ばす。
「な、なんでよ? なんでわざわざ裏切って私を助けるの? それを信用しろっていうの?」
 疑心暗鬼なのか怯えを隠すためなのか、ベルは強気な態度を見せた。
「ノーランド社製F-11型」
「え?」
「僕の型番さ」
 そう言って、少年はベルの身体を縛るロープをほどいた。
「ほら、これで動けるはずだ」
「あ、うん。ありがとう……」
 ベルは自由になった身体を動かして、ゆっくりと立ち上がった。
「これで信用してもらえるかな。僕が君を助けに来たってこと」
「あなた、アンドロイドなの?」
「そうだよ。ノーランド社製F-11型。名前はロイだ」
 ロイいう少年は自分の型番、そして名前を言うとベルに向かって手を差し伸べた。
「えっと、ワイルズ社製F-8型。名前はベル」
 ベルもおずおずと手を出して少年と握手をする。
「あなたがアンドロイドなのは分かった。けど、どうして私を助けるの?」
「君が僕と同じアンドロイドだからさ」
 ロイの表情が先ほどの優しい笑顔から真剣な顔つきに変わる。
「ここのボスが言っていた。君はここで奴隷のように扱われることになる。今までの僕と同じように。ひたすら人を殺すんだ」
 そう言ってロイはスーツの裾を持ち上げた。黒ずんだ血の跡が付着している。
「こんな非道なことを手伝わされるんだ。君にまでそのようなことはさせられない。僕一人なら耐えられたけど、同じアンドロイドが奴隷になるのは耐えられない」
「どうしてそこまで私のことを思ってくれるの?」
「仲間意識……なのかな。僕もこの世界でアンドロイドがどういう扱いを受けているのかは知っている。それに、こうして同じアンドロイドと対面するのはこれが初めてなんだ」
 少し照れくさそうに、ロイは頭を掻いた。
「だから、君を助けたいと思った。そして僕自身も助かりたいと」
 ロイは部屋の窓へと近づくと、そこから外を覗いた。彼の視線の先には黄色いバスがある。
「なんとかこの建物を出ればあのバスを利用して脱出できるはずだ。さあ行こう」
 ロイはベルの手を引っ張る。
「ちょっと待って」
 しかし、ベルはその場から動かずに行った。
「私を助けてくれるのは嬉しい。だけど、私にも助けたい人がいるの。この病院の中にいて、今にも殺されそうだから」
「それは今日連れてこられた四人の旅人?」
「うん、その中の一人。ゴードンっていうの。私の雇い主」
「君はそのゴードンという人に雇われているのか」
「私、ゴードンの用心棒なの。だから助けないと」
 それを聞いて、ロイは少し考え事をするように俯いた。
「今日連れてこられた四人の内三人はもう解体されてしまったらしい。もうすぐ四人目の解体が始まるだろう。最後の一人がそのゴードンという人かどうかは分からないけど」
「じゃあ急がないと!」
 ベルはロイの手を振り払って扉へと向かう。
「待って」
 ロイの真剣さを帯びた声に呼び止められ、ベルは思わず足を止める。
「どうしてもその人を助けたいんだね?」
「うん。絶対に助ける」
「……分かった。予定外だけど、しょうがない。じゃあこれからは僕の指示に従ってくれ。ゴードンを助けて、ここから脱出する」
「ありがとうロイ」
 ベルは満面の笑みで、ロイに抱きついた。
「ほら、こんなことしている時間はないだろう。さあ行こう」
 ベルを無理やり引きはがすと、ロイは再び彼女の手を引いて部屋を出た。
 三階には誰もいない。二人はすぐに階段を上っていく。
 四階に出る直前、ロイは足を止めて口元に人差し指を当てて静かにするよう指示をした。前方の廊下にはレインコートを着た少女が歩いている。こちらには気付いていない。
 少女は少し歩いた先にある病室へと入っていく。
「レインコートを着てるってことは、あの部屋で内蔵を抜く作業を始めるつもりだ。最後の一人はまだ生きてる。急ごう」
 二人は少女が入って行った病室へと近づく。しかし、そこでレインコートを着た別の少年とも遭遇してしまった。
「君は先に部屋の中に」
 そう言ってロイはレインコートの少年へと接近。口を押さえると全力で腹部を殴った。それを横目で見ながら、ベルは病室の中へ。
 中には磔にされたゴードンとレインコートの少女がいた。
 ベルとゴードンの視線が合う。しかしゴードンは表情を変えずに少女に話しかけ続けていた。その隙にベルは気配を消して少女の背後に接近する。
 台の上の木箱を手に取る。最高の笑顔を浮かべて、ベルはそれを少女の頭に思い切り叩きこんだ。


 ゴードンは磔状態から解放されると、すぐそばに放置されていた服とマントを着る。
「さて、お前と合流できたことだし、あとは脱出するだけか」
「外にまだバスがあるから、それを使えば逃げられるって」
「ああ、俺も確認した。あの野郎、まんまと俺らを騙しやがって」
 ゴードンが窓の方を向いて忌々しげな表情をしていると、病室の扉が開いてロイが入ってきた。
「彼がゴードンかい?」
 ロイはゴードンをしげしげと眺めながら言った。
「お前は誰だ?」
 見知らぬ人間が現れ、ゴードンは警戒する。が、すぐにベルが間を取り持った。
「彼はアンドロイドのロイ。閉じ込められていた私を助けてくれたの」
 ベルの仲介の元、ロイはさきほどベルに話したように自分のことを使える。ゴードンはいまいち納得していないようだったが、ここから逃げ出せるのならば、と彼と同行することに同意した。
「さっき敵を倒した時に物音をたてすぎてしまった。早く行かないと敵がここに群がってしまう」
「道案内は任せるよ」
 ロイを先頭に、三人は病室を出ると階段へ向かった。
 しかし、そこにはすでに四人の敵が構えていた。三人は包丁、そして一番背丈の大きい一人はチェンソーを持っていた。
「もう群がってるじゃねえか」
 はあ、とゴードンはため息をつく。今日一日で何度も窮地に立たされたせいか、心にかなりの余裕ができているようだった。
「突破、できるかな……」
 ロイは拳を構えながら相手の挙動を見逃さないよう集中する。
 だがベルは得意げな表情を浮かべて「大丈夫だよ」と言いながらある物を取り出した。
「ゴードン、これ」
 取り出したそれをゴードンに手渡す。黒く光る凶器。拳銃だった。
「お前が持ってたか。後は任せな!」
 ゴードンは嬉しそうな表情を浮かべると、さっそく銃口を相手に向けた。
「おいガキども。死にたくなかったら通してくれないかな。身体に穴が空くとすっげえ痛いんだぜ。分かるよな?」
 しかし、相手の四人はまったく怯んだり恐怖したりする様子を見せない。それどころか、チェーンソーを持った一人は刃を回転させて一歩踏み出した。
「おいおい、嘘だろ」
「ゴードン、何してるの!? 早く撃たないと」
 ロイがせかす。彼は拳銃に弾が装填されていると思っているのだ。しかし、実際は弾など装填されていない。
 チェーンソーの刃がさらに近づく。
「ロイ、この拳銃には弾が入ってないの。ハッタリってやつ」
 ベルは相手に聞こえないように小声でロイに伝える。
「嘘だろ……。全然ハッタリがきいてないじゃないか」
 ロイが弱気な声を漏らす。
「おい! お前らこれが何なのか分かるだろう? チェーンソーなんておっかないものは捨てて、早くそこをどいてくれ。な?」
 ゴードンの拳銃を用いたハッタリは、今やただの説得に変わっていた。もちろん相手はそんな説得になど応じる様子はまったく見せない。
 さらに相手がゴードンたちとの距離を詰める。慌てて三人は四階の廊下へと戻ってきた。
「撃たないってことはその拳銃は偽物か?」
 突如、階段の上方向から別の声が聞こえた。そして五階からぞろぞろと別の人間が下りてきた。
 浅黒い肌の大柄の男とその父親の老人。そして少年少女が数人。
「ロイよ、どうして今更我々を裏切ろうとするんだね」
 老人は諭すような声で言った。
「もうここでこき使われるのはまっぴらごめんなのさ」
「そうかそうか。お前は貴重な労働力だったが、仕方がない」
 老人はチェーンソーを持った少年を見下ろすと、冷たく言い放った。
「殺れ」
 チェーンソーの刃が唸る。
 ゴードンたちは慌ててその場から走り出して、廊下の奥へと向かっていった。そしてゴードンが一時隠れていた奥の大きな病室に逃げ込むと、すぐに扉を閉じた。
「ベッドだ。それをつっかえ棒みたいにして扉を開けられなくしろ!」
 ゴードンの指示でロイがベッドを動かす。これで横開きの扉は開かなくなる。
「ちっくしょう、マジで絶体絶命だ。俺は普通に旅してただけだってのによ!」
「私もよ!」
「そもそもお前がバスに乗りたいって言うからだぞ!」
「ゴードンだって乗り気だったじゃん!」
 ゴードンとベルはパニックのあまり責任転嫁を繰り返しながら意味のない言い争いを続ける。しかし、扉を開こうとする物音で二人はすぐに黙り込んだ。
「何かをつっかえさせて開けなくしているといったところか」
 老人の声が扉越しに聞こえた。
「無意味極まりないぞ」
 その一言の直後、チェーンソーの刃が唸り始めた。
「どうするのさ!」
「今考えるからちょっと待ってろ」
 ゴードンは慌てて部屋を見回した。中にはベッドが六個置いてあるだけ。窓から冷たい風が吹き込んでいる。
「お前アンドロイドなんだから身体は丈夫だよな?」
 ゴードンはベルに尋ねた。
「ゴードンよりは丈夫だけど」
「まあ、それくらいしか取り柄がないもんな」
「なにそれ!?」
 ゴードンはベルの怒声を無視してロイにも同じことを尋ねた。
「丈夫だけどチェーンソーは無理だよ」
「それは分かってるよ」
「お前ら、ベッドからマットレスをとって窓から放り投げろ」
「え?」
 ベルがゴードンに聞き返すと同時にチェーンソーの刃が扉を切り裂き始めた。激しい破壊音が鳴り響き、猶予が少ないことを知らせる。
「いいからやるぞ!」
 ゴードンは自分の一番近くにあるベッドからマットレスを外すと、窓際まで引っ張る。そして窓の縁を蹴り飛ばして壊し、広くなった窓からマットレスを地面に落した。
「よし、いい位置に落ちた」
「嘘でしょ……ゴードン正気なの!?」
 ゴードンの作戦に気付き、ベルは悲鳴に近い声を上げる。
「他にいいアイデアがあるなら言え。三秒待ってやる。ないなら黙って俺の言うとおりにしろ」
 ゴードンはまくしたてるように言うと、他のベッドのマットレスを外しにかかった。ロイもそれに続く。
「ああん……もうっ!」
 他にいいアイデアが浮かばなかったのか、結局ベルもつっかえ棒代わりにしているベッドからマットレスを外し始めた。
「いいか、全部のマットレスが重なるように落とせ。じゃないと俺が死ぬ」
 ゴードンの指示通りに二人はマットレスを落としていく。ロイが最後の一個を落とすと同時に、扉が綺麗に切り取られた。大柄の男がそこから室内に入り、つっかえ棒代わりのベッドをどける。扉が開き他の面々も次々と室内へ。
「お前たちは絶対にこの場で殺す。逃げられて俺たち一族のことを広められたらこれからの生活に支障がでるからな」
 大柄の男が窓際にいる三人に言い放った。
「安心しろよ。俺らはお前らのことを誰かにバラすつもりはないし、ここで身体をバラされるつもりもねえ」
「そんなうまいこと言ったような顔してる場合じゃないでしょ!」
 得意げな表情をして言い返すゴードンにベルが一喝する。
「ふん」と不快そうな表情を浮かべながら大柄の男はチェーンソーを持つ少年に前に出るよう顎を動かして指示を出す。それに従いチェーンソーを唸らせながら少年はゴードンたちに近づいた。
「何か言い残すことはあるか?」
 いやらしい笑みを浮かべながら、老人が言う。
「そうだな……牛乳を毎日飲むべきだったかな」
ゴードンがそう言うと、三人で窓の方へと身体を向き直す。そしてゴードンは両脇にいるベルとロイの肩を抱き、窓の縁に足をかけた。そして三人同時に力強く踏み込み、そして窓から飛び出した。
冷たい風を全身に受けて落下。三人の口から情けのない悲鳴が漏れる。
白いマットレスがあっという間に近づいていく。地面まであと十メートル……五メートル……三メートル……そして――
三人はなんとかマットレスの上に着地。ベルとロイは激しい衝撃に耐えて着地後はすぐに立ち上がる。
ゴードンは着地に会わせて膝を曲げて少しでも衝撃を和らげる。そしてそのまま前方に転がりさらに衝撃を緩和。勢いよく転がっていき、着地点よりも十メートル近く離れた場所でようやく止まった。
 ベルとロイはあまり身体にダメージが残らなかったのか、すぐにゴードンの元に駆け寄ってくる。
「なあ、折れてない? 足折れてない? すっげえ痛いんだけど」
 ゴードンは涙目になりながら自分を見下ろす二人に向かっていった。
「それだけ元気なら大丈夫でしょ」
「ほら、追手が来る前に行こう」
 ベルとロイはゴードンに手を貸して立ち上がらせた。
「いたたたた……よし、折れてない。奇跡だ、神様ありがとう」
 ゴードンは軽く足をストレッチするように動かす。そして何回か小さくジャンプした後、二人と一緒に走り出した。


 バスのステップを駆けのぼる音で、帽子の男はうたた寝から目覚めた。
 自分の肉の取り分が用意できたのかな、と思って振り返ると眼前に銃口が向けられていて言葉を失う。
「おはよう、そしてただいまだ」
 ゴードンはにやりといやらしい笑みを浮かべながら帽子の男の額に銃口を押し付ける。
「こんな世界だからこそ、人間同士の助け合いって大事だよな」
「そ、そうっすね……」
 まさかゴードンたちが戻ってくるとは思わなかったのだろう。帽子の男は拳銃とそれによる報復を恐れてガタガタと震えている。
「俺らの荷物は?」
「座席に置きっぱなしです……」
 ゴードンは後ろを振り向く。ベルが荷物を持ち上げて親指を立てていた。
「よし、それじゃあ三号まで頼むぜ。そういう約束だったよな?」
「は、はいぃ」
 帽子の男は慌ててエンジンをかける。バックミラーに追手の姿が映り出す。
「それじゃあ、出発だ」
 ゴードンが拳銃で彼を小突くと、それを合図としたかのようにバスが動きだした。
 加速し行くうちに、ミラーに映っていた追手がどんどん小さくなる。
「あばよ」
 勝ち誇った笑顔で、ゴードンはそう呟いた。