Neetel Inside 文芸新都
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MTGについて少し話そうと思う
voL.19「箱のビギナーなんです (T_T)」

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 発売から四半世紀ちかく経ったいまでもマジック:ザ・ギャザリングには多くの謎や疑問がのこっている。たとえば史上最強のデッキはなにか、最強のカードはなにか、逆に最弱のカードはなにか、なぜ青使いはいつもしかめっ面なのか、DCIがビール片手に目隠しダーツで禁止カードをきめているというのはほんとうなのか、などだ(またカイ・ブッディは今後50年のメタを知りつくした未来人だとかウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の地下には黒枠の《Black Lotus(LEB)》が壁一面にかざられた『黒い花畑』が存在するなどという都市伝説のたぐいも数多くある)。
 そのなかのひとつに「人はいつ〝久遠の闇〟をこえるか」という議論がかつてあった。これはつまり「MTGをはじめたばかりの初心者はいつ一人前になるのか」という話であり(プレインズウォーカーポイントなる明確な基準が導入されたいまとなってはもうホットな話題ではなくなったが)、その解答としては「スタックを理解したとき」「カードをスリーブにいれるようになったとき」「デッキが100枚から60枚になったとき」「サイドボードを用意するようになったとき」「アンタップ・アップキープ・ドローを寝言で言うようになったとき」「英語版に抵抗を感じなくなったとき」「大会デビューしたとき」「タップするときカードをきちんと90度たおすようになったとき」「そろばん型ライフカウンターを使いはじめたとき」「ストーリーを追うために英語の勉強を真剣にするようになったとき」「青は不当に優遇されていると思うになったとき」「自分の部屋の壁が《赤の防御円(5th)》で埋めつくされるという悪夢をみるようになったとき」「《極楽鳥(5th)》の背後に《甲鱗のワーム(5th)》の幻影がみえるようになったとき」「マーク・ローズウォーターに親しみを感じるようになったとき」「『MTGについて少し話そうと思う』をマイリスにいれたとき」……などなどさまざまな諸説があるが、当時もっとも有力だったのが「パックを箱買いしたとき」という説だ(店頭にならんだパックを36つ買うことや誕生日プレゼントに最新エキスパンションを1BOX要求するのはこの定義からはずれるという点に注意してほしい。あくまで自分のお金でまだ未開封のBOXを買うことのみを指しており、そのセロファンをみずからの手であけたときのみ〝箱買い〟は成立するのである)。
 このころの筆者の資産力はアルバイトによって《時のらせん(US)》解決後の手札くらい潤沢になっており(スカイシュラウドよりはるかに田舎な町に住む筆者の時給は夕方の時間帯加算をふくめても680円と効率的には《ジェイムデー秘本(7th)》程度だったが)、また春日くんもおこづかいが増えたようでわれわれの購入するパックの数はいちどに5~6つずつとなっていた。そして金銭感覚のゆがみはじめたわれわれの欲望はついに春日くんの言葉となって顕在化した。
「なぁ、箱買いしてみない?」
 むろん彼がいわなくてもいずれ筆者が口にしていただろう。MTGにかかわっている以上どんなプレイヤーもいつかはとおる道なのだ。鳥が空を飛ぶように、魚が海を泳ぐように、人は〝箱〟を買うのだ。
 われわれはさっそくBOX購入の検討にはいった。買うのはもちろん発売が目前にせまった新エキスパンション、アポカリプスだ。イカしたカードが満載のインベイジョン・ブロックの大将ともなればさぞ血沸く内容にちがいない。
 つぎに購入場所だが、当時まだふつうの店(書店やゲームショップ)ではパックはほぼ定価で売られており、もっと安価に手にいれるとなるとカードショップのような専門店を利用するしかなかったのだが(イエサブでは不人気のエキスパンションが捨て値で売られ、英語屋は英語版のみであったがシングルカードとおなじくパックも全体的にお買い得となっていた)、交通費を考えると収支的には微妙なラインだった。
「通販ってのはどうだろう」
 そこでわれわれは中学時代にはなかったもうひとつのアドバンテージに気づく。携帯電話である。筆者はベッドの上にほうりだしてあったN502iをひらいてiモード(当時もっともホットだったハイ・テクノロジーだ)を起動させる。そう、いまのわれわれにはインターネットがあるのだ。
「……めちゃくちゃ安いな」
 カードゲームのカテゴリーからたどりついた『あみあみ』のHPをながめながら筆者はそこで販売されているパックの価格に驚嘆する。一般的なカードショップよりさらに安く、送料や代引き手数料を考慮しても春日くんと折半すればかなりお買い得だった。すでに予約のはじまっていたアポカリプスのBOXを選択すると諸経費をふくめた総額はなかなかのものとなったが、われわれは顔を見あわせるとひとつうなずき、筆者は注文ボタンを押した。とうとう初心者を卒業するときがきたのだ。
 数日後、王様のブランチの流れるテレビの前でマックの紙袋をあけながら土曜の午後特有の高揚感を満喫していたわれわれのもとに注文の品がとどいた。代金とひきかえに手わたされたつつみをあけてみるとアポカリプスのカードのものと思わしきイラストがえがかれたBOXがあらわれた。自室のテーブルに置かれたBOXは店でみるよりひとまわり小さく感じたが、持ってみるとカード540枚ぶんの重さがしっかりと伝わってきた。われわれはおそるおそる箱を開封し、春日くんと36つのパックを等分すると「じゃあ……」と筆者は息をのみながらひとつめのパックをパリパリとあける。こんなに大量のパックを剥くのははじめてなのでわれわれはもったいぶって交互にあけていくことにしたのだ。
 はたしてそこから明かされたのは《幽体オオヤマネコ(AP)》《荒廃の天使(AP)》《名誉回復(AP)》《ラノワールの死者(AP)》《黒檀のツリーフォーク(AP)》《ガイアの空の民(AP)》《神秘の蛇(AP)》《火+氷(AP)》各種対抗色ペインランドなど新天新地(あらたなるスタンダード環境)の創造にふさわしいカードたちだった。なかでも《ファイレクシアの闘技場(AP)》《ジェラードの評決(AP)》《死のわしづかみ(AP)》とそろったあの〝夏〟を彷彿とさせる「わくわくネクロセット」は発売前からおおいに話題となり、さらに《魂売り(AP)》《破滅的な行為(AP)》が登場したことで黒を中心にデッキ構築を考えるプレイヤーが続出した(かくいう筆者もそのひとりだったことは申し添えるまでもないだろう)。
 いっぽうで春日くんは《予言の稲妻(AP)》《稲妻の天使(AP)》を中心としたトレンチ系に方向性をさだめ、《草茂る屋敷(AP)》カラーの筆者とかぶる要素がほぼなかったのでトレードでうまいこと1箱ぶんのカードをわけることができた。小型エキスパンションということでコモン・アンコモンはだいたい複数枚ずつそろったし、レアもほぼぜんぶみることができ、あとは我慢していたスポイラーでのこりのレアを確認しつつパックをちょっとずつ買い足していけばよかった。
 というわけでわれわれのデッキ構築は「インベイジョン、プレーンシフトの安くてそこそこ使えそうなカード中心」から「アポカリプスのパワーカード中心」へと《パラダイム・シフト(WL)》し、デッキパワーも爆発的にあがった。もちろんいまふりかえるとおたがい大ざっぱな構築だったと思うが、仲間内で遊ぶぶんにはインベイジョン・ブロックは最高にたのしかった。そこには「ファイヤーズ」も「マシーンヘッド」も「リベリオン」も《リシャーダの港(MM)》も《からみつく鉄線(NE)》もプロフェシーさえもなかったが、それは〝石版さがしの夏〟よりずっと健全な高校生活だったことは言うまでもない。
 こうして〝箱買い〟をはじめて体験したわれわれは晴れていっぱしのプレインズウォーカーになったはずだったのだが、よく考えてみると筆者が手にしたカードは18パックぶんであり、のこる半分は春日くんが持っている。そのことに気づいた筆者と春日くんは視線をバッティングさせると肩をすくめた。まだまだわれわれはふたりでやっと一人前のルーキーということだ。プレインズウォーカーへの道は果てしない。
 さて、ほんとうに初心者卒業の登竜門となるかはべつとして〝箱買い〟にはさまざまなメリットがある。パック単体で買うより安くなる場合が多い、ドラフトやシールドの練習ができる、カードいれにもなるかっこいいイラストのえがかれた箱が手にはいる、「オレはほんとにマジック狂だな」とゆがんだ自己愛にひたれる、などだ。だがいちばんの魅力はやはり「いっぱいパックがあけられる」ことに尽きるだろう。プレイヤーであればだれでも永遠にパックをあけつづけていたいものであり、たとえ《レイモスの角(MM)》や《キノコザウルス(5th)》を引いてしまってもリチャード・ガーフィールドをうらんだりはしない。ポケットからかきあつめた小銭を代価に彼らはきょうもパックのなかに夢を追いつづけるだろう。
 もちろん数は問題ではない。学校や会社(あるいは塾やハローワーク)の帰りにふらっと店によってパックをひとつだけ買い、風呂あがりにビールやコーラを一杯やりながら粛々とあけるのもわるくない。でも発売日にとどけられる新エキスパンションのBOXはあらゆるMTGの魅力が詰まった〝宝箱〟であり(それが千両箱に化けるかパンドラの箱に化けるかは運しだいだ)、そこからとびだしてくるのが《Mox Sapphire(UN)》であれ《マスティコア(UD)》であれ《冬月台地(PR)》であれ《Ashnod's Coupon(UG)》であれ《タルモゴイフ(FUT)》であれ〝ブルーハリケーン〟であれ、そこにある酸いも甘いも体験できるのは〝箱〟をあけたものだけだ。もしこのなかに(さすがにいないとは思うが)箱買いをしたことがないというかたがいらっしゃったら明日にでも諭吉をにぎりしめてカードショップをおとずれてほしい。なあに、なにもむずかしいことはない。ただ店員さんにこう言えばいいのだ――「ドラゴンの迷路1箱ください!」
 というわけで最新エキスパンション『ドラゴンの迷路』絶賛発売中である。



「お土産によろこばれるBOXランキング(筆者調べ)」

 第5位『プロフェシー』
 話のタネにはもってこいの一箱。リミテッドならけっこう遊べる。なんといっても安い

 第4位『鳩サブレ』
 箱ではなく缶入りだが、高い実績と安定した人気をほこるお土産の定番

 第3位『ワールドウェイク』
 ジェイスくじ。最近はやりの一番くじにWofCも便乗。タルモくじってのも人気らしい

 第2位『アングルード』
 ギャザ仲間との忘年会に差しいれれば大盛りあがりまちがいなし。日本語版スポイラーもわすれずに

 第1位『アルファ』
 すべてのTCGの始祖。価格が車一台ぶんとお土産としては少々高額なうえ現存するのかわからないのが難点。たまに飲み代にこまったピーター・アドキソンがサザビーズにカートンで売りにくるという噂があるが真相は不明。開封する際は無菌室と人数ぶんの手袋を用意しよう




       

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