Neetel Inside 文芸新都
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MTGについて少し話そうと思う
voL.6「ジャングルを荒廃させた暴風雨は西へぬけ、歪んだ孤島をのみこみはじめる」

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 ミラージュ・ブロック、テンペスト・ブロック、第5版のサイクルについてふりかえろうとすると筆者のあたまに真っ先に浮かんでくるのは「単色」という二文字だ。結局のところ初心者にとって多色デッキは金銭的にもデッキ構築力的にもプレイ技術的にも現実的ではなく、コモン・アンコモンでじゅうぶん強く組めるビートダウン系の単色デッキに人気があつまった。当時は遊戯王がまだ登場していなかったため小学生や中学生プレイヤーも多く、カジュアルプレイではとくにその傾向が強かった。誰もがせまいデュエルスペースで小さな机いっぱいにクリーチャーカードをならべ、たのしそうに《踏み荒らし(TE)》やX=10の《火の玉(5th)》をプレイしていた。テンペスト・ブロック、そしてつぎのウルザ・ブロックにつらなる単色推奨の流れは新規プレイヤー獲得に大きく貢献した。
 もちろんコントロール系のデッキもちゃんとあった。青だけみてみても、まわりだせばほぼゲームオーバーとなる《転覆(TE)》や世のなか顔だけではないと世界じゅうのプレイヤーに勇気をあたえてくれた《貿易風ライダー(TE)》など強力なボードコントロールカードにくわえ、《衝動(VI)》《直観(TE)》《巻物棚(TE)》などのドローサポートも充実しており、いまの青使いがみたら発狂するほど豊富なカウンター呪文もそろっていた。さらに《流砂(VI)》《ボトルのノーム(TE)》《花の壁(ST)》《スパイクの飼育係(ST)》《神の怒り(5th)》《ネビニラルの円盤(5th)》など各色にもビートダウンに対抗できるカードが用意され、実際トーナメントレベルのコントロール系デッキはいくつも存在していた。だがそれらはほぼ例外なく高価なカードが大量に必要であり(このサイクルを最終的に制した「ナイトメア・サバイバル」を組むには宝くじを当てるかシュノーケルをつけて日本海にもぐりアトーチャ号でもさがすしかない)、また1ターン目から強烈なクロックをかけてくる黒単や赤単を相手に序盤をしのぐにはかなりのプレイング技術が要求された。学校帰りにデュエルスペースに寄って淡々と土地を置きながら相手の手札を読みつつ《ブーメラン(5th)》の対象をどれにするか長時間悩んでいるヒマがあるのなら家でおとなしく関数でも解いていたほうがよっぽど有意義だろう(あなたに「カウンターポスト」同士でのミラーマッチを戦い切るスタミナと忍耐力があるのなら受験勉強や就職活動など敵ではないはずだ)。
 いっぽうでミラージュ・ブロックはフェッチランドや《知られざる楽園(VI)》《宝石鉱山(WL)》をマナ基盤に《ワイルドファイアの密使(MI)》《熱狂のイフリート(MI)》や各種ギルドなどどちらかといえば多色推しであった。先のテンペスト・ブロックとあわせて形成された「嵐の熱帯雨林」ではビートダウン系とコントロール系がちゃんと対立し、単色と多色も一長一短でバランスよく存在していた(このつぎのサイクルや旧ミラディン・ブロックにくらべたらじつに健全な環境だったといえよう)。貴族は掘り当てた宝石でジョルレイルの楽園や《アダーカー荒原(5th)》の別荘に住み、貧民はゴブリンやゾンビたちとともに《不毛の大地(TE)》を耕すというぐあいにきちんと住み分けがなされていた時代だった。
 またこの環境のもうひとつの特色として〝スピード〟があげられるだろう。筆者は最近またMTGに復帰しようと思い立ち、ざっと現環境のメタやスポイラーをチェックしてみたのだが当時といまの大きなちがいはやはり使用されるクリーチャーの重さと土地の枚数である。テンペスト前後のサイクルでは基本的にビートダウン系デッキでは4マナ以上のクリーチャーは見向きもされなかったし、3マナ圏ですら枚数を積むのはためらわれた。それだけ2マナ以下のクリーチャーが強く最初の数ターンでゲームが決まってしまうほど環境がはやかったのだ。また《ハルマゲドン(5th)》《冬の宝珠(5th)》などのマナ基盤を大きく制限してしまうカードの影響もあっただろう(2匹でなかよく攻撃してくる《ジャッカルの仔(TE)》にライフを10まで削られ、泣く泣く撃った《神の怒り(5th)》の返しで《沸騰(TE)》がとんでくる確率は箱のなかでネコが生きている確率より高かった)。この環境では5マナ以上のカードが存在することはゆるされず、《ラースの風(TE)》が吹くころにはもうなにもかもが手遅れであった。
 そういった環境であったのでクリーチャー単体の価値は非常に低く、基本的に除法されるものと考えなければならなかった。エンチャント(クリーチャー)や《巨大化(5th)》などの強化カードはアドバンテージを失う可能性がつねにつきまとい、《浄化の鎧(WL)》+プロテクションのように除法耐性があったり、《憎悪(EX)》+シャドーのように一気に勝負をつけられる場合をのぞいてクリーチャーにカードをつぎこむことは愚かな行為とされ、そのようなプレイヤーは「ラースのムツゴロウさん」と揶揄された。現在ではカードアドバンテージを失わない装備品が主流で、《ダングローブの長老(M12)》《最後のトロール、スラーン(MBS)》《ワームとぐろエンジン(SOM)》など除法耐性があるクリーチャーの存在は彼らの人権向上に一役買っている。
 ルールについても印象深いものがある。つぎの第6版からスタックの導入やインタラプトの廃止などルールの簡略化が図られるわけだが、第5版では「ランページ」「バンド」「~埋葬する」など奇妙なルールやテキストがのこっており、とくに「バンド」「プロテクション」「トランプル」の組み合わせは(ルール的に)非常に凶悪なコンボであった。さらにここにコー族のダメージ移しかえ能力が絡んでくるともはや素人プレイヤーでは手に負えず、公式大会でもジャッジが分厚いオラクルを確認したりフィジーで休暇中のトビー・エリオットを衛星電話で呼びだしたりするなど対応に追われた。またフェイジング関連の処理もややこしく、カジュアルプレイではよく《虹のイフリート(VI)》や《微風の守り手(VI)》がフェイズ・アウトしたままもどってこないことがあった(デュエルスペースをあとにしようと席を立ったとき彼らは床や机の下の荷物置き用の棚からふたたびフェイズ・インしてきた)。あと基本セット収録のくせに《火の玉(5th)》のテキストもなかなかに初心者泣かせだった(どうでもいいことだが、このころは《ケアヴェクの火吹き(MI)》《とどろく雷鳴(TE)》《火の玉(5th)》《分解(5th)》《地震(5th)》とX火力がやけに充実していた)。こんなものを書いていることからもわかるように筆者はいまだ過去にとらわれた古い人間であるが、ことルールにかんしてはいまのほうがずっとスッキリしていてジャッジにも新規プレイヤーにもやさしい環境であると思う。「被覆」「瞬速」などのキーワード能力は多すぎると感じるが。
 さて、今回はミラージュ・ブロック、テンペスト・ブロック、第5版について短くはあるが総括(というより個人的な雑感)してみた。そしてタイトルのとおりミラージュ・ブロックがスタンダードから退場し、ウルザ・ブロックが参入してくる。というわけで思いつきではじめた「MTGについて少し話そうと思う」もこれにてひと区切りにしようと思うがいかがだっただろうか。たいした文章にはならなかったが、貴重な時間を割いてここまでお付き合いただいた読者各位に対し筆者は感無量である。またつぎの話からもご愛読いただければ幸いである。
 なおミラージュ・ブロックの退場にともない、筆者をMTGの世界に導いてくれた水原くんもわれわれのもとから去ることになる。彼はもともと別世界の人間であったし、いずれプレインズウォーカーになるだろう秀才だったのだ。筆者たちに次元の渡りかたを教えてくれた彼はのちに都内の某有名進学校に進学したが、その後どうなったのか筆者は知らない。アメリカだかイギリスだかの大学に進学したと風のうわさできいたが、水原くんなら持ち前のコミュニケーション力を生かしてどこでもうまくやっていけるだろう。筆者がこんな駄文を書いているあいだにも彼はいまごろ名うての弁護士としてスポーツ選手の評価アップに尽力しているのかもしれないし、地球滅亡を阻止すべくNASAでレーダーを四六時中見張っているのかもしれない。あるいはマクドナルドでハンバーグを焼きながら「ヘロー、プリーズ、オーダー」とヘッドマイクにむかってスマイルをふりまいているのかもしれない。もしどこかで彼をみかけたなら筆者までご一報ねがいたい。ミシュラのように賢しく《ジェラード・キャパシエン(AP)》のようにタフなクールガイがいたらそれが彼だ。そのときは「《赤の防御円(5th)》を張られてしまいました。どうしたらいいですか?」と声をかけてみてほしい。ふりむいた彼はきっとこう答えてくれるだろう――〝黙示録〟

       

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