Neetel Inside ニートノベル
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 もうやめようか。
 ぼそり、と花子が呟いた。
 録画を終えて、さざんかが淹れてくれたコーヒーを飲んでいるときだった。
「え、どうして? 花ちゃん、ヤになった?」
「……。そういうわけじゃないけど。でもバグゲーだし、期待して見てくれてる人に悪いかなって」
「だから、花ちゃん、できるだけ正規のクリア方法も探しながらプレイしてるじゃない。そりゃあ、確かに、わからなくってスルーしちゃった箇所もあるけど……でもそれでも、できるだけちゃんとやろうとしてるのは視聴者の人たちもわかってくれてると思うよ? そうだよね、ケンケンくん?」
「……ああ、うん、そーだな」
 どの道、どう返答しようともさざんかは退かない気がした。
 花子はだいぶ渋っていたが、それでもさざんかになだめすかされて、結局来週も実況プレイは続けることになった。だが、さすがに疲れたらしく、
「ごめん。今日は二人とももう帰って」
 と言い出した。その顔はげっそりしていて、とても無理強いできそうもなかった。俺とさざんかは花子の部屋を後にした。
「花ちゃん……」さざんかは閉じられた鉄扉を見て小首を傾げた。
「どうしたんだろう?」
「まあ、さすがに結構クるものがあったよな、あれは」
「四時四十四分? でもあんなの偶然だよ……気にすること無いのに」
 さざんかがあまりにあっさり言うので、俺の中にある疑心までうっすらと晴れ始めた。そのまま薄らいでいくに任せるべきか迷う。
「あ、そういえば」
「あ?」
 さざんかが俺の方を振り向いて、
「ケンくんと一緒に帰るの、初めてだね?」
 と笑った。
 さざんかには、笑うとえくぼができる。
「あのさ」俺は言った。
「はっきり聞いてもいいか?」
「なにを?」
「どうして、あんなにあのゲームに拘るんだ? 花子も言ってたけど、これはろくでもねーバグゲーだぜ。わざわざやる意味があるとは思えない。あんたたちだったら俺みたいに、希少品で人気取りなんかしなくたって視聴者はたくさんいるだろ」
「え? ……」
 さざんかはべっこうぶち眼鏡の向こうからじっと俺を見つめてきた。思わず目を逸らしかけるがここで退いたらたぶん二度と答えには辿り着けない。頑張れ俺、ここがいわゆるひとつの正念場だ。
 さざんかはだいぶ長いこと俺と視線を合わせていたが、唐突にこう言った。
「ケンくん、今晩空いてる?」
 無論。



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