Neetel Inside 文芸新都
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平成弱者論
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 ぼくは気が弱い。

 休み時間になると生徒の殆どが外に遊びに行く。
運動場で気の会うグループ同士で集まって鬼ごっこやドッヂボールをしたりするのだ。
そして彼らはその中で他人との接し方を知る。

 たとえば鬼ごっこ。
一人の鬼を決めて、鬼に触れられた者が次の鬼になる。
それを繰り返して最後に鬼になっていた者が敗者になるというあのゲームだ。

 鬼になった者は当然、早く逃げる側になりたいと思う。
そして、その為には最も消耗した者を狙うのが賢明だと考える。
たいていの場合それは前の鬼であるが、これを狙うことは普通起こらない。
同じものばかりが鬼になって面白くなくなるからだ。
これは明確にルールとして禁止されている訳ではないが、暗黙の了解として守られている。
 
 また、まれにこの常識を無視する輩もいる。
そういう者はその後全員から狙われる、無視されるといった報いを受ける。
こうして、ルールを破るのはいけないことだと学習していくのだ。

 ぼくはそういったことを知っていた。
しかし、ぼくは休み時間に外に遊びに行く生徒では無かった。

 ぼくは休み時間になるといつも彼らを見ていた。
教室の窓に張り付いて運動場をじっと見ていた。
そして、機会を待っていた。
ぼくが彼らに加わる機会を。
その為にぼくは彼らを知ろうとした。
彼らが何を好み何を求めているのか。
ぼくは彼らの好み、求める存在になって彼らに属したいと思っている。
だからぼくはそういったことを知っていた。

 しかしぼくは知らなかった。
ぼくが彼らの嫌い、排斥すべき存在であることを。

 ぼくは教室においていかなるものに属さなかった。
いつか、彼らに属するために、孤独に耐えていた。

 「一緒に遊ぼう」
と声をかけられたことがあった。
この小学校に入ってすぐのことだった。
一人ぼっちのぼくに気を使ってくれたのかもしれない。
あるいは先生になにか言われたのかもしれない。
しかしぼくは黙っていた、なんと断ればいいか分からなかったからだ。
だって、「ぼくは外で鬼ごっこをしたいからダメ」なんて言っても訳が分か
らないじゃないか。
どうしていいかわからなくて手の平やわきの下に汗がにじんできて、終いに
は泣いてしまった。


 そして、その姿はぼくの憧れる存在の目には異様な姿に映った。

誰とも交わらない正体のわからない不気味な存在。
それがぼくだったのだ。








 




 




     

 2


 今日も居る…

 運動場の隅の木製の平均台に座ってあいつは今日もこちらを見ている。
皆"やつ"には何を考えているか分からないくて、基本的に誰とも話さない暗いやつ、と
いう印象を持っていた。遊びに誘ったというだけで泣かれた、という話を聞いたことがある。

 何を考えているか分からない、という言葉は恐ろしい印象を与える。
突発的に犯罪を犯しそうな、そんな印象だ。
皆もやつには何となく恐ろしい印象を持っているようだ。
最近やつを疎ましがる声をよく耳にする。
―あいつ何するかわからんで怖いよな
―いきなりナイフなんかで切りつけてこないだろうな
―頭おかしいんじゃねえの?
流石にいきなりナイフで切りつけられることは無いだろうがやつの目的が分からないのも事
実だ。
事実、皆やつがあそこでこちらを見ていることに多かれ少なかれ不安に思っているようだ。

 しかしおれはやつと分かり合えると思っている。
分からないから怖いんで、知ってしまえば案外そうでもない。
むしろ良い奴なのかもしれない。
なにごとも大体そんなもんだ。

 次の授業は体育で、体育委員のおれは準備をしていた。
それで他の遊び仲間たちより少し遅れて運動場に出た。
待っていた友人と二人だった。

 「おい、今日も居るぜ」
「うん」おれは答えた。
「ちょっと声かけてみる」
「やめとけ、あぶないぞ」そう言いながら好奇心を隠せないようだ。

 相手を知りもしないであぶながるのは失礼だと思う。
「おまえらもなんか嫌だろ。あんな風にいつも見られてたら」
おれはそう答えてさっさと奴のほうに向かっていった。
ふりむくと、友人は先に集まってドッヂボールをしている仲間たちのほうへ行ってしまっていた。

 やつはおれたちを見るためにそこにいたのだから当然おれたちの側からもそこは良く見えた。
おれはそこに、奴から見て正面から歩いていった。
やつとおれの間合いが近くなっていく。
やつがこちらを見上げた。
不安そうな目つきだった、顔つきが気弱そうだからかもしれない。
ドッヂボールをしていた連中が静かになった。
どうやら試合を中断してこちらの動向を見守っているようだ。
 
 やつとの間合いを詰め、立ち止まった。
やつを見下ろす。
やつもこちらを見上げる。

 先に何か言ってくるかもしれない、と少し黙っていた。
やつはなにも言わず、ただこちらを見上げていた。

 やつには話しかけてくる気がないようなのでおれから話しかけることにした。
「おまえ、いつもここにいるけど…なにか用があるのか?」
「うん」
やつは何事かぼそぼそと呟く様に言った。聞こえなかった。
そして、何か決心したように
「ぼくも仲間に入れて」
と小さく、しかし強くはっきりと言った。
おれはうなずいた。
ほら、たいしたこと無い、あっさり分かり合えた。

 一大決心だったらしい、大きく開いた目は驚きを湛えていた。
「え、いいの!?」喜びに満ちた声だった。
「しょうもないことを聞き返すなよ」
やつは笑っていた、本当にうれしそうな顔だった。

 しかし、それもつかの間のことだった。後ろの仲間たちがやつを攻めだしたのだ。
彼らにはこちらの会話は聞こえないものだからなにか勘違いしてしまったようだ。

 仲間たちは各々にひどい言葉を叫んでいた。聞くに堪えないような言葉だった。
やつはごめんといって逃げていった。腕をつかんで止めようとしたが、やつは思いの
ほかに力が強く振りほどかれてしまった。

 やつはそのまま消えていってしまった…


















       

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