Neetel Inside ニートノベル
表紙

芹高第二野球部の莫逆
賀来啓が轟いた

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 轟く。
 という表現を、果たして当てはめて良いものかどうか、未だに私は迷っている。
 彼はあくまで心から「感動」しているだけであり、そこに攻撃的な意図はなく、また、他人に迷惑をかけているつもりも一切ない。彼の名前を知らない人にも、何々の、と言えば通じるぐらいに個性的だったが、誰も真似は出来ない。小学生の頃から身体が大きく、集合写真で見ると引率の先生に間違われるくらいだったそうで、体格が良いというのは大抵どのスポーツにおいても有利なのは変わりなく、彼は特に野球において好成績を残し、2年生の夏、ついに芹名高校野球部のレギュラー5番打者の地位についた。
 彼をあえて一言で表現するならば、「乙女の心を持ったクジラ」だ。いまいち伝わらないかもしれないが、少なくとも私が彼に会った時の第一印象はそうだった。身長190cmに対して実に不釣合いな精神。通学路でスズメの死骸を見かければその場で泣き出し、体育館に講演に来た芹名高校OBの話を聞けば心底胸を打たれた表情で拍手し、クラスのお調子者が何かをやらかすと腹を抱えて大笑いする。彼の頭の中では、常にミュージカルが上映されていると言ってもいい。彼は実に、感動屋なのだ。
 日常に起こる、ほんの些細な事を人より大いに楽しめるというのは、人生を幸福に過ごすのに非常に有利であるのかもしれない。赤ん坊が、泣き笑い怒りそして愛情を素直に受け止めるのと同様に、彼の生き方は真っ直ぐで、常に新しい発見という最も価値のあるドラマに事欠かない。
 しかしながら、それは肉体が普通の範疇にある人間に限るのだ。
 前述の通り、彼はかなりの巨漢であり、野球部においてはホームラン性の打球を量産するスラッガータイプの選手だ。ベンチプレスは100kgを余裕であげ、先に第二野球部が非合法的手段で手にいれたスポーツテストの結果リストにおいても、握力において2年生で1番の数値を叩き出している。
 そんな男が、今はもう古の少女漫画に出てくる目のキラキラした主人公のように感動しまくっていたら、導かれる結果は自ずと知れている。
 賀来啓(がくけい)が轟いた。やはりこう表現するしかあるまい。


 2年6組には、正規野球部の現レギュラーが3人も所属しており、その授業風景は一風変わったものとなっている。
 まずは5番ファーストの賀来啓。そして1番ショートの設楽寿々芳(したらすずよし)。7番センター松田鉄平(まつだてっぺい)。この3人を仲が良いと呼んでいいものかどうかは微妙な所だが、クラス分けをした人物の判断は正しいと言える。
「……泣くなよ。泣くなって。泣くな! オイ! まずい、離れろ!」
 賀来啓がそれまで密着していた教科書から顔を離し、肩を震わせたのを見て、松田鉄平が悲鳴をあげた。それとほぼ同時に、賀来啓の周囲の生徒達が机を抱えて震源地からさっと離れた。そして賀来啓が轟いた。
 避難を促した為に逃げ遅れた松田鉄平の食べていた弁当箱に、賀来啓の唾液と涙と汗がスコールのように降りかかる。それを見て、松田鉄平が叫ぶ。「やりやがったこいつ!」表情は怒りを露にしているが、その声も意思表示も現在進行形で轟いている賀来啓自身には決して伝わる事はなく、拳をくれてやろうにも近づくことさえ出来ない。
「こんの野郎……! 放課後、覚えてろよ! この馬鹿! 間抜け! 木偶の坊!」
 くやしさから罵倒語を連発する松田鉄平。その後ろから、もう1人の野球部員、設楽寿々芳が顔を出す。クラスのほとんどがそうするように、賀来啓の方向にある耳を指で塞ぎ、警戒しながら松田鉄平に告げる。
「現代文の授業中に堂々と早弁してた鉄平も悪いんじゃないかなぁ」
「いや、だってだな、これを逃したら、次の授業は監督の日本史だぞ。食うならここしかねえだろうが!」
「ちゃんと朝食べてきなよ」
「ま、まあそりゃそうだが、朝練が……」
「あ、練習を言い訳にするんだ? 監督が聞いたら、怒るだろうねえ……」
「わ、わあったよ! 弁当は諦める! これでいいんだろ!?」
「うん。それでいい」子供の躾に満足したように設楽寿々芳は頷くと、次に現在も大いに号泣している賀来啓に向けて叫ぶ。「啓もそろそろ泣きやみなよー!」
「ズズーーッ!」賀来啓が大きく1度鼻をすすって、鼻濁音を豪勢に使って返事をする。「わがっだぁぁぁ。だげど、だげど、なんてがわいぞうなびどだぢなんだぁ!!!」
 これは主に現代文、日本史の授業において時たま起こる現象で、通称「賀来爆弾」と呼ばれている。賀来啓の非常に崩壊しやすい涙腺が、まさに核爆弾並の破壊力をもたらす事が由来になっている事は言うまでもない。彼は文章を読んでいる内に、その作品の登場人物、あるいは歴史上の人物に、彼は簡単に感情移入してしまう。1年生の時、賀来啓と同じクラスだった生徒は皆、「見ているのは楽しいけど、近くにいると非常に危ない」と珍獣扱いしているが、本人は気にも留めていない。
 松田鉄平は1年の甲子園が終わった直後に入部した変わり種で、いたずら好きな悪ガキがそのまま成長したような人間だ。クラスに1人はいる何故か憎めないタイプというやつで、問題を起こす事もあるが、持ち前の明るさで評判は悪くない。だが時折度が過ぎる事もあり、痛い目に合う事も多い。
 そんな2人をまとめるのが設楽寿々芳だ。中学の時は陸上部で、特に短距離において優秀な大会成績を収めた事から芹名高校のスポーツ推薦を受けるが、入学早々周囲の予想を裏切って野球部に入部した。曰く、「陸上はもう飽きちゃった」だそうで、人懐っこい笑顔と、卓越した人心掌握術と、気まぐれな性格を持ち合わせた一癖も二癖もある人物と言える。
「先生、お騒がせしました。賀来も反省していますので、どうぞ授業を続けてください」
 2年6組の日常は以上のように進行する。



「お前に言われた通り、野球を学んできた」
 八戸心理にしては、珍しい台詞だった。鞄から「小学生の野球入門」という本を取り出し、それを芦屋歩の机に勢い良く叩きつけると、今にも殴りかかりそうな目で威嚇した。
「おう。意外と早かったな。で、感想は?」
「ややこしい」
 芦屋歩は半笑いでその言葉を受け止めたが、八戸心理の目が本気だったので、咳払いをして誤魔化した。半分冗談、半分挑発のつもりで、小学生の頃に親戚のおばさんが買ってきた野球教本(その頃にはとっくに書かれてある事のほとんどを理解していたが)を渡したのだったが、真面目に読んできたのが意外だった。
「しかし要点は分かった。攻撃時に打者は投手の投げた球を打ち、点をとる。防御時は逆に点を取られないようにする。だな?」
「うむ。間違ってはいない」
 あの野球部に勝とうとする人物がこの程度の認識で良いのだろうか、と横で見ていた内海立松はぼんやり思ったが、当然火の粉を避けて口には出さない。
「ならば簡単だ。こちらは1発ホームランを打ち、相手には1点も取らせなければ良い。ただそれだけで勝てる」
「いや、だから、それが両方とも難しいんだよ」
 呆れ気味な台詞を無視して、八戸心理は勝手に進める。
「後者はお前に任せるとして、だ。1発のホームランが必要になるな」
「任せられても困るぞ。ま、ホームランは久我がやってくれるんじゃねえの? 絶対無理だと思うけどな」
「……なんだ、歩、嫉妬してるのか?」
「阿呆か。お前なんか誰の女にでもなっちまえ」
 久我修也が第二野球部に所属してからというもの、芦屋歩の機嫌は最悪だった。稀代の不良と一緒のチームになるというだけでも嫌なのに、ましてや八戸心理は勝手に自分を賭けた。「女になる」という意味が果たして本当に理解出来ているのだろうか。かといって、それを確認するのも気が引ける。それに、暴帝によって下された強制ドーピング使用命令もある。気分がマシになる要素がない。
 しかし、例えドーピングをしたとしても、久我修也1人に杵原良治の相手を努めさせる事が無謀である事は分かりきっていた。身体能力の高さは認めるし、確かにそれが更に強化されれば、正規野球部レギュラーよりも強い選手になるかもしれない。しかしそれでもなお杵原良治は「別格」なのだ。野球経験のほとんどない人間には分からないような、高くて分厚い壁がある。素人の癖に杵原良治のピッチングを見て惚れ込んだ八戸心理も、それには同意見だとうのが、その後の沈黙から見て取れた。
「でもさ、久我先輩ちゃんと野球の練習してるみたいだよ」
 内海門松は何気なしに言ったが、それは2人も気づいている事だった。放課後、いつもなら何人かの生徒からカツアゲをした後、街に消える久我修也が、夕日が沈むまでグラウンドの一部を占領し、バットを振ったりダッシュをしているのが目撃されている。そのせいで、男子剣道部、ソフトボール部、サッカー部の走りこみコースに変更があった。
「久我先輩が練習している所なんて見た事がないって、皆言ってたよ。もしかして、結構本気で狙ってるんじゃないかな? 八戸さんの事」
「けっ、馬鹿馬鹿しい」
 芦屋歩はふてくされて、机に顎を乗せる。
「そう言うお前らは練習しないのか?」
 2人は一瞬だけ目を合わせたが、芦屋歩は顔を逸らし、内海立松は八戸心理を見て言った。
「してるよ。まずは勘を取り戻す為にキャッチボールからだけどね」
 そのキャッチボールが、帰宅してから深夜まで、8時間も続いている事はどちらも言わなかった。自分たちが、本気で正規野球部に勝とうとしている事が、未だに信じられなかったのだ。
「そうか。戦力にならないようならクビだからな」
「俺らをクビにしたらますます9人に遠のくぞ。それでもいいのか?」
 脅しのニュアンスを込めた芦屋歩の質問に、八戸心理は毅然として答える。
「ああ、一向に構わんぞ。今日でもう1人部員も入る事だしな。既に手は打ってある」例の不吉な笑みを浮かべ、自信満々に言い切る。「今回は久我と組んで正規野球部の5番打者、賀来啓を落とす」

     

 少なくとも、八戸心理が用意したその作戦には、不自然な箇所が3つあった。
 まず1つ。とっくに授業も終わり、部活もぼちぼち撤収をし始めた頃合に、正式には何のクラブにも所属していない八戸心理と久我修也が廊下に2人きりでいる事。しかもあの性格の八戸心理が、何の抵抗も見せず、されるがままに久我修也に襲われている。制服のシャツがはだけ、下着が露出しているにも関わらず、肌身離さず持っているナイフを取り出さずに、目に涙を浮かべながら小さな声で助けを求めているというのは実に不自然だ。
 もう1つ。野球部地獄の練習真っ只中の賀来啓に対して、進路の件で担任から呼び出しがあった事も、同じくらい不自然だろう。賀来啓をわざわざ呼び出したのが、1度家に帰ったはずのクラス委員長(しかも久我修也にとっての「財布君」の1人)であった事も、そこに何らかの不公平な取引が存在した事を匂わせている。
 最後に1つ。今挙げた不自然な2つの点が、「偶然にも」重なり合い、その結果、八戸心理が久我修也に襲われそうになっているまさにその現場を、賀来啓が目撃した事。ここに作為が無いとすれば、神の転がしたダイスはグラ賽に違いない。
 賢明な読者諸君にはもうお分かりいただけただろうが、これは八戸心理が用意した罠だ。このお粗末な作戦を披露された時、芦屋歩は「今時そんなもので騙される訳がない」と一笑に伏したが、賀来啓と同学年である久我修也は、「あいつ相手ならいけるかもしれねえな」と楽観的に言った。結果、予想が的中したのは、久我修也の方だった。


「待て! 何をやっているん゛だ!」
 確かにそこにあったはずのあらゆる不自然さを無視して、賀来啓が飛び出した。生まれた時のままのピュアな心には、疑惑などは一切なく、まさに全信無疑の面持ちだった。
「女の子になんて事をじでいるんだ!」
 賀来啓の凄まじい笑顔や凄まじい泣き顔は、同学年のほとんどの人物が目撃した事があったが、凄まじく憤怒した表情を目撃したのは、久我修也が初めてだったという事になる。歯を食いしばり、元々大きい身体を更に膨らませて、頭からは湯気を出している。そこに居たのが久我修也で無ければ、誰でも裸足で逃げ出していただろう。
「その手を離ぜ!」
 ずんずんと足を踏み鳴らしながら向かってくる賀来啓に、久我修也は真っ向から立ち合った。久我修也もスポーツマンタイプの長身だったが、やはり巨躯の賀句啓と比べれば一回りほどの差がある。
「余計なお世話だ木偶の坊」
「何だとお゛!?」
 先に手を出したのは、意外にも賀来啓の方だった。泣いて周りが見えなくなるのと同様、怒れば激情して行動に理性が伴わなくなる。何を置いても甲子園に行かなければならない野球部で暴力沙汰は御法度だったが、そんな事は頭から既に蒸発して湯気になっている。
 一直線に向かってくる、たった今噴火したばかりの溶岩石のような握り拳。直撃を喰らえば生命の保証すらなかったが、元より喧嘩慣れしている久我修也からしてみれば、賀来啓は余りにも素人すぎた。人差し指を丸めて出来る穴に、右手の中指をひっかけて、横方向に引っ張るのと同時、相手の勢いを利用して左手を腹部に当てる。殴るという表現すら当てはまらないが威力は絶大で、胃の内容物が全て逆流してしまうような一撃だったが、賀来啓も常人からは外れている。額に青筋を浮かばせながらも、立ったまま耐えた。
「すっとろいが、タフな奴だ」
「う、うぐぐ、このぉ!」
 賀来啓の追撃が入る直前、そのタイミングをきっちり読んでいたかのように、台本通り八戸心理の待ったが入る。
「やめてください賀来先輩! 良いんです! 私が耐えれば済む事ですから……」
 3人の後方で、何をしでかすか心配で見守る事にした芦屋歩が思わず噴出しそうになった。台詞を言うのと同時に顔を伏せた八戸心理の、「耐えなければ殺す」という視線が無ければ、その場で大爆笑していた所だっただろう。
「ど、どういう事だ?」
 賀来啓は尋ねる。不信感は一向に芽生えず、全ての信頼を芹高で1番目と2番目に悪い人間に一切合財預けている。
 ここで八戸心理は答えず、俯いてしくしくと泣いたフリをしている。その浅はかで稚拙な演出は、不自然な事の4つ目に数えても良い。湧いた怒りをどうしていいやら持て余す賀来啓に、久我修也は手の平に小さな紙を隠しながら語る。
「あー、実はだな。俺は杵原良治に雇われてこいつを襲うように命令されたんだ」
「なんだど!?」
「杵原はな、実は滅茶苦茶悪い奴だ。沢山の女を引っ掛けて、やるだけやって捨てちまうんだ。それでもしつこく付きまとう女を、俺がこうして躾けてやっているって訳だ。金をもらってな」
「き、杵原はとてもそんな奴には見えねえ゛が……」
「人は見かけによらないもんさ」
「う゛ーん……」
 にわかには信じがたいような顔で首を捻る賀来啓だったが、こんなに現実感も信憑性も突拍子も無い話を嘘か真か迷っている事自体が信じられない。その場にいた賀来啓以外の全員がそう思った。
 最後の一押しとばかりに、八戸心理が大根もびっくりの演技で涙ながらに訴える。
「あいつの被害者になった女の子は一杯いるの。誰かがこらしめてあげなきゃいけないのよ!」
「そ、そうかもしれない……でも、どうやってやるんだ?」
「野球で負かせばいいのよ。あいつの取り柄は野球だけなんだから、誰かがあいつを野球でやっつければ、きっともう非道い事は出来ないはず」
「なる゛ほど!」
 大きく頷き、目を輝かせる賀来啓を他所に、一瞬のアイコンタクトで通じ合う悪党が2人。
「よし、そういう事なら俺も改心して、チームに加わろうじゃないか。一緒に悪者の杵原を倒そう」
「お゛う!」
 先ほどまでうっかり殺してしまうような勢いで怒っていた相手と組もうという神経が賀来啓だった。既に頭の中には、「杵原は悪い奴」「一緒に杵原を倒して女の子達を助ける」という事しか頭に無い。八戸心理は最初から賀来啓の事をナメきっていたが、それで十分だったという事になる。


「うわっ!!!」
 賀来啓が第二野球部に加わり、これで正規野球部に1歩近づいた。と思ったその瞬間、芦屋歩が叫びながら飛び出してきた。八戸心理は賀来啓から見えない角度で、殺気の迸った視線を向けたが、芦屋歩の後ろからもう1人の人物が出てくると、その視線は更に激しい物となった。
「困るんだよね。うちのレギュラーを勝手に引き抜かれちゃうとさ」
 設楽寿々芳。賀来啓のクラスメイトでありチームメイトでもある、正規野球部レギュラーの優男。詐欺の現場に1番居てほしくない人物、賀来啓の保護者が現れてしまったのは、大きな誤算だった。
「設゛楽!」
 賀来啓が叫んだ。その目には「実は杵原は悪い奴だったん゛だ! 一緒に倒ぞう!」という心からの訴えが満ち満ちていたが、設楽寿々芳は苦笑いしながら受け流す。
「啓、君はそこの2人に騙されていたんだよ」
 言った瞬間、久我修也が飛び出した。もちろんそれは、隣にいた八戸心理が小さな声で「殺れ」と指令を下したからだった。久我修也の突進は豹のように、音を伴わない素早さで、先ほどの賀来啓の物とは真逆だったが、危険さはこちらの方が勝っていた。
「おっと」
 瞬間、得体の知れない何かが起きた。だが数秒後に突きつけられた現実は、廊下に仰向けに横たわる久我修也と、無傷の設楽寿々芳だった。設楽寿々芳が何かをしたのは分かっているが、では一体何をしたのか。それは誰にも分からなかったが、1番わかっていなかったのは、その「技」をかけられた本人である久我修也だった。
「賀来。杵原がそんな悪い奴な訳ないだろう。あいつは部活で練習した後に帰って自宅でも練習してるんだぞ。女遊びなんかする暇があるもんかい。それに、そこにいる八戸さんは、例の下剤事件の容疑者だぞ」
「そ、そうだっだ……」
「ついでに、お前が進路の事で先生に呼び出しされる訳ないだろ? プロになって、ホームランで病気の子供を沢山助けるって常に言っているじゃないか」
「あ゛あ゛!」
「不自然だと思って、こっそりついてきといて良かったよ」
 八戸心理が仕掛け、賀来啓が見事に引っかかった罠が、丁寧に傷跡も残さず取り外されていく。それを見る事しか出来ない八戸真理の歯茎から血が出る。
「じゃ、そういう事で僕達は失礼するよ。八戸さん、何か企んでいるようだけど、きっと無駄だと思うよ? 杵原はきっと負けてくれない」
 全てお見通しといった様子で、涼しい顔をして立ち去る設楽寿々芳。八戸心理の復讐エンジンが爆発しそうな勢いで鼓動し、「絶対殺すリスト」に名前が1つ追加される。
「あ、そうそう。6本指の芦屋君。野球がやりたいなら野球部にきなよ。僕が見た所、君はどちらかというと抑えタイプだ。杵原の後を任せられるとしたら、君しか居ないと思うんだけど……」
 急に話を振られた芦屋歩は、動揺しながらも答える。
「いや、遠慮しときますよ先輩。こいつの面倒を見ないといけないんで」
「そうかい。まあ、気が向いたらいつでもきなよ」
 それは芹高第二野球部に、初めて敗北が刻まれた瞬間だった。

       

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