Neetel Inside 文芸新都
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 都の中を歩いていた。民の実情を、この目で見る為である。政庁にこもりっぱなしでは、現実に則った政治が出来ないのだ。
 共にはウィンセと、数人の護衛を連れていた。ウィンセはすぐ傍に居て、護衛は少し離れて付いてきている。身なりは商人のもので、粗末でもなく、立派なものでもないようにした。ウィンセは、その商人の従者という恰好である。
 宰相の身なりだと、民は委縮する。どうしても、この国の政治を取り仕切っている宰相、という目で見てしまうのだ。これでは、本当の意味での民の実情は分からない。当然、顔も知られているので、被り物などをして軽い変装もしていた。
「こうして見ると、やはり国は豊かだと感じるな、ウィンセ」
「はい。民の表情もどこか明るい、という気がします」
「これだけを見れば、私の改革は成功した、という気になれるのだが」
 方々で、民の笑い声が聞こえていた。改革前は、この笑い声はずっと少なかったという気がする。
「そこの旦那、もう昼飯は食ったのかい?」
 ふと、横から声をかけられた。目を向けると、その男はニコリと笑った。
「いや」
「どうだい、ウチで済ませては? ここは百年の歴史を持つ老舗だよ」
「何が食えるのだ?」
「よく客に美味いと言われてるのは、饅頭だな。あとは、肉の中に野菜と飯を詰め込んだ料理も評判が良い」
 饅頭はともかく、後者は見た目のイメージが出来なかった。自慢ではないが、宰相が食べる料理というのは、小奇麗な見た目のものが多い。味だけでなく、目でも楽しませる、というのを料理人が意識しているのだろう。
 肉の中になんとか、というのが、少し気になった。しかし、どうにも食欲がなかった。私も、もう七十に近い老人なのだ。肉を食べるのも一苦労である。
「食ってみたいが、このとおり、老いぼれでな」
「後ろの従者さんは?」
 男が聞くと、ウィンセは黙って頷いた。
「食べるそうだ。では、こちらで頂くとしよう」
「お、まいど。それじゃ、中に案内するよ」
 そう言った男の後に付いて、私達は店の中に入った。同時に、美味そうな匂いが鼻をくすぐってくる。香辛料か何かだろう。昼飯時を少し過ぎている時間帯だが、客も多い。
 席についた。メニューを見るまでもなく、私は饅頭を、ウィンセは先ほどの肉料理を頼んだ。
「やはり、この都は変わったな」
「はい」
 ついさっきの男とのやり取りである。男は、私だけでなく、従者であるウィンセにも声をかけた。これは、改革前では有り得なかった事だ。改革前は、貪欲な商人しか居なかった。従者に食わせる飯など、残飯のようなものばかりだったのだ。さっきの男とのやり取りから察するに、そういう商人はもうずいぶんと減ったのだろう。従者もまともな飯を食うのが当たり前、という雰囲気があった。
 しばらくして、料理が運ばれてきた。私の饅頭は予想していたとおりの見た目だが、ウィンセの肉料理は皿の上に肉の塊が乗っかっているだけである。
 ウィンセは何でもない表情で、肉の塊にナイフで切り込みを入れた。肉汁が、じわりと流れ出ている。切り口から、美味そう匂いがしてきた。湯気もあがっている。
 中には、白米と野菜、あとは香草のようなものが入っているようだった。匂いと肉汁から察するに、肉の旨味も濃縮されているのだろう。
「美味そうだな。私など老いてしまって、肉などは受け付けない、と思っていたが」
「肉を香辛料で香り付けしているようです。それで、食欲を刺激されたのでしょう」
「私が食べてきた料理に、そんなものは無かった」
「当然です。これは、民の料理ですから。私は、どちらかと言えば馴染み深いですよ」
 ウィンセは一般家庭の出だった。そこから役人になるための試験を受けて、今の立場までになっている。
 この腐った国の中で、ウィンセのような男は稀だった。誰も彼もが、賄賂で役人になり、出世をしていくという世の中なのだ。そこを自力でのし上がって来たウィンセは、非凡という他なかった。
「饅頭ぐらいなら、私も食べた事があるぞ」
 言って、饅頭を口に入れた。思っていたよりも、ずっと美味い。餡の代わりに、魚肉が入っているようだ。これなら、胃にももたれないし、腹も満たせる。口の中に広がる香りは、ついつい次の饅頭に手を伸ばさせた。
「この前、南に行く機会があったんだが」
 ふと、隣の席の会話が聞こえてきた。
「ありゃ、人が住む地域じゃねぇな。賊徒やら異民族が暴れまくってて、治安が悪すぎる」
「サウスとかいう将軍が居なくなって、南は変わったらしいな」
「南に限った話じゃねぇさ。地方は、どこも危ねぇよ」
 それを聞いて、私はどこか暗い気持ちになった。私が思っているより、地方は深刻な状態に陥っているのかもしれない。
 頭の痛い事だった。やれるだけの事をやっている、というつもりはある。だが、結果が伴っていない。どうしても、何かが足を引っ張ってくるのだ。それは地方の役人が働く不正であったり、王の側に居る佞臣であったりする。
 さらに最近では、王の浪費の為に軍費を差し引け、という話までもあがってきていた。メッサーナという名の外敵を抱えているこの状況で、何を呆けた事を言っているのか。佞臣どもは、王の機嫌を取る為に、こんなとんでもない進言までもする。
 佞臣どもを、まとめて誅殺したい。そうすれば、もっとマシになるはずなのだ。だが、そうすれば宰相の職を解かれるだろう。いや、死刑になってもおかしくない。それほど、今の王と佞臣の距離は近い。
 やはり、王なのか。
 ハルトレインの言葉が、何故か頭から離れなかった。王を代える。あの男は、そう言ったのだ。
 最初は何を馬鹿な事を言っているのだ、と思った。しかし、それと同時に、誰も思いつきもしない発想をした、とも思った。王を代えるという事は、凄まじい暴挙だ。それこそ、国を揺るがす逆臣のする事だろう。だが、果たして本当にそうなのか。
 むしろ、国を揺るがしているのは、今の王ではないのか。佞臣の甘言に踊らされる王が、全ての元凶ではないのか。最近になって、こういう自問自答が多くなってきている。
 改革では、駄目だったのだ。腐りを取り除く事は出来なかったのだ。だが、王を代えれば、腐りを取り除く事が出来るのではないのか。王を私の傀儡としてしまえば、佞臣どもも近寄れない。いや、誅殺だって可能だ。そして、王の視点で政治を成す事ができる。そうすれば、地方まで私の力を及ばせる事が出来る。不正も、無くす事は無理だとしても、今よりはずっと少なくする事が出来るはずだ。
 しかし、それと同時に、本当にそうなのか、という思いもある。何しろ、やった事がないのだ。全ては、妄想の中の出来事でしかない。
 まだ、答えは出せない。だが、選択肢のひとつとして、残しておこう。私は、そう思った。
 いつの間にか、皿の上の饅頭を、全て食べ終えていた。

       

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