Neetel Inside ニートノベル
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Angels
二話「太陽のKomachi Angel」

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小町あの子について話そうと思う。

小町あの子は不幸な少女である。彼女の最大の不幸は、両親から「あの子」という名を授けられたことである。
DQNネームが氾濫する今日、「あの子」という名前はみにくいあひるの子のような存在感を発揮している。無理矢理な当て字がトレンドである最中、「連体詞+子」で構成される名前というのは「そうきたか」と思わず唸らせるような特異さがある。
しかし彼女にこの名を授けた当の両親の思惑は違った。「あの子」の「あ」は50音中トップ。「この子が一番になってほしい」という願いをこめて、「あの子」という名が付けられた。
ここでこんな疑問が聞こえてくるだろう。「あの子」の「の」は何処から来たのか、と。この由来なら、別に「あこ」でもよかったはずである。むしろ「あこ」なら、一般社会に置いても特に違和感もなく受け入れられただろうが、小町あの子の両親は少々浮世離れしたセンスの持ち主で、我々には持ちえない引き出しから「の」を引っ張り出してきたのである。明確な回答ではなくいささか恐縮ではあるが、この疑問に対して私はこうとしか答えられない。
「あの子」と名付けられた娘は両親の思惑通り一番になれる子に育った、と思いきや、不良少女になってしまった。原因は勿論彼女の名前に起因する。
「あの子」というやや奇特な名前を持つ少女が、からかわれずに育つはずがない。「あの子どこの子~?」「あの子はだ~れ?」などという常套句で彼女は幼少期から周囲にからかわれる日々を過ごしていた。
しかしからかわれ続ける毎日は、彼女をタフに仕上げた。いつもからかってくる男子に負けない気の強さを小町あの子は身につけたのだ。それだけだったのなら良いのだが、気の強さのあまり彼女は徐々にスケバン化していき、中学生になる頃には立派な不良少女になった。
喧嘩をするは、煙草を吸うは、全く親泣かせである。ただ、彼女がつっぱる一因として、「あの子」という変な名前を付けた両親への反発という側面がある以上、彼女の両親は大海のような心で娘の反抗を受け止めるべきだろう。

小町あの子は今日も授業をサボっていた。当てもなく校舎内を彷徨っていた。「教室に戻れ」という教員たちの制止を無視して、小町あの子は下駄箱へと向かう。することないし、バックれようかと考えた矢先の出来事だった。
入口から一人の少年が駆けつけてくる。遅刻少年だ。小町あの子は遅刻には寛容である。慌てふためく少年には絡まずに、帰ってイオン行こうかと思っていた。

遅刻少年が―――僕が、彼女にぶつかってきた。肩と肩とがぶつかり、小町あの子はちょっと女の子っぽく声を上げる。急いでいた僕は「ごめん」と軽く詫びを入れ、慌ただしく教室へと向かおうとしたが、肩と肩がぶつかるというベタな因縁をつけられた不良が黙ってそれを見過ごすわけがない。

「おいテメェ!ふざけんじゃねえ!何勝手に行こうとしたんだ!」
「え、謝ったじゃん……」
「そんなワビですむと思ってんのか!」

立ち止まった僕に、凄みながら小町あの子は歩み寄ってくる。小町あの子の釣り上った目がどんどん近づいてくる。
小町あの子のルックスは、よく北川景子と夏木マリを足して2で割った顔と形容される。美人の部類に入る顔である。
怒った美人というのは、美人と言えども恐ろしいものである。怒り狂うブスの顔は醜悪極まりないので、無意識的に視界の外に置きたくなるが、怒っていても美人の顔は美しい。醜さの持つ斥力に対して、美しさには引力がある。眉間にしわを寄せ凄んでいようが、小町あの子の顔にも僕の視線を引き付けるような引力が確かにあった。引力によって視線を背けられない分、彼女の怒りをまともに受け止めざるを得ない。

「じゃあどうすればいいんだよ……」
と言いつつ、因縁をつけられてしまった僕は困惑していた。同時に小町あの子も自分から勢いで吹っかけたものの、どう収拾つければいいか分からずに悩んでいた。
しかしながら、肩をぶつけられて痛かったのは事実である。どれほど痛かったかはもはや忘れてしまったものの、僕の先ほどの軽い謝罪とは心情的に釣り合わない。結論が出た。
「これでアイコにしてやるよ!」
と肩を突き出すと、小町あの子は僕の右肩にめがけてショルダータックルをかましてきた。その光景は、端から見ると少し可愛らしいものだった。僕はバランスを崩しその場に倒れこみ、そのまま眠りについた。

見知らぬ部屋が僕を待っていた。

     

目の前で遅刻少年―――つまり僕が倒れたことに、小町あの子は驚愕した。まさかショルダータックルを、それもボディではなく肩に喰らっただけなのに、この遅刻少年が倒れるとは夢にも思わなかったのである。
軽い報復のつもりだったが、過剰な結果が生み出されてしまった。不良少女とは言え、小町あの子にも罪悪感というものは芽生えるらしい。

「おい、なんで倒れちゃうんだよ!起きろよ!おい!!」
さながら人身事故を起こしたドライバーのような必死さで倒れた僕の肩を揺らす小町あの子。轢かれた人をこのように激しく揺さぶるのは勿論よくない。
やがて、小町あの子は僕が寝ているということに気づいた。なあんだ、寝てるだけか。なら、いいやとその場を立ち去ろうとする彼女。
いや、待てよ。いくら寝ているだけとはいえ、あのままほっとくのは良くないだろう、と良心から引き返し僕のもとへと戻ってくる。
そもそもコイツはなぜ急に眠りだしたのか。あんなに急に人は眠りに落ちるものなのか。理解できないことは多少あれど、小町あの子はとりあえず、僕を保健室に連れて行くことにした。

小町あの子は華奢な身体からは想像もできないようなパワーで、身長162センチ体重50キロの僕を背負うと、「しょうがないな」とつぶやきながら保健室に向かった。
小町あの子はこの年代の女子にしては背が高い。おそらく僕よりは身長があるだろう。足も長く、校則違反のミニスカートから惜しげもなくその脚線美を披露させている。それはそれでありがたいことだが、昔のスケバンのような地面につくようなロングスカートを穿かせてみても、けっこう様になるだろうというのが同級生の間での定説となっている。
胸があまり発育しなかったことを除けば、ビジュアル的にはほぼ完璧と言わざるを得ない。欠点と言えば不良であることと、「あの子」という少しマヌケな名前を付けられてしまったところだけだろうか。彼女のような美人に背負われるというのは考えてみれば、素晴らしいことである。
しかしながら、僕の意識は夢の世界。彼女の華奢な背中に体を密着させながら、その感触を堪能できない状況にいた。

しつこいようだが、繰り返す。小町あの子は不幸な少女である。

保健室まで僕を連れてきた小町あの子。見かけによらない力持ちとはいえ、喫煙によって心肺機能が低下している彼女にとって男子一人を背負ってくるということはなかなかの重労働だった。

「さっちゃん、疲れたから寝かせてくれ。ベッド借りるよ~!」
と、息絶え絶えの彼女は、背負っていた僕を床に無造作に投げ捨てると、エタノールの臭いが漂うベッドに飛び込もうとした。それを保険の希美(のぞみ)さちこ先生が制止する。

「ちょっと小町さん!いきなり男の子放り出して一体何なのよ!」
さちこ先生はハスキーな声を上げて、ベッドに倒れこもうとする小町あの子の細腕を掴んだ。

「こいつ急に倒れて眠りだしたんだよ。こいつ背負ってくるのに疲れたから寝かせてくれ!頼む!」
「だったら、ベッドはこの子が優先よ!小町さん、寝かせるの手伝って!」
「いやだ!私を寝かせろ!」
こうしてさちこ先生と小町あの子によるベッドをめぐる攻防戦が始まった。小町あの子は度々寝かせてもらおうと保健室を訪れ、そうはさせまいと応戦するさちこ先生との間でベッド防衛戦が行われるのが恒例化している。小町あの子はかなりの強者であるが、さちこ先生も大学時代はレスリング部に所属していた手練れで、学生時代以来早朝のジョギングを欠かさず行っている分スタミナで部があるため、現在32戦連続の防衛に成功している。
今回も見事防衛に成功し、見事連勝記録を33に延ばした。「まいった、まいった」とマウントポジションを取られ降参する小町あの子。その時、さちこ先生はある異変に気付いた。

「小町さん、なんか……臭くない?」
「え……たしかに……なんか……」
「烏賊臭い」
あなたの背中から臭うの、とさちこ先生は小町あの子を起き上がらせ、その背中を除く。迂闊に背中に触れてしまったのが命取りとなった。

「なんか……ねばねばしてる!!」
「えぇ!?」
「これってまさかひょっとして……精液!?小町さん、いつやられたの!?」
「嘘……いつって……私変出者なんかに……あっ!!」
小町あの子は、相変わらず床に放置された僕の方に目をやった。学ランズボンの股間の部分が湿り妙な光沢を見せていた。

小町あの子は不幸な少女である。

     

見知らぬ部屋の中には、真っ白なシーツで飾られたベッドがあり、その中で僕は眠っていた。
深い眠りから醒めない僕のもとへ、今夜も王子様がやって来た。
王子様は裸になると、優しく、一枚一枚僕の服を脱がせる。生まれたままの姿になって身体を火照らせた僕のヴァギナに、王子様はインサートをする。深い眠りから覚める。目の前で澤井君が獣のように腰を振る。僕は翼をはためかせて快楽によがる。

こんな夢の内容を、どういう顔で話したらいいのだろうか。
しかし、小町あの子に背負われている間に夢精をし、彼女の制服を汚してしまった以上、何らかの説明が必要である。

今、僕はレイプ被害者たちの気持ちが良く分かる。性犯罪者は、逮捕後に供述で実際に被害届が出されている数よりも多くの犯行を自供するらしい。
被害者にとって、自分が無理矢理穢されたことを話すのはレイプを追体験することと同義で、さらに自分が犯されたという事実を他人に知られてしまうという二次的な苦痛までも被る。
故に、被害者が泣き寝入りしてしまうことが多くあるという話を、ニュース番組のドキュメンタリーで知ったが、まさに自分も似たような境遇に置かれている。
夢と現実の話を比較するのはおかしな話ではあるし、厳密には自分は犯されたとは言い難い状況ではあるが、美咲たんになって澤井君とSEXをしたことに自分が嫌悪感を感じている以上、自分も穢されてしまったと小声でどこかに訴える権利はある。
しかし、事実をありのまま話すのはやはり抵抗があるし、ましてや面識のほとんどなかった小町あの子に対して話すのは唐辛子入りローション責めのような拷問である。

僕と小町あの子はジャージに着替え、保健室の中で向き合っていた。さちこ先生が替えのジャージ(とパンツ)まで用意してくれた。
そのさちこ先生は汚れた制服をクリーニングに出しに行ってくれているそうで、不在となっていた。有難い限りである。しかし、彼女の不在が、現在の膠着状況を生み出してしまったのもまた事実である。

「ぶつかってきたり……人の制服穢したり、一体何なんだよ!!」
何なのよ、と言われても返す言葉に困る。「眠ると変な夢を見て、しかも夢精してしまうんだ、俺。へへ……」なんて言っても納得してもらえるわけがない。

「ごめん、ごめん。マジごめん。」
ここは、とにかく謝っておくしかない。根気強く謝っておくしかない。しかし、短気な不良少女はその程度では許してくれない。

「ごめんで済むなら警察なんていらないんだよ!」
となかなか許してくれない人の良く使う常套句を吐き捨て、小町あの子はその拳を振るった。固く握られた拳が、僕のテンプルに直撃した……と思われた。

「うぅ……ぐすっ……」
紙一重で寸止めをすると、小町あの子はいきなり涙を流し始めた。

「あんたなんかに……あんたなんかに……!!」
嗚咽が止まらない。保健室中に響き渡る。どうやら僕はこの不良少女を泣かせてしまったらしい。

「どうしてくれるんだよ!……ばっちいもんぶっかけやがって……私、穢されちゃったじゃない……」
普段はつっぱているが、彼女も列記とした女の子なのだ。故意ではないとはいえ、男に精液をかけられたショックは相当なものだったろう。そして、彼女の目の前にいる僕は、その加害者なのだ。

「殴って済むならそうしてくれよ。」
思えば彼女は急に眠ってしまった僕を背負ってここまで連れてきてくれたという。故意ではない。故意ではないのだが、僕はそんな彼女の恩を仇で返してしまったのだ。殴られるくらいの覚悟をするのは当然である。

「夢精ヤローになんて触りたくないんだよ……」
しかし、そんな僕の覚悟を粉砕するような冷酷な言葉が投げかけられる。夢精ヤロー……たしかに僕は夢精ヤローです。

そして沈黙が訪れる。小町あの子は泣きやみ、その代わりに孫の代まで呪ってやると言いたげな恨めしい視線で僕を睨み付ける。
これがなかなか応えた。夢精ヤローと罵られるほうがマシだったかもしれない。沈黙と視殺に耐えかねた僕は、最後のあがきとして事情を話すことにした。

とは言っても、事実をありのまま話したわけではない。話したのは、最近何者かに犯される夢を見ること。その夢から目覚めた後に必ず夢精してしまうこと。そして、その夢を見るのが怖くてここ数日僕は眠らずにいて、彼女にショルダータックルされたときに限界が来てしまったということ。
僕を犯す相手が澤井君で、そのとき自分が「ゆるゆるエンジェル」の美咲たんになり、しかも自らの意志とは裏腹に身体はよがっていることは伏せておいた。そこまで話したら僕は完全におかしな人だが、そこまで話さなくても僕は彼女にとっておかしな人だった。

「きめぇんだよ!変態夢精ヤロー!」
第一声がこれだ。僕は夢のことを話したことをすぐ後悔した。澤井君とSEXする夢をみるは、その夢が寝取りだったりするは……そして今ここで不良少女を敵に回してしまった。もう散々である。
しかし小町あの子は僕は罵った後で急に真剣な顔になると

「お前、家はどこだ?」
と僕に尋ねた。まさか腹いせに家まで押しかけて僕をシメるつもりなのか。僕は口を閉ざしたが、「早く言え!」の一喝にあっさりと口を割った。

「天神町の7丁目……21番地……」
「……分かった。これ以上お前にぶっかけられる奴がでてきても困るからな。私がなんとかしてやる。」
「なんとかしてやるって?」
「心配するな。今日は安心して寝ろ。私に任せておけ、夢精ぶっかけ魔。」

変出者扱いは心外だが、窓から差し込む光に照らされた彼女の得意げな表情を、僕は天使のようだと一瞬思った。

     

数日ぶりに部屋の電気を消した。真っ暗という感覚を久方ぶりに味わった気がする。
ここ数日は寝ない努力に勤しんだ。寝たらまたあの夢を見てしまう、という恐怖心だけが支えだった。
深い眠気に襲われるたびに、僕は頬の内側の肉を奥歯で強く噛んでいた。そのたびに血の味が口の中に広がった。今も鈍い鉄の味が、下の裏や歯茎を覆いかぶさるように残っている。

とは言っても意識とは裏腹に、肉体は睡眠を求めていた。それは夢の中と同じだった。嫌悪する意識と快楽に溺れる肉体。
意識は肉体を時折支配できない。では、その時肉体を支配しているのはなんだろう?それは僕の無意識だというのか?ならば僕の無意識は何を求めているのか?
あの知らない部屋で見せられている夢こそが、僕の無意識が求めるものだというのか。それは違う。

「それは違う。」
声に出してみた。暗闇の中で、僕の声が反射する。しかし、こだまはすぐに消えてしまう。もう一度同じ言葉を口にする。さっきより大きな声で。

「それは違う。」
線香花火が消えるよりも早く、声はその場から消えていく。否定の言葉がこれほど儚いと心細い。
今は、小町あの子の言葉を信じるしかない。小町あの子の「心配するな」という声がどこかから聞こえてくる。その声が消えないうちに眠りにつきたい。

闇が疲れた僕を優しく包み込んだ。




これは天使のお話。
知らない部屋にはベッドが一台。その上には天使が一人。
天使は羽を休め、今日も王子様を待っていました。瞳を閉ざし、天使は意識を暗闇に閉ざしています。やがてドアをノックする音が聞こえません。
「美咲さん、美咲さん。今日も来ました。中に入れてください」
美咲、そう天使の名は美咲。虎次郎くんのもとにやってきた、おっちょこちょいの天使。
ところで虎次郎くんはどこにいるんだろう?なぜ私はここにいるのだろう?
しかしそれは美咲にとって別に知る必要のないことでした。この部屋の中では知る必要のないことは知る必要がなく、知る必要のあることだけが知ることができます。
美咲にはそれで十分でした。この部屋に王子様がやって来て、王子様と結ばれる。美咲にとってそれは彼女がここにいる理由のすべてです。美咲はそのことも知っています。
「美咲さん、美咲さん。ドアを開けてください。私です。」
おっと、王子様を待たせてしまったようです。彼を部屋の中に迎え入れなくてはなりません。
美咲の意識はまだ暗い闇の中。ベッドから動くことはできません。でも、美咲はドアを開ける方法を知っています。それは彼女にとって知る必要のあることだからです。
「美咲さん、美咲さん。早くしてください。!?なんだお前は!?」
王子様に急かされた美咲は急いでドアを開けます。ゆるりんえんじぇるん。こう唱えればいいのです。眠っている美咲には声を上げることはできませんが、美咲はここでこの呪文を唱える方法を知っています。
しかし王子様はいつまで立っても入ってきません。一体なにが起きているの?美咲にはそれが分かりません。
「他人の夢の中で何やってるんだよ!このレイプ魔が!」
ボカ。美咲の知らないところで、王子様の頬骨が凹むむ音がします。一発、二発、三発。たちまち王子様の身体はアザだらけ。
「君!暴力はいけないんだぞ!暴力は!!」
「じゃあ性暴力も駄目だよな!おいコラ歯食いしばれェ!」
「合意だ!僕と美咲は合意なんだ!」
美咲は王子様が来るのをいまかいまかと待ち構えています。美咲には王子様の身に今降りかかっている災難を知ることができません。なぜなら、それは彼女にとって知る必要のないことだからです。

       

表紙

ジョニーグリーンウッド 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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