Neetel Inside ニートノベル
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Angels
四話「Nightmare Heaven」

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『夢の世界』は存在する―――

ネッシーの存在もビッグフットの存在も信じていなかった僕であったが、夢物語が現実として僕らの目の前に現れるカタルシスには耐えられなかった。
眠ることを恐れていた昨日までの僕はもういない。宿題をすませ、セイケイに頼まれていたAVのダビングも済ませると、僕はベッドの中に入り瞼を閉じた。僕は一種の興奮状態に陥っていたのだが、目が冴えてなかなか寝付けないということはなく、まるでスイッチが切られたかのように僕の意識はまどろみの中へと落ちていった。

待ちに待った、夢の時間。しかし、『夢の世界』で僕を待ち構えていたのは「驚愕」だった。
こんな体験をしたことがないだろうか。夜中、ふとあなたは目を覚ました。すると、枕元に髪の長い少女が立っている。しかもその少女は、あなたと目が合うといきなり窓ガラスに響くような大声で叫ぶのだ。

「えぇえええ!!??」
小町あの子は、歌舞伎役者のように目を開きながら悲鳴に似た大声を上げた。
「……びっくりしたのはこっちなんだけど。なんでいるの?」
「なんでって……お前こそなんでだ!?なんでお前が起きているんだ!?」
「……ここが『夢の世界』なんだろ?良く分からない。気が付いたら、俺もここで自由に動けるようになっていた。」
僕自身も、なぜこうなったのかは良く分からない。しかし、僕が『夢の世界』にいるというのは純然たる事実なのだ。
「なんでだ……うーん……。私にもよく分からん。私も気が付いたら『夢追い人』になっていたし……。」
小町あの子は僕より事情に通じているはずだが、僕が急に『夢追い人』となったことは彼女にとっても予想外の出来事だったらしい。ならば、彼女が驚くのも無理はない。

「なあ、ところでなんで俺の部屋にいるんだ?」僕は話を切り替えた。
「ん?まあアフターフォローみたいなもんだ。言わなかったか?誰かがお前の夢に入り込んでいたんだ。昨夜は私が追い払ったんだが、だからといって懲りてくれたとは限らないだろ?」
「『誰か』が……?誰か分からないのか?」
「分からない。お前は澤井がお前の夢に入り込んで来たって言ってよな。」
「ああ、澤井くんが俺の夢に入ってきてそれで……」
「ずっこんばっこん、か。」
「やめてくれ。」

嫌なことをまた思い出してしまった。しかしこれも夢の中の出来事とはいえ、事実なのでだ。
「ただ、昨夜お前の『部屋』にやってきた奴が澤井かどうか私には分からなかったんだ。そいつの顔にはな、モザイクがかかっていたんだ。」
「モザイク?」
「そうだ。モザイクをかけて顔を隠していたんだ。こんな感じでな。」
そう言うと小町あの子は手のひらで顔を覆った。そして手を離すと、彼女の顔にはモザイクがかかった。
「なあ、『夢追い人』ってなんなんだ。ただ夢の中を自由に動くだけじゃないのか?」
「『夢の世界』ってのはけっこうなんでもありなんだ。ただし、制限があるけどな。お前もやってみろ。」
「やってみろって言われても……」
見よう見まねで僕は彼女がやったように、自分の手を顔の前にかざした。チチンプイプイ、モザイクよ、かかれっ!
「できたか?」
「できてない。」
「なんでもありじゃないのかよ。」
「コツがいる。でもいまそれを説明する暇はない。話を戻すぞ。」
小町あの子は蠅を払うように手のひらを顔の前ではたくように振ると、彼女の顔にかかっていたモザイクは消えてしまった。
「目的は分からない。でも何者かがお前の『部屋』の中に……無意識下に潜り込んで何かをやらかそうとしていたのは事実だ。きっと、変な夢を見せられていたのもそいつの仕業だ。」
「澤井くんじゃないのか?」
「かもしれない。ただ、奴はさっきも言ったけどご丁寧にモザイクで顔を隠していた。自分の正体がバレないようにな。だから、こう考えることもできる。澤井じゃない別の誰かが、何らかの目的でお前に澤井に犯される夢を見せた。そんな夢を見せて澤井に何のメリットがある?」
「……確かに。でも、たとえ澤井以外の誰かの仕業だとしても、そんなことして得する奴がいるのか?」
「さあ……私には分からないな。だから、今日はそいつを締め上げるつもりできた。お前、喧嘩は得意か?」少し挑発的な口調で小町は僕に尋ねた。
「……したことはないけど……弱くはないと思う。」根拠はない。何一つない。
「まあいいや。どのみち二対一ならこっちに分があるのは明らかだ。協力しろ。」

     

「見てろ。こういうこともできる。」
小町あの子はこう言うと、部屋の窓をガラッと開けた。そしてフレームに足をかけると、その華奢な体躯でそのまま外へと飛び出した。

「おいっ……!」
ここは2階だ。そこまで高さはないものの、落ちたら重傷は免れない。僕は半ばパニック状態で窓から身を乗り出し、3~4メートル真下の庭先を見下ろした。血を流しうずくまる少女の姿はなかった。

「どこを見てるんだ。ここだよ、ここ。」
前方から、小町あの子の声がした。声の聞こえる方向に目を遣ると、そこには道路を挟んだ向かいの家の屋根で胡坐をかく不良少女がいた。

「どうして……」
「落ちてないかって?跳んだんだよ。ジャンプしたんだ。」
小町あの子は一瞬本気で心配した僕を嘲笑うような、生意気な笑顔を見せ名がら言った。
「どうやって跳んだんだ……助走もなしに……10メートルはあるぞ。」
「簡単に言えば、イメージの力かな。そこの窓から、ここの屋根まで跳んでやるって思えば跳べるのさ。」
滅茶苦茶だ。それだけで、イシンバエワはおろかボルトやカール・ルイスでさえできないような超人芸ができるなんて、狂っている。
「イメージだ。この世界ではイメージさえすれば、大抵のことができる。さっきのモザイクだってそう。『こうしたい』って思えば、現実ではできないことが可能になる。叶ってしまう。それが『夢の世界』。」
「そのまんますぎるだろ。」
「そうさ。でも、ほとんどの人は夢が叶うことに気付かない。寝てるからな。」
「でも、俺はさっき……モザイクかけられなかったんだけど。」
「言ったろ。コツがいるって。でも今のお前ならできるはずだ。やってみろ。」
小町あの子に促されると、僕は先ほど試みたように顔を手で覆ってみた。そして、自分の顔を覆い隠すモザイクを想像する。手をどけると、僕の目にはテレビの潜入スクープ取材のように、一面にモザイクがかかった世界が映し出された。

「ああ、ちゃんとかかってるな。」
「でも、何にも見えないぞ。俺の顔にモザイクがかかったんじゃなくて、景色全体にモザイクがかかったような。」
「黒いレンズのサングラスをかければ真っ暗になるだろ?お前の顔の前にモザイクがあったら、そりゃお前の見るもの全部にモザイクがかかるよ。」
「顔は隠せても、これじゃあ不都合じゃないか。」
「なら、見えるようにすりゃいいだけの話さ。」
「え?」
「モザイクをかけたまま、周りを見たいと思えば見えるんだよ。」
「どうやって?」
「何度も言ってるだろ。イメージだよ、イメージ。あとは気合でなんとかしろ。」
人にものを教える際に「気合でなんとかしろ」と言う以上に不親切な方法はない。腑に落ちないながらも、僕はモザイクごしから景色が見えるイメージをした。困惑する僕を裏切るように、この世界では、そんな精神論がどんな理屈よりも確かな方法論として機能した。
「えっ……見える!見えるぞ!」
「そうか。でもモザイクはかかったままだ。成功だな。」
「……ほんとにイメージすればなんでもできるんだな。」
「『なんでも』ではないけどな。あと、そのモザイク消せよ。今更お前の顔なんて隠す必要なんてないだろ。それになんか気持ち悪い。」
「自分がやれっていったくせに。」
そう言うと僕はモザイクを消し、小町あの子の前に不満顔を晒した。もう僕は息を吸うように自由に顔にモザイクをかけられるようだ。

「おい、部屋の壁を壊してみろ。」
小町あの子の次の命令は、あろうことか反社会的行為だった。
「そんなことしたら、親に怒られる。」
「あとで私が直してやるから、やれ。」
哀れな下僕に焼きそばパンを買いに行かせるような気軽な無慈悲さで、小町あの子は僕に壁を壊せと強要する。しかし生身の僕の身体では壁なんて壊せないだろう。
「これでいいのか?」
僕は勉強机の椅子を持ち上げると、壁に向かって振りかぶった。
「そうじゃない。グーでやれ。拳でだ。」
「そんな地上最強の生物みたいなことできるわけ……」
と一瞬僕は思ったが、すぐに訂正した。ここは世紀末以上の無法地帯なのだ。あらゆる法則が、イメージだけで狂ってしまう。それを先ほど僕は身を以て体感したのだ。
「じゃあ……いくぞ。」
僕は椅子を床に下ろすと、拳を固め気合を入れる。僕の背中では今異常に鍛えらえた打撃用筋肉によって形作られた鬼が啼いているはずだ。
「ッッ!!!」
握力×スピード×体重=破壊力ッッ!!ってそれは違うキャラか。そんなツッコミを入れながら、僕は勢いよく拳を壁に打ち付ける。壁は隕石が当たったかのように凹ま……なかった。

「痛ぇ!!」僕の右手に激痛が走る。全力で壁を殴ったのだから無理はない。ただ壁にはその勢いは全く通用せず、非常にも僕の拳にだけダメージを与えた形となった。
「だっせえ」と窓の向こうで小町あの子は腹を抱えて笑っていた。こうなることを彼女ははじめから知っていたようだった。見事に僕は騙されたのだ。屈辱が痛みに追い打ちをかける。
「なんなんだよっ……!俺ちゃんと壁壊すつもりで殴ったのに……」
「ハハ……イメージではどうしようもないもんがあるんだ。これは一例だ。」
「……どういうことだよ。」
「確かにこの世界ではイメージでメダリストもびっくりの距離を跳ぶことができるし、モザイクだってかけられる。イメージは万能の、無敵の力にも見える。でも制限がある。イメージの力では、物や人を壊したり、傷つけたりできない。」
「えっ!?」
「さっきお前がしようとしたみたいに、椅子とかハンマーとかを使えば壁を壊すことはできただろうな。でも、それは現実でも同じだ。仕組みは私には分からない。分からないが、どうやら『夢の世界』でのイメージの力は、何かに物理的に干渉するときには無効化されるみたいなんだ。」
「つまり……たとえば俺がここで亀はめ波を出したとする。でも、亀はめ波が相手に直撃するときには、亀はめ波は打ち消されるということか?」
「そういうことだ。でも普通に殴ったり、蹴ったりはできる。それが相手に与えるダメージは現実と変わらないけどな。でも普通に殴ることも蹴ることもできないものもある。それは、この世界で寝ている人間だ。寝ている限りは通常通りの物理的な干渉だって受け付けない。」
「アストロンみたいなもんか。」
「ドラクエのやつか?まぁそんなもんだ。一度気に食わない同級生の寝こみを襲ったことがあったんだが、今のお前みたいに殴っても蹴ってもこっちが痛いだけだった。」
つまりは、小町のような野蛮人が『夢の世界』で僕の知らない間に襲ってきたとしても、心配することはないということのようだ。「それは安心だ。」と僕は小声でつぶやいた。
「どういう意味だ?」
野獣のような鋭い殺視線を向けながら小町あの子は聞き返してきた。
「いや、こっちの話だ……ところで、じゃあそのアストロンがかかった寝ている人間の夢はどうやって覗くんだ。」
「それは……」

「それは僕が教えてあげるよ。」
僕の真後ろから、変声機がかかったような、不気味に歪んだ声がした。振り返るとそこには、顔にモザイクがかかった見知らぬ男が立っていた。

       

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Neetsha