Neetel Inside 文芸新都
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 市内にある、少しこじゃれた居酒屋に入った。
 薄暗い室内にはオレンジ色の照明が点り、耳障りにならない程度にピアノが流れる店内。妙にムーディーだ。真新しい木造の壁からは漆のにおいが心なしか漂う。
 店員に予約の旨を伝えると、奥の個室に案内された。少し広めのテーブル席だ。既に男性陣は席についており、彼らは私たちの姿を見ると立ち上がって出迎えてくれた。
「始めまして」
「……」
「どもども」
 三者三様、それぞれ中々にいい面をしている。悪くない。
 恐らく一番手前入り口側に座る男性がもう一人の主催、雷神さんの知り合いだろう。この中では一番だ。綺麗目な服装で好感が持てる。背丈も高く、体もそれなりにがっしりしてはいるが過度の男臭さは感じさせない。
 真ん中の男は何だか見た目からして無口なのが見て取れた。顔は悪くないが、一人目に比べるとどうしようもなく見劣りする。
 三人目。気さくで話しやすそうな男ではある。顔も悪くない。すこし童顔で可愛さが残る。カジュアルな服装はどこか私に精通するものがあった。しかしこやつからは何だか得体の知れない貧乏臭がする。何かに憑かれているのではないだろうか。貧乏神とか。
「ごめんごめん、すっかり遅くなっちゃったわね」
 まるで謝罪の気持ちが込められていない雷神さんの上っ面だけの言葉にも、男たちは嫌な顔一つしない。
「いいよいいよ、俺たちもいま来たばっかだから」
 そのまま流れで私たちは各々席に着いた。主催者二人が入り口近くの下手席に座り、真ん中に雅ちゃん、端に私と言う構図だ。
 六人掛けの席に、私たちは見合い形式で対座する。普通男女混合で座るのでは、いや、焦るのは良くない。私はひそやかに深呼吸をした。そう、時期を見て席替えを提案すればよいではないか。
「それじゃあ始める前に飲み物だけ頼んじゃおっか。自己紹介はそれからって事で」
「悪くないねぇ、出来る男!」
「いやぁ、それほどでも」
 主催二人の掛け合いが始まる。まだみんな会話する段階まで行ってないから必然的に主催二人の手腕にこの場の空気は託される。雷神さんなら上手くやってくれるだろう。そう言う点では信頼性抜群だ。
「それじゃあ、生の人」
 当然のように最初はビールのカウントが計られる。ビールが大好物だった私はいの一番に手を上げた。
 ビールを注文したのは、男三人と、私一人。
 この段階で私は自分の選択ミスを察した。どうしよう、がっつり飲む女だと思われちゃうじゃないの。
 雅ちゃんはカシスオレンジとか頼んじゃうし、雷神さんにいたってはウーロン茶とかそんな馬鹿な。以前私と朝までテキーラで飲み比べていたあのカマが。
 最初の注文の段階で既にバトルは開始されている。私はその時初めて合コンの恐ろしさを垣間見た気がした。
「それじゃあ、まず自己紹介行きましょうか」
 幹事の男性が言い、じゃあ僕から、とそのまま続ける。
「三城昌平と言います。食品メーカーに勤めていまして、休みの日はよくバスケにいきます。今日は幹事ですが、はっちゃけたいと思うんでよろしく!」
「バスケ男子……素敵」雅ちゃんが小声でなにやら呟く。ロックオンするの早くないですか。
 続いて真ん中の寡黙男子が立つかと思いきや、何故か立ち上がったのは私の対面に座る童顔男子。
「いやいや、どうも秋元秋と言います。上から読んでも下から読んでも同じ読みなので親のセンスを疑いますなぁっはっは」
 一人で笑うこの男を見て彼は頭がどうかしていると思った。冷たい視線を感じたのか、秋元は軽く咳払いをしてとりなす。
「三城君とは同期で、同じ食品メーカーに勤めてます。あぁ、あと趣味でドラムやってます」
 そこで秋元は隣の寡黙男子の頭にぽんと手を乗せる。
「こっちの喋らないのは竹松です。僕と同じバンドでベースやってます。三城君から今回のお誘いをいただいて、あと一人参加者を探してたら切望してきたのが彼です」
 喋らないのに切望したんだ……。我々女子から声にならない声が漏れた。
「じゃあ、これで僕たち三人の自己紹介は終わりです」
「えっ?」
 結局男子で自己紹介したのは二人であり、さっそく場が微妙な空気に襲われた。
 だれか助け舟出せよ……。皆が雷神さんを見る。
 視線を受けた雷神さんはあからさまに焦った顔をした。どうしよう、友が窮地に立たされている。なにかしてやらなくては。
 仕方なく私は新卒の後輩を激詰めするような面持ちで彼女を見つめた。場慣れしてんだろ? 早く立てよ。盛り上げてみろよこの場を。私は視線で彼女を責めた。
「じ、じゃあ次はわったしたちの番だね。自己紹介しようか」
 キョロキョロと雷神さんは皆を見る。
「えぇっと、雷影鈴(らいかげりん)っていいまぁす。あだ名は雷神さんでっす。バー経営してまぁす。よろしく」
 ぶりっ子にも程がある。見ていられなくて私はうつむいた。五百歳。しかも偽名。たぶん源氏名だ。彼がオカマにも関わらずこうして合コンを組んだと言う事は、三城君はこいつが男である事をしらないのだろう。気の毒である。
 そう思っていると次に雅ちゃんが立ち上がった。
「えっとぉ、篠崎雅でぇす。入社してまだ三年目のひよっこ社員でぇす。会社に入っても事務が中心で出会いとかあまりなくってぇ、今回さそってもらったので来ちゃいましたぁ。よろしくおねがいしまぁす」
 雅ちゃんに関しては元がもう媚びているような話し方なのであえて突っ込むのはよそう。
 天然系女子とロリータ元気っ子。
 クズが。
 キャラがすこしかぶっているではないか。経験は豊富かもしれないが、糞どもは戦略性がないから困る。
 年上系お姉さまの路線である私に道は大きく開かれていた。
 席順に伴うバストサイズも納得の階段形式。左から雷神さん、雅ちゃん、私の順に大きくなっている。私は知っていたのだ。先ほどから私の胸部に注がれる男子どもの熱い視線を。利は我にあり。
 雅ちゃんが座るのを見計らって、私は立ち上がった。この第一印象が大事だ。姐御系で行くか、大人びたお姉さんでいくか。断然この場なら後者だろう。草食系男子どもは優しく蹂躪せねばならない。
 私は男子三人に向かってにっこりと笑いかけた。
「始めまして、風巻楓と申します」
「失礼します、生四丁お持ちしました」
 最悪のタイミングで店員が割って入ってきた。
「あ、やっと来た。配っちゃお」
 雷神さんがてきぱきと受け取った飲み物を流していく。おい、フォローなしかよ。全員につつがなく飲み物が渡され、その間私は突っ立っているだけだった。死にたい。
「じゃあ乾杯しよっか。あれ? なんで楓立ってるの? あ、もしかして乾杯の音頭が取りたいとか? はりきっちゃってぇ」
 このオカマはあとで殺さねばならない。八つ裂きが良いか、それとも圧死か。目の前にでかでかと置かれた中ジョッキが異様に目立つ。私は黙ってジョッキを持った。
「風巻さんってお酒強そうですね」
 目の前にいる秋元が直情的な感想を述べてくる。そうだ、自己紹介は流されたがここで諦めてはいけない。私は空気を和ませるために薄く笑みを浮かべた。
「やだ、初対面なのに生が好きだなんて引かれないかしら」
 場の空気が一瞬重たくなる。みんななんでもなさそうに笑っているが明らかに表情が浮かない。何かまずい事を言っただろうか。自分の発言を回顧し、そして気付く。
「ち、違いますよ! 言っとくけど私別に生中出し援交プレーが好きとかそういうんじゃないですから」
 異物を見るような顔で皆が私を見る。ミスった。私は頭を抱えた。
「あぁあ! 下ネタ言ってもた!」
 私の叫びで空気が凍りつく。どうにかしなければ。
 そこで私は先ほどの雅ちゃんの姿を思いだした。そうだ、ここであれをやるしかない。
「飲み会始まりで下ネタ言っちゃうなんて、恥ずかしいなぁ」
 そう言ってエヘヘと頬を掻く。
 反応がないので見ると全員白目を剥いていた。ドツボだ。
「ちょっと! 楓! せっかくみんな流そうとしたのに!」耐え切れなくなったのか雷神さんが立ち上がる。
「ミスったんだから仕方ないでしょうが!」
 私はビールを持ち上げるとその場にいる全員をにらみつけた。営業歴百二十五年の間に培った取引先殺しと呼ばれる視線だ。これで幾度となく取引先に不利な条件を飲ませてきた。
「あんた達! 今夜は飲むわよ!」
「お、おぉ……」
 引き気味な場の空気。このままではやられる。死なばもろとも。私は胎をくくった。
「おっぱいが欲しいか」
「えぇ?」何言ってるのこの人、戸惑い気味な男子。
「チンコにむしゃぶりつきたいか」
 女子にいたっては答えすらしない。上品ぶりやがって。そこまでして上っ面に塗り固められた欲情を隠したいと言うのか。
 キレた私は思い切り机を叩いた。
 全員がビクリと体を震わせる。
「こうなったら上品な会合はなしにしましょう。今宵は欲望にまみれたパーリナイなう、なんだから」
 私は雅ちゃんと雷神さんに目を向ける。
「女共! 彼氏が欲しいか!」
「え……」
「彼氏が欲しいかって聞いてんのよ」
「う、うん……」戸惑った二人。
「野郎共! 私のおっぱいが触りたいか!」
「へ?」
「セックスがしたいのかって聞いてんのよ!」
「お、おぉ……」
「え、セックスしたいんだ、怖い……」
 引く女子二人を私は全力で否定した。
「いやいやいやいや、したくない方が怖いわよ! あんた達も体がうずいてるんでしょ! オープン! オープンユアマインド!」
「まぁ、それは、こういう場所に来ているわけだし、ねぇ?」
「マジかよ……俄然燃えてきた」上がる男性陣。
 いい感じだ。ここは即興ラップでオーディエンスを沸かすしかない。



 ドンツー ドンツー チュカチュカ

 yeah yeah yeah
 始まりますよ今宵のパーティー 男女混合集まるパーティー 
 狙うは女子のはくパンティー 脱がしゃ今夜はそくチャリティーだ yeah

 蠢く男女の下心! いつかはみなが行き着く所! 
 優しさは持ち合わせているものと! 思ったら抱きしめあうよ友と!
 
 ナンバーワン よりもオンリーワン 
 犬がワンワンワン 鳴いてパンパンパン

 弾けあう男女の営みに 発情するんだ人並みに 
 そして地味に 下にビキニ 来たら先に 飛び込むよ海に! 
 YO!



「すげー」
 よし、受けた。今宵もオーディエンスを沸かしてしまった。このまま波に乗るしかない。
「よっしゃあ! テンションも上がってきたところでそぉら! 私のおっぱい、何カップか当ててごらん!」
 Dカップ! Fカップ! それエフエフエフエフエフカップ! いやいやジージーGカップ!
 もはや飲み会における新入社員の様な身を呈した盛り上げっぷり。社会人歴百二十五年はダテじゃない。
「残念! 正解は! Fカップでした! ほらかーんぱーい!」
 こうしてパーリナイは開始された。

       

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Neetsha