Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸秋の三題噺企画
お題①/豚とビッチとジョブキラー/山田一人

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 喫茶店に向かう途中、小さな娼館の前を通った。薄汚い建物だがこの町の娼婦は皆ここで勤めているため通う客は多い。
 普段ならそれなりの客が昼間から出入りしているはずだが、今日はなぜか閉まっていた。何かあったのだろうか。
 ふと俺はエリカとの最後の会話を思い出した。
「アンタなら安くしてあげるのに」
「売女を抱くほど餓えちゃいねえ」
「つまんない意地張っちゃって」
 確か三日前だったか。それ以来彼女を見かけない。俺の幼馴染で、馬鹿な女。自分の身体を売って生きている。
 娼館が閉まっているのと関係があるに違いないとは思ったが、喫茶店についた俺は考えるのをやめた。今から仕事なのだ。
 そもそもあんな女、心配する価値もない。
 中に入って一番奥のボックス席へ。無精ひげを生やした男が既に座って俺を待っていた。
 座ると同時に男は一枚の写真と彼のプロフィールが書かれた紙を俺に見せる。ここらじゃ有名な富豪の男だった。
「仕事は簡単だ。奴の屋敷に侵入して、パーンッ」
 男は指で銃の形を作る。
「侵入の手筈は? 屋敷の敷地内には子飼いのギャングが大量にいるって噂をよく聞く」
「その通り、奴は用心深い。だから必要以上に私兵をそばに置いている。が、問題はない」
 男は小説を一冊取り出すと、その背表紙を叩いた。『新都社文庫』と書かれている。
「今回、お前にはこの出版社の編集者を演じてもらう」
 男の話はこうだった。
 ターゲットは持ち前の虚栄心、自尊心を満たすために自伝を出版することにした。その打ち合わせとして新都社という出版社から編集者が一人奴の屋敷に向かう予定になっている。そこで俺がその編集者になり代わって奴の屋敷に侵入。打ち合わせ中に頭をパーンッ。
 そんな簡単にできることなのかと思ったが、内部に協力者がいるらしい。銃もそいつが屋敷の中に用意してくれるとのこと。
「細かい手順と脱出方法、その他もろもろはこの資料に全部書いてある。協力者の情報もな。頭に叩き込んでおけよ」
 言われるまでもない。俺はプロなのだ、失敗は許されない。
 俺はガキの頃からこの世界の住人だ。孤児で学のない俺が人並み以上に生きていくためにはそうするしかなかったから。
 あの馬鹿女も同じだ。何もないどん底の状態から人並み以上の生活を手に入れるために自分の身体を武器にした。俺はエリカを馬鹿にできないのかもしれない。
「なあ、ここの近くの娼館のことなんだが」
「どうした、溜まってんのか?」
 下品な野郎め。
「さっき通ったら珍しく閉まってたんだよ。何か知らないか?」
「知らんなあ。あそこは年がら年中やってるイメージだったが」
「ならいい」
 俺は話を切りあげると、資料を鞄にしまう。
「しかし残念だ。帰りに寄ってエレンちゃんを可愛がろうと思ってたのにな」
 エリカの源氏名を口にすると、男はコーヒーを一口すすった。

 仕事の当日、富豪の屋敷へ行くと門の前で小太りの中年男がいた。名前は忘れたが豚みたいな顔をしているから豚でいいだろう。資料によるとこいつが内部の協力者らしい。借金を理由に富豪から奴隷に近い扱いを受けているのだとか。
「ようこそおいで下さいました」
 豚は門を開いて俺を中にいざなう。門をくぐるとすぐに黒服の男が現れてボディチェックをされた。富豪の用心深さは承知している、で怪しいものなど持ちこんではいない。チェックはすぐに済んだ。
 屋敷まで豚と二人で歩いて行く。
「不備はないか?」
「ノープロブレム。完璧ですとも」
 今のところ問題はないようだ。
 広い庭を横断し、屋敷に入る。中も絵に描いたような豪華さだった。
 豚の後ろに着いて入り組んだ廊下を歩いていく。途中、何度も女とすれ違った。どれもエリカに似た雰囲気の下品そうな女だった。
「失礼、お手洗いをお借りしてもよろしいか?」
「ご案内いたします」
 俺たちは脚本通りのセリフを吐き、富豪の部屋に行く前にトイレへ。
「覚悟はできているか?」
 俺は豚に問うた。
「イエス、できていますとも。これは私の自由のための戦いでもありますからね」
 豚はトイレ内にある小さな棚を開ける。備品類の中に隠していた拳銃の部品をこちらに手渡す。俺はそれを手早く組み立てていく。
「頼みますよ。あなたは私のジョーカーなんですから」
「ジョーカー?」
「切り札、ということです」
 分かりづらい、最初からそう言えばいいのに。だが悪くない響きだ。
 俺は全ての部品を組み立て終える。右手には俺のジョーカー。
「さて、お仕事開始だ」
 拳銃を服の下へと隠し、俺たちはトイレを出た。

「こちらでございます」
 糞みたいに長い廊下の果てにある主の部屋へと俺は通された。
 部屋に入るや否や豚がぺこぺこと頭を下げながら富豪へと近づき、俺の紹介を始める。その声は緊張で僅かに震えていた。
 初めまして、そしてさようなら。
 富豪が俺に挨拶をするが無視。挨拶の代わりに拳銃を取り出した。
 銃口を富豪に向け――スライドはすでに引いてある――引き金に力を込めた。パスッという気の抜けた音と同時に富豪は倒れた。
 素早く銃口を室内の他の人間たちにも向ける。後の動作は全て同じ。
 数秒後、室内で息をしているのは俺と豚だけになった。あっけないものだ。
「もうお終いですか?」
「あとは使用人連中だけだが、すぐに終わる」
 俺がそういうと豚は両手を突き上げて「フリーダム!」と叫んだ。気が早い。
 残りを始末するため部屋を出ようとすると携帯電話が振動。仕事関連の電話だろう。
「もしもし。問題でも生じたか?」
『屋敷に娼婦共がいるだろう。娼館ごと買い取ったらしい』
 閉まっている娼館、消えたエリカ、廊下ですれ違った女たち。なるほどな。
「それがどうかしたか?」
『彼女らも含めて屋敷内の人間全員を殺せ。依頼者からの追加注文だ』

 依頼者は自身の秘密を富豪に握られており、それを富豪ごと葬り去るため依頼をした。やつは口が軽いから娼婦らにも秘密を話している可能性がある。だから皆殺し、とのこと。
 問題はない、殺す人数が増えただけ。だが……。
 深く考えずに仕事を再開。廊下を歩いてはすれ違う人間を殺し、片っ端から扉を開けてはその先にいる人間を殺す。屍の山を築きあげるのに時間はかからなかった。
「この部屋の人間で最後だな?」
 俺はエレンと書かれた扉を指さして問う。
「残りは全員殺しているはずです」
 最後の部屋、意図的に最後に残した部屋。少しだけ躊躇した後、俺は扉を蹴破った。
 大きな音、それと同時にベッドに横たわっていた女がびくりとしながら起き上がった。
「寝てたのか、馬鹿女」
 エリカは俺に気付くと目を丸くして驚いた。
「な、なんであんたがここにいるわけ?」
「仕事だよ」
「無職じゃなかったのね」
「無職だったらとっくに野垂れ死んでるよ」
 さて、俺はどうするべきか。
「あんた右手のそれ……っ」
 エリカが拳銃に気付く。それと同時に女の悲鳴が廊下から上がった。
 慌てて部屋から出ると別の娼婦が死体に気付いてパニックになっていた。彼女は廊下を駆けると、俺が銃を撃つより先に窓を開けて「助けて!」と叫んで、それから死んだ。
「あの馬鹿女で最後じゃなかったのか?」
 俺は豚の髪の毛を掴んで問う。
「ソーリー、ミスター! でもそれより――」
 詩が窓を指さす。先ほどの女の叫びに気付いたボディガードのギャング共が屋敷に向かってくる。豚はそれを視認すると脱出準備がしてあるキッチンへと一目散に逃げていく。
「行くぞ!」
 俺は後ろで混乱しているエリカの腕を引っ張ると豚についていく。
 キッチンへと到着。料理人たちはすでに全員事切れている。
「こちらです」
 豚が指さしたのは巨大なゴミ箱だ。蓋を開けた先が一階のゴミ溜めへと直通している。今回はこれに細工がしてあるらしい。
「この蓋の先には人が入るための箱がセットしてあります。一定の重さ、私とあなたの体重を足した重さが加わると、自動的に下のゴミ溜めに落ちるようになっています」
 その後はこちら側の人間が脱出した“二人”を回収に来るということか。
「さあ行きましょう」
 豚はゴミ箱の中へと入っていく。
「何をしているのです。早く彼女を殺して! ハリィアップ!」
 俺たちの関係を豚は把握していない。やつにとっては彼女も殺人の対象でしかないだろう。だから、豚の発言はおかしくない。
 エリカの表情が凍りついている。彼女の視線は俺の右手の拳銃に注がれていた。
「おい」
 俺に呼びかけられ、エリカは身体をビクリと震わせる。
「早く中に入れ」
「え?」
「俺がお前を殺すわけないだろう」
 俺はエリカを無理やりゴミ箱の中に押し込む。抵抗されたが俺の力の前では為す術もない。
「どういうことですかこれは!」
 豚が声を荒げる。
「お前はこの馬鹿女と一緒に脱出しろ。文句は言わせねえ」
 拳銃を豚に向ける。
「オゥ……でもあなたはどうするのですか? ここからは二人だけしか逃げられない」
「俺は正面からどうどうと帰るから大丈夫だよ。それじゃ、馬鹿女は任せたぜ」
 俺はゴミ箱を閉じようと蓋に手をかける。
「ちょっと、ちゃんと説明してよ! 私何が何だか分からないわ」
「後でな」
「そもそも私だってここには仕事でいるんだから脱出するわけには……」
「こんなときに仕事だ? どんだけセックスが好きなんだ馬鹿女」
 俺の言葉に反抗して、エリカはゴミ箱から出ようともがく。
「お前みたいな女は金持ちと豪邸にいるよりゴミ箱に豚といる方がお似合いだよ」
 ゴミ箱の蓋を閉じる。ガコンという音が鳴る。
「ファッキンビッチが豚とやってろ」
 箱が外れ、二人はゴミ溜めへと落ちていった。
 さて、言い訳もとい説明を考えておかないとな。殺し屋であることは隠さなきゃいけない。
だが、その前に仕事を終わらせなければいけないんだったな。。
 廊下を走る足音がキッチンへ近づいてくる。
 俺は静かに拳銃のスライドを引いた。

       

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Neetsha