Neetel Inside ニートノベル
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「龍ちゃん、小町さんとはどういう関係なの?」
午後の授業が終わると、美幸は僕にこう聞いてきた。美幸だけではない。チャイムが鳴るなり、僕の机はクラスメイト達によって囲まれてしまった。小町あの子が昼放課に僕を拉致したことを受け、級友たちは僕が何を彼女にしでかしたか興味津々だった。「小町を怒らせたのか」「カツアゲされたのか」「怪我はないか」など、僕の身を気遣う声が半数を占める中、校内きっての不良小町あの子と普通の中学生である僕という謎の組み合わせに対して、クラスメイト達の中ではいろいろ憶測が飛び交っているようだ。特に彼女が言い放った「ムセイ」という一言に彼らは食いついてきた。

「……ムセイって、夢精なのか?」
色白で少し目つきの悪い青年が、恐る恐る口を開いた。彼の名は武田健二。クラスの中において、僕と最も親しい男だ。彼の父親が整形外科を営んでいるという理由だけで、「セイケイ」とうあだ名をつけられてしまった男である。
セイケイこと武田健二は自分のあだ名に不満を持っていた。「セイケイ」という言葉の響きは、むしろカッコいいと僕は思うのだが、彼はその由来でる父親の職業が嫌いだった。病人怪我人を救う他の医者ならまだしも、恵まれない容姿の人たちからお金を貰い、彼女らの顔の造形を直す整形外科医。セイケイは父親を「顔面詐欺師を生み出す詐欺師」と蔑んでいた。「顔を直して患者さんは幸せになるが、弄った顔に騙される彼女らの未来の恋人たちは不幸だ。」と昔彼は必死の形相で語っていた。彼女たちが払うお金で裕福な暮らしをしている分際でそこまで言わなくても、と思うのだが、そこには彼なりの複雑な事情があった。それは、彼が彼の両親に全く似ていないことだ。厳密に言えば、彼の両親はある時まではセイケイが彼らのDNAを継ぐ存在であるということが誰にでも納得できる容姿をしていたのだが、残念なことに美の匠である彼の父親は、数々のビフォーアフターを手掛けるうちに自身のリフォームをしてみたいという欲望に駆られてしまった。また、彼の夫人である武田母も同様で、気が付けば武田家の家族構成は堤真一似のナイスミドルな父親と、黒木瞳のようなセレブ母、そして目つきの悪い一人息子の三人となった。変わってしまった両親の姿に、セイケイ少年は子供心に複雑感情を覚えた。それは、彼らがセイケイに血と肉を産み与えた両親でありながら、突如そうでなくなったような悲しい気持ちだった。
と、セイケイの家庭事情はこの辺にして、とにかく僕が言いたかったのは彼が自分のあだ名に対して大きな不満を抱いているということである。哀れなことに、いくらセイケイと呼ばれることを嫌がっても、周囲は彼をその名で呼ぶことをやめなかった。こうしてフラストレーションを溜めていったセイケイは、「じゃあ周りにも変なあだ名がつけばいいじゃないか」と思うようになり、いつしか某タレントばりの辛辣なあだ名付け魔と化してしまった。隣のクラスの杉崎という女子の「IKKO」というあだ名は彼の最高傑作である。彼女にそうしたあだ名が付けられた経緯はあえて説明しないでおこう。
小町との一件を聞いてくるセイケイに対し、僕は危険を感じていた。セイケイは小町と僕の関係については興味がなかった。彼はただ、僕に変なあだ名を付けたいだけなのだ。つまる話、彼は小町あの子が僕に対して言い放った「夢精」という単語を、僕のあだ名として定着させようとしているのだ。これは僕の社会的な立場を脅かす危機である。
僕はなんとかこの場を切りにけなければいけない。うまい具合にはぐらかし、彼らがこの一件を忘れてくれるまでやり過ごさなければならない。一番手っ取り早いのはこのまま帰ってしまうことだったが、それでは僕をこうして取り囲むクラスメイト達は納得してくれないだろう。ここは、何か適当なことを言って、形だけでも説明責任を果たす必要がある。

「ああ、あれね……ムセイじゃないんだ、ムセン、無銭だよ。無銭飲食の無銭。駅前の吉野家で飯を食ってたら、外が騒がしくて何かと思ったら引田天光のゲリライリュージョンがやっててさ。俺、セロの番組を毎回録画するくらいマジックに目がないからさ、思わず店を飛び出て見に行こうとしたんだけど、そこを偶然吉野家で牛鮭定食食ってた小町あの子に目撃されちゃって。『お前、並盛の会計済ませてないだろ!なのに店を出るなんてどういうことだ!』ってさ、食い逃げしたって誤解されちゃってさ。もちろんそんな気なかったし、後でちゃんとお会計は済ませたぜ。でも、小町あの子は弁解しても全然こっちの言い分理解してくれなくてさ。俺の顔を見る度、『無銭飲食は犯罪だ!』ってそれから突っかかってくるんだ。なんかああ見えて、反社会的行為には厳しいみたいでさ。自分不良なのにな。」
―――自分不良なのにな(笑)
言ってみて気づいたのだが、やはり無理があった。セロのイリュージョンなんてそもそも見たことがないし、引田天功も駅前には来ていない。かくなるうえは、最終手段。
「セイケイ、つぼみのDVD明日焼いてくるから、楽しみにな!じゃあな!」
強行突破である。
「お、おうじゃあな。」
セイケイはつぼみというAV女優が好きだった。彼曰く「彼女は絶対整形していない」らしい。とりあえず、セイケイに恩を売っておけば、夢精という不名誉なあだ名が付けられるという事態は避けられるだろう。僕は駆け足で自転車置き場へと向かい、明日にはみんな忘れているという希望的観測を抱きながら帰路へとついた。

       

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