Neetel Inside ニートノベル
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「私はベル。一応ボディと人格プログラムの設定は十四歳。おじさんは?」
 そう言えば自己紹介がまだだったね、とアンドロイドの少女――ベルはゴードンに自分の情報を開示した。歩いている内に機嫌は直ったようだ。
「ゴードンだ。いくつに見える?」
「えーっと……」
 ベルはしげしげとゴードンの顔を見つめた。顎にびっしりと生えた無精ひげ。砂埃と垢で汚れ、皺が広がっている皮膚。ぼさぼさの黒い短髪。くたびれた表情。レンズの汚れたサングラス。
「四十五歳?」
「じゃあ俺はきっと四十五歳だ」
「なにそれ」
「なんせ俺は自分の年齢を知らないもんでね。精巧な機械の目を通して見た結果が四十五歳なら、きっとそれが正しいんだろう」
「自分の年齢を知らないって、今まで日付を一切数えてこなかったの?」
「いや、俺は十年前に記憶喪失になったんだ。未だ記憶は戻らないもんだから自分の年齢も分からずじまいなんだよ。ゴードンという名前だって本当の名前かどうか分からない」
 特に悲観するそぶりも見せず、ゴードンは淡々と言った。
「そうなんだ。過去が分からないってなんだか映画や小説の主人公みたいだね」
「そうだろう、かっこいいだろう」
 ゴードンは嬉しそうに笑う。
「ほとんどの人は俺が記憶喪失だって分かると過剰な心配をしたり心のこもってない慰めの言葉を投げかけたりでな、うんざりする。そんなものよりもかっこいいの一言の方がよっぽどいい」
「でも、ゴードンはちょっと老け過ぎかな。かっこいいと言うには、ちょっと見た目がみっともない」
「渋いと言ってくれ。ダンディでもいい」
「えー……。汚いからやだ」
 ゴードンは再び声を上げて笑う。
 今まで一人でいたからだろう。ゴードンは自分でも気付かないうちにベルとの何気ない会話が楽しくなっていた。
「そういや、どうして一人でこんなところをぶらついていたんだ?」
「仕事帰りだよ」
「ほう、君にも帰る場所があるのか?」
「な、ないけど」
「仕事っていうのは用心棒か?」
「うーん……用心棒プラス荷物持ち、かな」
「雑用係みたいなもんじゃないか」
「立派な仕事でしょ!」
「まあそうだな。ずっとその仕事を続けるつもりはなかったのか?」
 ゴードンのその問いで、ベルは一瞬表情を曇らせた。
 地雷を踏んじまったかな、とゴードンが話題を変えようとしたところで、ベルが前方を指さした。
「ああいうこと」
 ゴードンはサングラスを外して前方を見やる。まだ遥か遠くで小さなシルエットしか見えなかったが、それは巡回車だった。
「なるほどね」とゴードンは納得する。
 アンドロイドと一緒に行動しているところを目撃されたら、どんな仕打ちを受けるか分からない。以前ベルと同行していた人間は巡回車に怯えていたはずだ。その様子を見て、彼女は同行者の元を離れたのだろう。
 そしてベル自身も見つかったら廃棄されるという恐怖を巡回車が通るたびに感じていたに違いない。
「どうしよう、隠れないと」
 ベルは慌て周囲を見回すが隠れるような場所は見当たらない。
「慌てるな。わざわざ隠れる必要はない」
 ゴードンは落ちつかせるようにベルの頭を撫でた。
「しっかりフードは被ってろ。髪の毛が見えないようにな。マントの下のワンピースも隠せよ」
 巡回車は大きな音を立てて近づいてくる。
「あとは堂々としていればいい。今の俺たちは街に向かって歩いている親子だ。いいな?」
 不安そうな表情を見せながらもベルは頷いた。
 巡回車が眼前にまで迫る。窓から兵士が顔をのぞかせる。ゴードンたちとの距離は僅か数メートル。
 ゴードンは自然な態度で会釈をする。兵士もそれを返す。たったそれだけ。巡回車はあっという間に後方へ去っていく。
「な、問題ないだろ?」
 ゴードンはベルの顔を覗き込んだ。
「確かにやつらの仕事にアンドロイドを見つけることも含まれているんだろうがね。アンドロイドは精巧だ。ぱっと見ただけでは誰も気づけない」
 そう言ってベルの頭を再度撫でる。安堵を見せた彼女の表情はどこからどうみても人間の少女そのものだ。
「それにやつらみたいな下っ端兵士はそんなに仕事熱心じゃないからな。兵士どもは一般人と違ってアンドロイドを見つけても特に特別な報酬は与えられない。まあ軍自体の待遇が一般人よりも良いっていうのもあるんだが……とにかく、だ」
 ゴードンは得意げに笑いながら言った。
「巡回車なんかにいちいちビビる必要はないってこった」
「……よかったぁ」
「これで君も気が楽になっただろう。道中はビクビクする必要はないぞ」
 見つかれば廃棄される、人間で言えば殺されると同義だ。その恐怖からいくらか解放されたと言ってもいい。
「そういうことじゃないの」
 ベルは強気な態度を取り戻していた。
「どういうことだ?」
「なんだっていいでしょ」
 ベルはスキップするように歩き始める。
「おいおい、おっさんはそんな早いペースで歩けないぞ」
 苦笑いをしながらも、ゴードンはベルの背中を追いかける。


 同じような景色が延々と続いたが、しばらく歩き続けると前方に瓦礫と木材の山が見えてきた。人が住んでいた集落の跡だ。十年前の戦争で破壊されてから、ずっとこのまま放置されていたのだろう。
「あそこは村か何かだったのかな」
 ベルが前方の集落跡を見て言う。
「おそらくな。今となっては見る影もないが」
 近づくにつれて瓦礫と木材の山に続いて、壊れずに残っている建物が見えてきた。
「ね、あそこで休めるんじゃない?」
 ベルはそれを指さしてゴードンに提案する。
「地面で寝るよりは家の中で寝た方がいいでしょ」
「いや……」
 しかしゴードンはその提案に難色を示した。
「俺個人としてはあまりこういった集落跡は通りたくないんだが」
「なんで? 何かお宝とかあるかもよ」
 荒野の景色にうんざりしていたのだろう。舞い上がったベルは思い切り駆けだして眼前にまで近づいた集落跡へと駆けていく。
「おいちょっと……」
 ゴードンはベルを止めようとするが、空を見上げて止める。日が落ちつつある。もう後少しで世界は暗闇に包まれるはずだ。結局この付近で野宿をしなければならない。
 ベルを追いかけてゴードンも集落跡に入っていく。
「ねえ、ここなんていいんじゃない?」
 比較的綺麗に残っている三階建ての建物を指さす。今夜はここを寝床にしようということだろう。
「入り口に何か怪しいものがないか気をつけろよ」
「何それ? 罠でもあるって――」
 建物の入り口に近づいたベルの姿が地面に吸い込まれるように消失する。
「言わんこっちゃない」
 ゴードンは駆け足でベルが消えた場所に近づいた。
「いたた……」
 地中からベルの声が聞こえる。
「よかった。ただの落とし穴か」
 ゴードンは自分が想定していたよりも単純な罠で安心する。が、穴の中を除いて口をあんぐりと開けて黙り込んでしまった。
 穴の底には鋭利な棒――木の棒や折れたパイプなど様々な種類の物――が落ちた人間を突き刺すように何本もセットされていた。普通の人間だったら落ちた時点で死は免れないだろう。だが――
「……刺さってるのか?」
「多分刺さってない。だけど痛いよ」
 ベルはアンドロイド。人間そっくりの外見だが、その身体を形成するのは人間のようなやわな肉や骨ではない。科学の粋を集めて作られているのだ。生物に対する罠でそう簡単に死ぬことはなかった。
「アンドロイドにも痛覚はあるんだな」
「正直なくてもいいと思う。あー……いたたた」
 ベルはなんとかその中から這いずり出そうと身体を捻らせる。が、どう動いても痛みが伴うようで苦戦していた。
 ゴードンはベルを助けるためにロープを取り出そうとする。が、背後に気配を感じその場から横っ跳びで離れる。一瞬の間をおいて、ゴードンのいた場所に鉈が振り下ろされた。
 地面を転がりながらゴードンは自分が先ほどまでいた場所を見る。そこには鉈を持った男が立っていた。
「おいおい、なんで罠にはまったのに生きてるんだよ。このガキは」
 鉈を持った男は穴の中を見下ろしながら言う。
「だからこういうところには来たくなかったんだ」
 ゴードンは大きくため息をついた。
 こういった建物が現存している場所は人が集まりやすいため、早い段階から何者かの拠点になる。悪意のある人間が拠点にした場合、ここを見つけて立ち寄る旅人を狙った罠をしかけるのだ。
ゴードンが危惧していたのはこのことだった。そして話を聞かずに駆けだしたベルは見事に悪意のある人間の罠にかかってしまったのだ。
 さらに足音が増える。ベルが入ろうとしていた建物の中から二人の人間が出てきた。どちらも手には鉈を持っている。敵は合計三人。
「おい、用心棒じゃなかったのか!」
 ゴードンは思わず穴に向かって叫ぶ。
「そんなこと言ったって! あっ痛い。いたたた」
 ベルは未だに穴の底の鋭利な棒に苦戦しているようだった。
「もういい。そこで待ってろ。俺がいいって言うまで出てくるなよ」
「なんでよ! すぐ助けにいくからちょっと待ってて!」
 ベルは不服そうに叫ぶ。だが、ゴードンは彼女の助けには期待していなかった。アンドロイドとはいえ少女に助けられると言うのは癪だし、何より今から必死に這い出たところで絶対に間に合わないだろうと悟っていた。
 眼前には再び鉈を振り上げる男。ゴードンは重たい身体を必死に動かして攻撃を再び回避する。
「おっさんのくせにすばしっこいな」
 今攻撃をした男が余裕のある態度で言った。
「追い剥ぎはもう勘弁してくれよ」
 げんなりした表情でゴードンは頼み込む。
「見ての通り俺はひ弱なおっさんで、穴にいるのもいたいけな少女だ。ここは見逃してくれないか?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。むしろ狙い目じゃねーかよ」
 男は笑う。
「こんな世界だからこそ人間は良心をもって生きていくべきだと思うんだがね」
「こんな世界だから俺たちは良心を捨てたのさ」
 男はゴードンの説得にまったく応じる気がないようだった。
「……やれやれ。せめて荷物だけにしてくれないかね」
 そう言ってゴードンは自分の荷物が入った麻袋を地面に置いた。そしてちらりと建物の方を見る。男の斜め後ろ、落とし穴を挟んだ先には仲間が二人。実質一対三である。
「命だけは助けてくれってか?」
 男はゴードンを馬鹿にするように笑った。
「人肉ってそれなりの値段で売れるんだぜ。俺らは気持ち悪くて食えねえが、お前の死体は金になるんだ」
「なるほどな。確かに人肉も貴重な食料になりうる」
「そういうことだ。じゃあなおっさん」
 男は鉈を思い切り振りかざした。

       

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