Neetel Inside ニートノベル
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 日が落ちて空が暗闇に覆われる。ぼうっとベンチに座り続けていたベルは、巡回していた兵士から遅い時間に出歩くなと注意され、宿に戻った。
「遅かったじゃないか、俺はもう寝るところだったぞ」
 部屋に入ると、すでにゴードンがベッドの上に寝転がっていた。
 ゴードンの言葉に返事をしないまま、ベルはベッドに腰をおろした。彼女の浮かない表情に気付いたのか、無視されたことを気にせず心配そうに声をかける。
「元気がないな。何かあったか」
 ベルは返事をしない。
 ゴードンは少しの間返答を待っていたが、すぐに諦める。
「まあいい。俺は寝るからな」
「……待って」
「どうした。言ってみろ」
 ゴードンは優しげな声で続きを促した。
「私たちは、アンドロイドはどうして忌み嫌われているの?」
「そうか、まだ話したことなかったな」
 ゴードンは上体を起こすと、ベルの方に向き直った。
「俺もそこまで詳しくないんだが、知ってることは全部教えよう。まず、このようにアンドロイドが忌み嫌われるのは今の新世界政府がアンドロイドを徹底的に排除しようとしているからだ。これはお前も知っているな?」
 ベルは頷く。
「なぜ政府がアンドロイドを禁忌するのか。これは十年前の大戦が関わっている。俺もその頃の記憶はかなりあやふやなんだが、まあそこらへんは目を瞑ってほしい。
 ロボット工学において世界最高峰の技術を誇る国があった。名前は知らん。そこが世界中の国に喧嘩をふっかけたんだ。無謀な戦いだと誰もが最初は思ったらしいが、その国の兵士はほとんどがアンドロイドだった。戦闘機能に特化したアンドロイドだ。それらはあっという間に他国の軍隊を蹴散らしていったそうだ。だが、いくらアンドロイドの性能がよくても圧倒的な数の差があったわけだ。時間が経てば他国の対アンドロイド戦術も確立してきて互角の戦いになっていった。
 そんな中、ある国のスパイがアンドロイドの国の政府の中枢へと潜り込んだ。この国が戦争をふっかけた理由が意味不明だそうでな。その真意を探るのが目的だったそうだ。スパイがそこで見たのはアンドロイドがその国の首相や議員になり代わって国を動かしていた、というまるで小説や映画のような光景だったらしい。
 高度な知能を持つアンドロイドを量産してしまったばかりに、その国がアンドロイドに乗っ取られてしまったわけだ。それを知った他国のお偉いさん方は仰天した。この戦争に負けたら人類そのものがアンドロイドにとって代わられてしまうからな。
 んでもって、色々あって戦争は終結した。誰が勝ったのか分からないほど各地に被害が出た。それは短い旅の間でよく分かっただろう。
 戦争終結直後、どこからともなく新世界政府を名乗る軍隊が現れた。どの国も疲弊しきったところに十分な戦力をそろえて現れたんだ。誰も抵抗できず、新世界政府は荒廃した世界を統べた。それが現状だ。
 今回の戦争でアンドロイドは存在してはいけない、そう考えたんだろうな。現存しているアンドロイドは排除されるようになった。
 分かりやすくまとめると、アンドロイドが恐いから存在は許しません。そういうことなんだ。俺の知る限りでは」
 ふう、とゴードンは一息ついた。
「何か質問は?」
「……ううん、ない」
 ベルはぼんやりとした表情で答えた。
「今の話を聞いて、どう思った?」
「何とも。なんというか、納得しちゃった。スケールが大きすぎてどうしようもない」
「そうか」
 それだけ言って、ゴードンは再び身体を横にした。
「じゃあ、俺は寝るからな」
「ねえ」
「まだ何かあるのか」
「眠れないの」
「横になってずっと目を閉じてればそのうち寝付く」
「そうじゃなくて。私はアンドロイドだから眠れないの。眠る必要がないから。だから夜はずっと暇」
「一緒に徹夜しろってか?」
「してくれるの?」
「馬鹿言え。こっちは機械の身体でもなけりゃ徹夜できるほど若い身体でもないんだ。明日もやることがあるしな。……そうだ」
 何か閃いたようにゴードンは手を叩いた。
「妄想でもしてみたらどうだ」
「妄想?」
「俺も一人旅していたときはよく妄想の世界に浸っていた。記憶を失う前の俺はどんな人間でどんな環境でくらしていたんだろう、ってな」
「それって楽しいの?」
「楽しいったらありゃしない。妄想の中なら俺はどんな人間にもなれるし、世界だって変えられる。暇なら試しにやってみるといい」
「妄想、かあ」
「明かり、消していいか?」
「あ、うん。おやすみゴードン」
「ああ、おやすみ」
 部屋が暗くなる。窓から差し込む月明かりだけが、部屋の一部を照らしていた。
 ベルはテーブルと椅子を窓際に動かすと、そこに腰をおろした。頬杖をついて窓から夜空を見上げる。
「妄想……」
 ゴードンに勧められた通りに、ベルは自身の思考回路の中に、仮想世界を作り出す。どんな世界がいいだろう、私の理想の世界……。起動してから今までの短い経験の中から、自分の理想を作り出す。
 アンドロイドが忌み嫌われず、人間と共生している世界。自分が誰にも迷惑かけず、誰からも必要とされる世界。
 妄想で固めた世界に自分自身を投影させる。回路の中のユートピア。自分だけの理想郷。
「…………」
 しばらくして、ベルは諦めたように頬杖をやめて、椅子の背もたれにもたれこんだ。
「全然だめ。何も楽しくない」
 ベルは僅か数分で自身が想像し、創造した仮想世界から現実に戻った。妄想に浸り、楽しむことができなかった。
「ゴードンは楽しいって言ったけど、空しいだけじゃない」
 アンドロイドの思考回路と人間の思考回路は違う。コンピュータは現実的な思考しか紡ぎ出さない。人工の感情は空想から何も感じ取らない。
「いくら妄想したって、現実は何も変わらないもの」
 目を瞑り、ため息をつく。呼吸をする必要がないから、ため息はほとんど形だけのようなものだ。
「夜、長いなあ……」
 月と星々は静かに世界を照らし、見下ろし続ける。


 翌朝、ゴードンは再び仕事だと言って宿を出る。ベルはそれを見送りながら、自分はどうしようか考えていた。
 ポケットにはそれなりの額の紙幣。どうせならぱーっと使うべきではないか。この部屋にいてもつまらないし、結局街の中を散策するのが一番の暇つぶしになるはずだ。
 宿を出て、ベルはゆっくりと歩き始める。昨日となんら変わり無いのどかな雰囲気。何も考えずに歩いているうちに、また市場に辿り着いていた。ここも昨日と変わらない大きな賑わいを見せている。
「何買おうかな……」
 ベルは市場をゆっくりと歩きながら、色々な露店を見て回る。食料品が多く目につく。中には調理済みのファーストフードのようなものもあった。
 アンドロイドは食事をする必要がない。だが、味覚はしっかりと備わっており、道楽としての食事をするだけの機能は備わっていた。摂取した食べ物は内蔵された人工臓器によって処理され、疑似排せつを通して対外に排出する。それだけの人間の模倣ができる。
「そう言えば私、今まで食べ物を食べたことがない」
 理由はそれだけで十分だった。ベルは吸い込まれるようにして一つの露店に近づく。
……が、自分のすぐ後ろを二人の兵士が駆け抜けて行き、ベルは足を止めた。思わず兵士たちが駆けて行った方へと振り向く。
「今度こそ捕まえる」
 この一瞬で、そんな一言をベルの聴覚は聞き取った。
「まさか……」
 ベルは赤髪の青年アンドロイドを思い浮かべる。彼はまだ捕まっていないのでは。頭から完全に食べ物のことは消え去り、兵士たちが向かった先へ向かい始めた。
 市場から離れて人はどんどん少なくなる。バタバタと幾重にも聞こえる足音は兵士たちのものだろう。
 自分はどうするつもりなのか。ベルは自問自答する。
「私は……」
 あの赤髪のアンドロイドを、助けたい。そう思っていることに気付く。
 果たしてできるのか。そもそも助けていいのか。次々と問題が浮かび上がるが、振り払うように頭を動かして、なかったことにする。
「このまま捕まって廃棄されるなんて、悲しすぎるよ」
 アンドロイドは許されない。そういう世界なのだ。昨夜はそう納得していたはずだった。だが、煮え切らない思いがベルを行動させる。
 どこに赤髪の彼がいるのかは分からない。だけど、探さなければ見つからない。
 ベルは走り出す。ただがむしゃらに。

       

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