Neetel Inside ニートノベル
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真っ直ぐに自宅に帰ると、僕は一通のメールが届いていることに気付いた。差出人は美幸。そういえば、彼女も僕に何かを聞こうとしていた。ソファーに腰を下ろし、一家の主のように股を拾いでくつろぎながら、僕は携帯の受信フォルダの未読メールをチェックする。件名:無題。本文:まさか、竜ちゃん。小町さんと付き合ってるの?

「いやいやいや。」
思わず僕は声を上げてしまった。幸いにも母はパート、父の帰りは夕暮れ過ぎ。盗聴でもされてない限り誰にも独り言は聞かれていないだろう。
それにしても、僕と小町の交際疑惑まで上がっているとは。たしかに、第三者から見れば、昼放課に僕を連れ出しに来た小町あの子を「愛するダーリンを迎えに来たちょっと強引なハニー」に解釈できないことはない。とは言え実際には僕と小町はついこの間知り合ったばかりで、しかも僕に対する彼女の心象はたぶん最悪だ。仮に恋愛に発展する余地があったとしても、その余地は保健室の一件が見事に塗りつぶしてしまった。精液で。僕は自分は人並みの性欲しかない健全な青少年であると主張したいが、事故とは言え精液をかけられた被害者である彼女にとっては、きっと僕は変出者も同然の存在なのだろう。
では、僕は彼女のことをどう思っているだろうか?
容姿だけで言えば、小町あの子は問題ない。キツイ系統の美人だ。気を抜けば不良だということを忘れて見惚れるほどだ。誰しも彼女の美貌は人類という括りでも上位に入るという事実を認めざるを得ないだろう。しかし、僕はどちらかといえば美人よりもかわいい系の子の方がタイプだ。芸能人で言えば誰で例えればいいだろうか……。いや、僕の好みの女性のタイプを芸能人よりも適した存在がいる。それは言うまでもなく、「ゆるゆるエンジェル」の美咲たん……彼女だ。サラサラとした桃色ロングヘアー。どことなく幼い、愛くるしい笑顔。ロリ顔に巨乳というギャップも忘れてはいけない。そして、そんな彼女を唯一無二の萌えキャラたらしめているのが、多村由加里ヴォイスから放たれる、無邪気な仙台弁だ。
―――町内の皆様を、幸せにするっちゃ!
最高だ。みんなの幸せに奉仕する天使、美咲たん。僕は思わずブラボーと叫んでしまう。そんな美咲たんの前では、小町あの子といえども分が悪い。二次元の天使と三次元のホモサピエンスではそもそも勝負にならないのだ。全盛期のロジャー・クレメンスとリトルリーグの4番が対戦するようなものだ。次元が違えば、トップ同士の戦いといえども結果は明らかだ。
しかしたとえ彼女たち二人が同じ次元に立って相見えたとしても、美咲たんと小町では決定的な差がある。かたや美咲たんは慈愛の天使。一方、小町あの子は暴力不良女。あなたがどちらを選ぶだろうか。もし小町を選ぶという愚行を犯すのなら、あなたは「病気がちなあなたに勧めるアリ○の終身医療保険」に加入するべきだ。怪我ばかりしていれば死んでしまう。死んでしまえばもう怪我をすることさえできない。マゾヒストのあなたこそ、保険に入るべきなのだ。

僕は「んなこたーない」と美幸に返事をすると、ソファーに突っ伏した。小町あの子には引きずられ、クラスメイトには覆い囲まれ、僕は疲れていた。眠ってしまいそうだった。瞼は重くなり、意識は薄れていく。時計の長針と単身は、午後4時33分を告げていた。昼寝には遅すぎる。でも、母が帰ってくれば起こしてくれるし、まあいいだろう。しかしまさに眠りに落ちようというその瞬間に僕は気付いた。―――果たして、このまま眠って大丈夫なのか。
昨夜の夢は、特に問題のない夢だった。美咲たんが、『部屋』の中で寝ているだけの夢。澤井がそこに入ってくることもなければ、犯されることもなく、僕はそのまま久々に朝を迎えた。もちろん、夢精もなかった。小町あの子は全てを語らなかったが、彼女の夢想のような話が真実ならば、彼女が僕を何らかの形で助けたくれたということになる。もちろん彼女の言う『夢追い人』や『夢の世界』が全て正しければの話だが、不可抗力とは言え彼女に精液をぶっかけた男であるにも関わらず、僕を助けてくれた彼女は案外いい奴なのかもしれない。
小町の説明はまだ途中だった。彼女の話では、『夢の世界』はあくまでも現実で眠っている人たちだけが存在するいわばミラーワールドのようなものだ。しかし、『夢の世界』では他人の夢が見放題という訳でもないらしく、彼女たち『夢追い人』は何かしらの手順を追って他人の夢の中に入り込んでいるようだ。小町はそれを「『部屋』に入る」と例えたが、僕には少し想像がつかなかった。人の無意識を司る『部屋』。無意識を司るというからには、きっと人の頭の中にあるのだろう。小町は玄関から入っていくようなことを言っていたが、肝心の玄関の前に行かない限りはその中には入れない。一体どうやって入っていくのだろうか。
小町が昼に語ったことを考えているうちにと、意識はますます混濁していく。もはや僕の意志とは関係なく、眠りが僕を包み込もうとしていた。ソファーのひんやりとした感触がだんだん薄れていき―――

ソファーのひんやしとした感触を肌に受け、僕は目を覚ました。

       

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