Neetel Inside ニートノベル
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「ケンくん」
「――――」
「ケンくん?」
「えっ」
 ちょっと眠りかけていたのかもしれない。俺はハッとして顔を上げた。
 さざんかは手元のアイスティーに刺さったストローを物憂げにかき混ぜながら、
「ぼおっとしてた?」
「ああ、うん、まあ、ちょっとな」
「退屈?」
「いやそんなことねーよ。女子とメシ喰うなんて滅多にねえし」
「メシ? ――ケーキが?」さざんかは幸せそうに手元のチョコレートケーキを指差した。俺は頬をかいて、
「言葉の綾だよ。悪かったな」
「べつに怒ってないよぉ。ケンくんは気にCだね」
「うるせー……」
 俺はいろいろなものを誤魔化すためにオレンジジュースをちびちびとストローから吸った。外ではセミが鳴き始めていて、今年はどうやら人を殺すつもりはないらしい穏やかな陽光が店のロゴが刻まれたガラスから店内に降り注いでいた。
 さざんかを呼び出したのは、最初は、俺だった。理由はもちろん、もう実況をやめようと切り出すためだ。あの日、真っ黒な髪が自分の手に巻きついているのを見たとき、俺はびびりまくったが、びびりまくるのと同時に、ああ潮時なんだな、と思った。本能でわかった。これは警告なんだと。これ以上はやめとけ、と、親切にも教えてくれているんだと。誰が? そんなことは知ったことじゃない。なぜもどうしてもなにもない。俺の手に、女の髪の毛が巻きついていたことにはっきりした原因が見出せないように、原因不明の根拠でそう思ったのだ。
 花子は意外にもどっちつかずの態度を取っていた。――ケンがやめるなら止めない。ただあたしはさざんかがやりたいって言ううちはやる、と花子は言った。いい度胸していると思う。ただ、俺はゴメンだ。俺は抜ける。そう思って、さざんかを呼び出したのが、二週間前だったと思う。
 以来、三日おきぐらいに俺とさざんかは街で会っている。実況プレイも相変わらずやっている。どうしてかといえば、いまこうしてさざんかと向かい合ってお互いのケーキを分解し合っているサマを見ていただければおわかりいただけると思う。なに、わからない? じゃあ俺だってわからない――。
 最初ははぐらされているとはっきりわかった。機を狙って、ちゃんと言うつもりだった。ただ、いろいろ細かいことが積み重なって、機を逸して、次でいいや今度でいいやと思っているうちに、すっかりさざんかとメシ友になっていた。このあたりのメシ屋は、三割ほど制覇した。このままだと十割制覇しても実況脱退の話題に辿りつけそうになかった。
 しかし考えてみてくれ! なあ!
「さざんか」
「ん?」
 意味もなく呼びかけた俺に、フォークをくわえたままのさざんかが小首を傾げてきた。眼鏡越しの目はとても綺麗で、新品のレンズだろうとその澄んだ光は出せないだろう。こんな女の子が、話をはぐらかされているのを黙認すれば、俺がおとなしくしていれば、一緒にメシを喰ってくれるのだ!
 はぐらかされてナンボだろう、男だったら――――!!
「――俺のモンブラン一口やるから、そのチョコケーキ一口くれ」
「いいよー」
 ああ。
 しあわせ。
 そう、俺は確かに幸せだった。夏休みを目前にして、迫る期末試験の猛威から背を向けて、俺は確かにその時幸せだったのだ。だから、わりと本気で、黙認してもいいかなと思っていたのだ。
 あれ以来、周りで起き始めたおかしなことどもを。


 ○


「泊まって」
 とんでもないことを花子が言い出したが、俺は新聞紙の上にかざした手にまとわりついた髪の毛を引っぺがすことに夢中で、最初よく聞き取れなかった。
「あ、悪いもっかい言ってくれ。――ちくしょう跡になってやがる、いてえ」
「泊まって」
 よくよく聞いてみても聞き返したくなる一言だった。俺はもう一回難聴のフリをしようかと思ったが、さすがに花子の青白い顔を思ってやめた。
 花子はソファに腰かけて、指を組みながら言った。
「だって、あんただって、いまさら家帰るのいやでしょ? あたしはいや……もうひとりにはなりたくない。あんな……」
 口を押さえて、
「……。とにかく、ベッドを使ってもいいから、あたしの部屋使っていいから、今日は泊まってよ。明日ひまでしょ」
「学校っすけど」
「単位は?」
「大丈夫だけど」
「ならいいじゃん」花子はようやっと笑顔を見せた。
「あたしなんて下手すると留年だし」
 俺はびっくりして膝を食卓にしたたかに打ちつけた。
「マジかよ! おまっ……不良だったの?」
「趣味が平日午後の散歩なだけですー」
「立派な問題児だな……学校はちゃんと言っとけよ。親の金だぜ」
「うるさいばあか。……髪の毛取れた?」
「え?」俺は手を見て、
「ああ、もうあらかた取れた。大丈夫。……髪包んだ新聞、どうする?」
 花子は実に嫌そうな顔で丸められた新聞を見て、
「……明日燃えるゴミの日だから出しちゃう。キッチンに口結んであるゴミ袋があるから、それの中に入れておいて」
「おっけい」
 なんだかプライバシーをうっかり侵害してしまいそうだったので、一瞬で口を開いて一瞬で中に新聞紙を突っ込んだ。音速で口を結び直す。結んだゴミ袋を軽く足で蹴ってから、驚くほど髪の毛が完全に自分から離れたことに安心している自分がいることに気づいた。
 食卓に戻って、椅子にどさっと腰かける。
「なあ」
「なに」
「おまえ、風呂場でなに見たの?」
 何気なく聞いたのだが、返ってきたのは凄まじい声音の恨み節だった。
「この家の中で二度とそのことを口にしないで……!」
 花子は擦り切れたような声で、そう言った。俺は生唾を飲み込む。
「花子」
「なに」
「いまのおまえの顔がなにより怖い」
 花子は口を手で隠して、その手を額にスライドさせた。パワステが下に置かれたガラステーブルに肘をつく。
「ごめん……とにかく、言いたくないから。今度、機会があったら、言う。それでいい?」
「無理に言わなくていいって。聞きたいわけでもないし」
 俺は立ち上がってテレビの上の照明をパチリと点けた。花子は電気が点いたことにも気づいていない。こういうときはなにか音がしていた方がいい。俺はテレビを点けた。どっという笑い声がテレビから流れ出す。変な映像でも流れ出したらどうしようかと思ったが、日曜九時からのバラエティ番組が何事もなかったかのように放送していた。俺はほっと安堵のため息を吐いたが、それは花子も同じようだった。
 無言で、見るでもなしに、テレビを二人で眺める。俺はポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、母ちゃんと姉貴に外泊する旨を伝えた。どんな返事が返ってこようとも見まい、と心に決めて、ぼんやりとテレビを見る花子の横顔を盗み見る。
 花子の目元には泣きぼくろがあった。

 ○

 11時を回った頃、おもしろい番組も終わり始めて、手持ち無沙汰になってきた。まさかここからパワステ引っ張り出して俺より強いやつに会いにいっても仕方がないので、おとなしく寝ることにした。
「風呂は?」
 花子は心底嫌そうな顔をして、
「……。明日でよくない?」
 それもそうだ。なにも無理することもない。
 ちょっと邪道だが台所で歯を磨いて、なぜか花子の首を揉んでやった。
「なんかふにゃふにゃしてんぞ。ちゃんとカルシウム採っとけ」
「魚は食べてるし牛乳も飲んでるし。胸ないから首凝らないんだよね」
「ふーん」さりげなく流してみたが女子が胸とか言うから内心すげえびっくりした。どういうことだ、こういうことって女子が恥らって言うのをためらったりするのがお約束じゃないのか……よっぽど俺の方が顔を赤らめていじらしい表情になっていそうだ。鏡がそばになくて助かった。自分のテレ顔なんて見たらご飯三杯は吐く。
「んっんっん。いいねーいい腕してるねー兄さん」
「誰が兄さんだボケェ。俺は妹スキーではない」
「じゃあなにがいいわけ。幼馴染? メイド? スク水?」
「ジャンルがいろいろ飛びすぎだろ……どれでもねえし」嘘ですっ!
 お互いに寝るのを引き伸ばしているのはわかっていた。時計を見るとちょうど日付が変わるところだった。一瞬、意味もなく身構える。が、壁にかかった時計の秒針は何事もなく昨日を置き去りにして今日になった。安堵のため息をつく。
「ふう……」と花子も息をついた。どうやらわけもなく不安になっていたのはお互い様だったらしい。ちょうどいいキリだと思ったので、切り出した。
「なあ、寝るのってさ」
「うん」
「別々の方がいいよな?」
 ソファに寝そべった花子の背中は黙っていた。だいぶ逡巡しているようだったが、やがて、
「いや、一緒でいい」
「えっ……もうちょっと自分は大切にしろし」
「うるせー。なんかしなくても、ふざける真似しただけでもブッ殺す。――でも、やでしょ、さすがに今晩みたいな日は」
「そりゃ、な」気がついたら髪の毛の服を着ておりましたでは髪を見るだけで吐くクセがついてしまいそうだ。
「――寝るか」
「うん」
 花子と一緒に花子の部屋にいった。
 机があってベッドがあって、カーテンが引いてあって。
「なんか、普通の部屋だな」
「悪かったわね。なんもなくて」
「そんなこと言ってねー。お、漫画がある。ふむ、ほう」
「ちょっと、少女マンガに目覚めてないで布団敷きなさいよ」
「おお……。え、なんだって?」
 俺はいまさやかちゃんと風祭くんの初々しくて甘酸っぱい恋愛模様を追いかけていたいのだが、花子はぷんすかしながら足で俺に自分の布団を敷かせた。自分はベッドにもぐりこんで、もぞもぞしていたかと思うと、布団の裾からぺっぺと着ていた服が捨てられた。俺は今度こそびびった。
「おまっ裸で寝るの!?」
「ち、違うっ!」花子は布団から真っ赤になった顔を出して叫んだ。
「布団の中でパジャマに着替えたの! あほ!」
「ああ……いやああじゃねえよ。パジャマはちゃんと畳んどけよ。不精なやつめ、そのうちヒゲ生えちゃうぞ?」
「つまんない」
 マジでへこんだ。
 布団にくず折れる俺に構わず、花子は布団を頭から被った。しばらくすると寝息が聞こえてきた。電気はもったいないが、一晩、点けておくことにした。俺は花子が脱ぎ捨てた服を畳んで(俺は推理する。定期的に誰か来てこの女の世話をしているに違いない)机の上に置き、布団に横になった。
 よく「このままじゃ狼になっちまう!」とかラノベの主人公なんかは言ったりするが、ぜんぜんそんな気持ちにはならなかった。あんなことがあったばっかだし、なにより、嫌われたくねーよ。一時の暴走で絶対に嫌われるカード切るなんて俺ならしない。自分の自制心のタガがはずれることに恐怖もない。そんなことを不安に思えるやつはマジモンのキチガイか、お幸せなバカヤローだ。寝よ寝よ。
 チックタックチックタック
 …………。
 チックタックチックタック
 ……………………。
 チックタックチックタック
 ……。うるせー。
 俺はがばっと起き上がった。超うるせえ。なんなのあの時計? あの、といっても花子の枕元に置いてある目覚まし時計なんだが、やたらと声がでかい。うちの愛機は針がチクタクしないでスゥって動くタイプなので、免疫ができてない俺の耳にはひどく障る。ぶっ壊したいが人ン家のもんを破壊せしめるわけにもいかねー。
 仕方ないのでまた布団を被って暗闇に浸っていた。そうこうするうちに段々と時計の音も気にならなくなった。こりゃいいや、と思いはしたが、それでも眠りはやってこない。まあ懐も暖かくなってきて、心地はいいから眠っていなくても身体はリラックスしてるからまァいいか、それにしてもなんだかさっきから腹の上が暖かいし、ちょっと重たい感じがする。湯たんぽかな?
 目を開けてみると、目の前にきょとんとした人の顔があった。
 生首だった。


 ○


「俺はオリる」
「え?」
「オリるって言ったんだ、さざんか」
 さざんかはポカンと口を開けていた。
「オリ……え、なに、どういうこと? ごめん、ちょっとよく意味が……」
「だからさ、実況。俺はもうやめることにするよ。いろいろ変なことも起こってきたし、ちょっとしんどくなってきたのは本当なんだ」
「……」
「悪いなさざんか。花子にもよろしく言っといてくれ」
 ためらいがなかったとは言えない。
 それでも、一度決めると、それはストンと俺の腑に落ちた。もう充分だ。充分遊んだ。そんな気がした。
 立ち上がった俺の袖をさざんかが掴んだ。
「待って」
「さざんか……いや、悪いけど、ちょっともう無理だ。おまえらもやめとけよ。あのゲーム絶対になんかおかしい。俺が買って来て言うのもなんだけど。ソフトはやるからさ」
 だが、さざんかは俺を放してはくれなかった。ガラス玉みたいな目で見上げられていると、人形に引っかかったような気分になってくる。
「だめだよ、そんなの……」
「…………」
「そんなのだめ。こんな、こんなところでやめるなんて許さない」
「許さないったって……そんなことさざんかにどうこう言える権利なんてないだろ?」
「ある」
 俺はそれを笑えなかった。
 店員からは見えない角度で、俺の腹に小ぶりなナイフが突きつけられていた。薄く服を突き破っていなければ冗談だと思っていたところだ。
 怖いというより、息ができない。
「さ、さざ」
「黙って。いいから歩いて。ここから出るよ」
 そこでさざんかは思い出したように笑い、
「ここはおごってあげるね、ケンくん」
 嬉しくなかった。会計の時、俺は必死で店員にSOSの念を送ったが気づいてもらえず、そのまま外に連れ出された。相変わらずわき腹には尖った感触がくっついて離れない。
「さざんか、やめろとけって。な? いいことないよこんなことしても」
「わたしにはある。さ、歩いてねケンくん。腕組もっか? その方が通行人に気づかれにくいし」
 ぎゅむっとさざんかの胸が俺の腕に押し当てられるが俺のテンションは下がるばかりだった。
「ど、どこいくんだよ、さざんか」
「決まってるでしょ」
 腕を組み下ではナイフを突きつけられたままのお散歩デートの果てに辿り着いたのは花子のマンションだった。部屋の前まで来た時に、鍵はどうするのかと思ったが、隠し場所をさざんかは聞いていたらしくあっという間に扉は開かれた。何度もくぐってきたその玄関が、今はとてつもなく暗く思えた。
 テレビの前に突き飛ばされて、顔にナイフをあてられる。
「起動して」
「い、嫌だ……」
 しゅっ。
 ぴぴっ。
 薄く裂かれた俺の頬から血が飛び散った。痛みはほとんどなかった。
 さざんかの目を見る。
 あの生首の目よりも、その色は深かった。
「起動して」
 パワステに手を伸ばして、スイッチを入れた。故障を疑いたくなる低い唸りと共に中のディスクが回転を始めて、背筋の寒くなるようなサウンドと共にメーカーのロゴマークが出てきた。
「あーあ、こんなことになっちゃうなんて、本当に残念」
 俺の背中にナイフを突きつけたままのさざんかが楽しげに笑う。
「そ、そんなに俺とゲームがしたかったのか?」
「まさかあ? 君、話も面白くないし笑い声うざいし、いいとこないじゃん」
 ひどい言い草だ、さすがに胸にぐさりと来る。
「おまえな……」
「でもまあ、君とゲームがしたいってのは本当だよ……ただ君が考えているゲームとはちょっとだけ違うと思うけど、ね」
「どういう意味だよ……?」
「こういう意味だ、よ!」
 いきなり背骨をしたたかに蹴られて、俺はテーブルにど頭から突っ込んだ。乗っていた菓子皿を吹っ飛ばしてそのまま足からテレビの画面にぶつかる――と思ったが、そうはならなかった。
 俺は落ちた。
 ずいぶん長く浮遊していたと思う。だが不思議なことに、地面に激突した時、俺に痛みはなかった。
 何が起こったのかわからず、起き上がってあたりを見回すと、そこはもう花子の部屋なんかじゃなかった。
 灰色の土、灰色の壁、灰色の空。
 そこは、
 どこかで、
 見たことが、

『ふふっ』

 空から声が降って来た。俺はよろめきながら空を見上げた。
『あ、そっちじゃないよ。もう少し左。――そうそう、うわあ、ほんとに入ってる』
「さざんか……? え、ちょ、待てって、これどういうことだよ……え……?」
『わからない? いいえ、それは嘘。本当はわかってる。わかってるのに聞いてみて、わかっていないフリをして、自分を誤魔化してるだけ。そんなことはさせない。そんなことは許さない。あなたは怯えて、震えて、恐れおののくの。それしかもうできないの……』
「なにを……」
『じゃ、さよなら。ひょっとしたら、永遠に……ふふっ!』
「さざんか? ……さざんか! おい、ちょ、さざんかぁっ!」
 それきり声は返ってこなくなった。俺は心底怯えた。
 さざんかは正しい。
 俺には全部、わかっていた。
 その場に尻餅をついて震える両肩を押さえた。
 俺はゲームの中に取り残された。

 ○

 時間の感覚は最初からなかった。俺は腕時計を日頃からつけなかったし、携帯の電源はなぜか落ちたまま点かなかった。だから時間を確認するすべはなく、太陽がないためにいつまでも日没は来なかった。永遠に灰色だった。
 顔を上げられなかった。
 何かを見て、それに見覚えがあることを確かめれば現実が恐ろしい速度で迫って来る気がした。地面にへたりこんで、灰色の砂ばかりを見つめていれば、少なくともその間は現実から逃避していることができた。それも仮初のものでしかなかったが、しないよりはずっとマシで、そうでもしなければその場で笑い出してずっとそれが収まらなかったに違いない。
 ただ時が過ぎていった。鈍く、鈍く。無人島に漂着したようだった。
 さざんかは戻って来るだろうか。
 戻って来る。そうでなければ困る。だが、それはここからではわからない。自分からは確かめようがない。その時が来るまで。あるいは、来ないままで終わるまで。
 空腹は感じなかった。むしろそれさえ恐ろしい。鏡がなくてよかった。もし鏡があって、それを見て、自分があの滑稽なポリゴンにでもなっていたらと思うと頭の中をかきむしりたくなる。
 それに耐えて、ようやく普通に泣きたくなった。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。そもそも始まりはいつからだったんだ。誰が悪かったんだ。俺か。それともさざんかか。それともなんだかんだで花子か。こんなゲームを売りつけてきたしづるのやつか。
 どうでもよかった。
 なんでもいいから助けて欲しかった。
 一秒後に自分が正気を失っているかもしれないというのは身に染みるほど恐ろしく、悲しく、情けなかった。
 どうしてこんなことに。
 そればかりが脳味噌をいたずらに駆け巡る。
 そのまま、無限に等しい時間が流れた。

       

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