Neetel Inside ニートノベル
表紙

Angels
一話「Wake Up Angel」

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最近、澤井君がアニメキャラとSEXをしている夢をよく見る。

正確に言えば、澤井君が彼の好きなアニメキャラとSEXしている夢を、モニター越しに見せつけられる夢だ。画面の中で、普段は内向的な澤井君が獣のように腰を振っている。心なしか、クラスにいる彼よりは幾分逞しく見受けられる。

澤井君がアニメキャラの膣内で果て、ピロートークに移行したあたりでいつも僕の夢は終わる。7時21分。8時30分に始業のベルがなることを考えると、油断のできない時間帯だ。

澤井君の夢を見て以来、僕は目を覚ますと必ず自分の穿いているパンツの中をチェックするようにしている。澤井君がSEXをしている夢で、夢精をしていないか心配だからだ。
事実、一度だけ僕は澤井君の夢のせいで夢精をしたことがある。それは、夢の中にはじめて澤井君が出てきた夜のことで、また僕にとって初めての夢精であり精通を経験した夜であった。それ以来夢精はしていない。精液をためないよう、定期的にマスターベーションをすることを覚えたからだ。

夢精していないことを確認すると、僕は新しいパンツに穿き替えた。澤井君の夢で夢精して以来、僕の習慣となっている。夢精はしていないとはいえども、澤井君がSEXをしている夢を見たときに穿いていたパンツを穿きつづけたくはない、という強迫的な感情から僕は毎朝パンツを穿き替えている。
しかし、その日は替えのパンツがタンスの中になかった。

「母さん、パンツは!?」

「昨日の土砂降りでまだ乾いてないんだよ。それより、あんた……なんで毎朝パンツを……」

息子が急にパンツを毎朝穿き替えるようになったことを訝しがる母親に、「パンツを穿き替えて真っ新気もちで新たな一日をスタートさせたい」などと、適当なことを言って煙に巻く。とは言え、ある意味この言いぐさは間違いでもない。
替えのパンツがないことに、僕はいささか当惑していた。もちろん、朝にパンツを穿き替えなかったからと言って、外的な要因で問題が発生することはない。インキンになるわけでもないし、毎朝学校でパンツチェックが行われて、朝穿き替えなかった生徒にペナルティが課される訳でもない。

「父さんのパンツならあるんだけど?」

「穿きたい訳がない!」

母親の提案を真っ向から切り捨てると、僕は大きく口をあけ、ブルーベリージャムが塗られた食パンを食いちぎる。テレビに目をやると、澤井君が好きなアニメの番宣がやっていた。

「ゆるゆるエンジェル、日曜朝9時30分から、ゆるっと放送中!見てくれっちゃ!」

僕はこのピンク髪の羽を生やした、アニメの主人公のキャラを見てこう思う。
「美咲たん、萌え~」と。

     

窓際の最後列の席、そこに澤井君はいつものように座っていた。また、いつものように澤井君のそばで岡本が格闘ゲームの話をしている。

角刈りで猫背の、ちょっとがっしりした体系の澤井君。メガネをかけているひょろっとした岡本。
二人はオタク仲間で、いつも一緒に何か話をしている。前から仲良しだったというわけではなく、互いにクラスで浮いてしまった故に、はみ出し者同士つるまざるを得なかった。
おとなしめの澤井君とは対照的に、岡本は喋りだすと止まらない。今日も「メルトダウン」という同人の格闘ゲームについて澤井君に話しているようだった。
岡本は少々空気が読めないところがあるらしく、「メルトダウン」について何も知らない澤井君に対して、堰を切ったダムのように一方的に話しかけている。
それに「うん、うん」と澤井君はただ頷くばかり。何も知らないし、興味がないからそうせざるを相打ちを返す以外にないのだ。
しかし、澤井君はお構いなしに自分の知らない格闘ゲームについて話続ける岡本を鬱陶しがるどころか、どこかうれしそうに彼の話を聞いている。
純粋に人がいいのか、それとも浮いてしまった自分に岡本が話しかけてくれることがうれしいのか。どちらにせよ、澤井君は聞き役としては水準を遥かに超えるパフォーマンスを見せている。

澤井君の席は僕の3列後ろで、空き時間にはいつもこんな光景が繰り広げられている。
新学期になって3か月経ったが、オタクという共通項を持ちながら僕は未だに澤井君と話したことはない。なぜならそれは、僕がアニメオタクという趣味を周囲に隠しているからだ。
もっとも自分はアニメオタクと呼ぶには中途半端な存在である。いや、むしろアニメオタクではない。
イベントに行くこともなければ、関連グッズを買うこともない。ただ、毎週日曜の9時30分に「ゆるゆるエンジェル」を見ているだけである。
強いて、そこに付け加えるなら、自分は「ゆるゆるエンジェル」の主人公美咲たんをかわいい、と思っているだけである。
まるで「3秒たってないから大丈夫」と言って床に落ちたドーナツを口に詰め込むように、自分はオタクではなく、あくまでグレーゾーンにいるにすぎないんだと自分に言い聞かせていた。

結論から先に言うと、朝にパンツを替えずに過ごした一日は何事もなく過ぎて行った。
もちろん、あくまでも外見的には、である。パンツを穿き替えなかった―――この些細な事実が僕にもたらした精神的な作用は、周囲には気づかれない程度ではあったものの、まるで生理が来ないような不安を僕にもたらした。
パンツを替えなかった。ただこれだけで、僕は一日中澤井君と、アニメキャラ―――「ゆるゆるエンジェル」の美咲たんがSEXをしている夢のことを頭から離せずにいた。
これはある種の寝取りであり、寝取られ属性のない僕にとってはいささか不快な夢であった。
もちろん、クラスメイトのSEXを毎晩夢で見せられるというだけでも気分がいいことではない。
毎朝パンツを穿き替えるだけで、そんな不快感にとらわれることなく、僕は普段と変わらない日常を過ごせていた。学校に当の澤井君が居ようが居まいが、夢を見ていたときに穿いていたパンツさえ穿いていなければ、僕はいつもの僕でいられたのだ。
しかし、パンツを替えるという儀式を行わなかっただけで、一日中、監視されているような不快感に苛まれた。イスラム教徒がメッカへのお祈りを忘れてしまったら、ちょうどこんな気分になるだろうか。
不敬な信者を神が戒めるように、僕の頭の中では澤井君と美咲たんが交わるときの喘ぎ声や体液の音が鳴り響いていた。誰しもこういう経験があるだろう。何かを忘れようとしても、かえって強く意識してしまい、結局忘れられなくなる。
そんな悪循環に僕は陥っていった。循環し続けてくれるだけならまだよかったものの、ばつの悪いことにサーキュレーションは僕を更に暗い袋小路に追いやる。

「竜ちゃん、消しゴム落としたんだけど、取ってくれない?」
数学の授業の時だった。隣の席に座っている幼馴染の美幸が僕に小声で話しかけた。

「え?」
「消しゴム、落としたんだけど。竜ちゃんの足元に転がったから取ってくれない?私届かないから」

美幸は僕の幼稚園からの幼馴染で、超絶美少女とまではいかないが、小柄で整った顔立ちをしている可愛らしい女の子だ。
ベタな表現すぎて申し訳ないが、僕とは腐れ縁で小中ほぼクラスが一緒で、これまた妙な縁で隣同士の席に座っている。

「分かったから……」
僕は椅子を少し後ろに引きずると、神戸を軽く落として足元に落ちた美幸の消しゴムを探した。26.5センチのスリッパの横に、確かに角がちょっと減ったMONO消しゴムが落ちていた。
それと同時に、僕はとんでもない事実に気づいてしまう。エレクチオン―――勃起していたのだ。
何が?―――僕のペニスが。どこで?―――クラスで。いつ?―――授業中に。どうして―――……。
瞬時の自問自答。Whyだけには答える勇気がなかった。そんな刹那の自分の代わりに、今僕が答えを示すと……
勃起してしまったのだ。澤井君と美咲たんのSEXのことを、頭の中で考えてしまっているうちに。
自己弁護をさせてほしい。澤井君と美咲たんのSEXに僕は決して性的興奮を覚えていたわけではない。あくまでも不快感を強く覚えていた。
そのはずが、この有様である。じゃあ、どうして?……それは……不快感を覚えながらも、男性としての機能は反応してしまっ……
これ以上の自己言及は控えよう。自ら中から開かないオートロックの檻に飛び込むようなものである。

話を授業中に戻そう。差しあたってのの問題は、隣に座っている美幸にどうやって自分が勃起していることを気づかせないようにするか、である。
彼女の視線は、僕の足元の消しゴムに集中していた。そのフォーカスが上にずれてしまえば勃起に気づかれてしまう。
美幸も頭を垂らして下を向いている状況にある。このまま授業中ずっと頭を下げているわけにはいかないだろう。どこかで頭を上げてしまう。
その時、視線が描く軌道上に、僕の股間が重ならなければいいのだ。そこに気づいた僕は、少々手荒な方法に打って出た。


「よし取るぞ……あっ……」
消しゴムに手を伸ばそうとしたその瞬間、美幸の消しゴムはわずかに動いた僕の足にけられる形で、美幸の足元へと転がっていった。

「ちょっと、竜ちゃん!!」
小さな声で、美幸は軽い憤りを見せる。

「ごめん、ごめん……でも、そっち転がっちゃ俺取れないし」
「分かった、自分で取るからいいもん」
そう言って美幸は自分の足元へと蹴り飛ばされた消しゴムに手を飛ばす。その間に彼女のフォーカスは、安全地帯へと移行する。

わざとではないが(わざとだが)、彼女の消しゴムを蹴り飛ばしたことで美幸の機嫌を損ねてしまった。しかし、勃起に気づかれたときのリスクを考慮すれば、耐えるに値するダメージである。

こうして、僕は一つの危機を乗り越えた。しかしこの日最大の災厄は、誰の目も届かない、無意識の世界で起きた。

     

気が付くと僕は、見知らぬ部屋の中にいた。部屋の中央にはベッド。その上には僕。
ベッドは沈み込んでいくほどふかふかで、シーツは汚れひとつなく真っ白。
ベッド以外のものは(部屋の右手に見えた壁のほとんどを占めるような大きな窓を除けば)、部屋にはなかった。部屋というよりは、箱といった方が正しいかもしれない。あるいは、巨大な長方体の内部といったほうが正確だろう。

僕はベッドの中で深い眠りに落ちていた。まるで、王子様のキスを長い間待っているどこかの森の美女のような深い眠りだ。ちょっとやそっとのことじゃ起きないだろう。僕の意識は完全に無意識という森の中で閉ざされていた。
やがて王子様がやって来る。律儀にもドアをノックして(どこにドアがあるんだろうか?)、僕の無意識の中へと入ってくる。そして、僕にキスをする。
僕はまだ瞳を空けない。王子様が来たことも、キスをしてくれたことも、とうに気づいているがまだ瞳を空けようとはしない。じらしている訳ではない。僕が目を覚ますには、箱の中の姫と王子は結ばれる必要があるのだ。身をもって。
先に王子様が服を脱ぐ。僕の瞳にはその様子は映らない。無意識の海の中で、王子様が服を脱いでいるという情報が入り江に流れる潮のように僕の無意識下に入り込んでくる。その感覚は、僕ら人間でいう「知覚」とは遠くかけ離れたものだ。
そして、王子様が僕の服を脱がす。その様子も、同様に流れ込んでくる。そして、瞳が開かれる瞬間が訪れる……

――――――!?

「美咲さん……美咲さん……!!今夜も……逢いに来たよ……!!」
そこにいたのは王子様……ではなく、全裸の澤井君だった。そして、澤井君のペニスは僕のヴァギナに深く包み……!?
なぜ、僕にヴァギナがあるのだろうか!?いや、それ以前になぜ僕は澤井君とSEXをしているのだろう!?
そもそもここはどこだ?どうしてこうなった!?
瞳を開くと洪水のように情報が流れ込み、情報過多の中僕はひどく混乱していた。何から把握すればいいか分からず、ただ澤井君のものを受け止めているだけ。
意識下ではひどく混乱しているにも関わらず、僕の身体は膣内で澤井君のペニスが動くたびに激しくよがっていた。意志とは関係なしに、僕の肉体は澤井君の身体にしがみ付き、されるがままに快楽に溺れていた。
そしてようやく認識する。ここでは、僕の肉体と意識が結びついていないということ。肉体は快楽を受容し、一方で意識は混乱と嫌悪感に囚われている。
次に理解したことがある。澤井君は「美咲さん」と名前を呼び上げ、一心不乱に腰を振っている。そして、僕は気づく。自分の胸に、白く大きな乳房があり、それらをまるでアニメのようなピンク色の長髪が肉体がよがるたびに撫でていることを。
僕は、今、美咲たんになっている。「ゆるゆるエンジェル」の美咲たんになっている。暴力的な快感に呼応するかのごとく、背中の白い羽をバタつかせている。
澤井君は僕の(この状況における)名前を何度も呼びながら、獣のように僕の中で動いている。そこには無意識の世界で僕が「感じた」王子様はいない。
最後に、僕は部屋の大きな窓の外から、一人の青年が僕らの交わりを観察していることに気づく。それは僕だった。僕はここで澤井君に抱かれ、あそこでその様子を眺めている。そのどちら側にも僕の意識はない。僕の意識は相変わらず、混乱と嫌悪感の渦の中にいる。

「美咲さん、イクッ……イクよっ!!」
部屋の中に何度も響き渡るような大声を上げ、澤井君は僕の膣内へと射精した。その衝動はすさまじく、僕は……

――――――目を覚ました。7時21分。8時30分に始業のベルがなることを考えると、油断のできない時間帯だ。
忘れようのない夢の余韻の中で、僕は穿いているパンツを確認していた。パンツを確認するまでもなかった。寝間着代わりの薄い生地のジャージまで濡らすほど、僕は盛大に夢精していた。
僕の意識は、相変わらず混乱と嫌悪感の渦の中にいる。

     

「不幸中の幸い」という言葉がある。

今日はその「不幸中の幸い」が、二つ僕のもとに訪れた。

一つ目は、今朝は替えのパンツがあったこと。
夢精をした朝に替えのパンツがないと悲惨だというのは言うまでもない。そうなったときの選択肢は三つ。
1.ガビガビのパンツのまま登校する。
2.ノーパンで登校する。
3.お父さんのパンツを穿いて登校する。
以上である。この中で、三番が一番マシな選択肢であり、父親のパンツを穿かされるのが最良というあたりが、避けられた事態の悲惨さを強調させていると思う。
イカパン、ノーパンよりはマシとはいえ、潔癖な自分には実の父親のパンツであっても他人のパンツを穿かされるというのは苦痛である。
また、ひどい夢から醒めた朝だからこそ、自分には清潔なパンツに穿き替えて気持ちを少しでも切り替える必要もあった。

替えのパンツがあったものの、夢精で濡れたパンツを洗い場に置いてくるのは心苦しいことであった。ついでに濡れたジャージも洗い場に置いてきた。
忍者のように、こっそりと置いてきたものの、選択されれば結局は母親に夢精したことに気づかれてしまう。
夢精は生理現象であり、仕方ないことである。オナニーがばれるよりはずっと気が楽ではあるが、別種の羞恥心がそこには付きまとう。それはおねしょをしてしまったときのものに近かった。

学校に行くまでに気づかれなければ御の字であったが、毎朝手際よく家事をしている母親は僕が朝食をとっている間に気が付いたらしく、息子である僕は見送る母親の視線から読み取った。
「毎朝パンツを替えたがるのは、夢精を気にしてたのね。わが子ながら可愛らしいけれど、ちょっと気にしすぎよ」と言いたげな表情である。それを言語化するデリカシーのない母親でなくてよかった、と僕は思う。

二つ目は、澤井君が学校に来なかったこと。
澤井君とSEXする夢を見てしまった僕にとって、彼に会ってしまうことは拷問に近い。パンツを穿き替えながら、一瞬学校をサボることを考えたほどだ。
しかし、夢精したパンツがいつか母親に見つかるように、義務教育の下で生きる以上学校をサボり続けるわけにはいかず、結局は澤井君に僕は会わなくてはならないのだ。
とは言え、この程度で登校拒否をするのもバカバカしいが、かといって学校に行くのも心苦しい状況だった。数秒、悩んだがポジティブだが苦しい道を自分は選んだ。
決断を下した以上は、この精神的苦痛に一刻も早く慣れるべく覚悟を決めて学校生活を送る必要がある。こんな風に力を入れて登校したものだから、担任から澤井君の欠席連絡を聞いたときは肩透かしを食らった気分だったが、内心ホッとした。

考えてみれば昨夜見た夢は、慣れたり忘れたりでそう易々と自己解決できそうなものではなかった。
夢は当人の潜在的な意識が影響するものらしい。とすれば、昨夜見た夢は僕の潜在的な意識が見せたものである。
これが意味することは、僕が潜在的な意識下で澤井君とSEXすることを望んでいるというだ。我ながらおぞましい。

しかしながら、ダイレクトに夢が僕の澤井君への性欲を表しているとは限らない。なぜなら、僕は夢の中で「ゆるゆるエンジェル」の美咲たんになって、美咲たんとして澤井君と交わったからだ。
澤井君と性交渉したのは僕であり、美咲たんである。僕は美咲たんと意識下で一つになり、澤井君は肉体的に美咲たんと一つになった。そして、美咲たん萌えな自分にとって、澤井君と美咲たんがSEXすることはある種の寝取りである。
訳がわからない。考えれば考えるほど、昨夜見た夢は複雑な構造を孕んでいたことが分かっていく。まるでラビリンスだ。
僕は考えるのをやめたが、それは同時に小骨が喉に引っかかったような不快感と僕がこの先付き合うことを意味していた。こんな状況で澤井君の顔は見たくない。
そういった意味で今澤井君がいないのはまさに「不幸中の幸い」であるが、この「不幸中の幸い」という言葉を数式で表すとx+y=z(y>0>x,xの絶対値>yの絶対値)であり、つまるところいくら不幸中の幸いが訪れてもマイナスはプラスに転じないのだ。
世の理とはなんと残酷にできていることか。

家に帰り、気疲れした僕は夕飯を食べ風呂に入るとすぐにベッドに入り眠りについた。これが迂闊だった。
ふと気づけば、僕はまた見知らぬ部屋にいた。

       

表紙

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Neetsha