Neetel Inside 文芸新都
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 兵糧の遅滞が目立ってきた。本国からの輸送である。量自体は潤沢にあるはずだが、何故かそれが遅れる。つまらない文官か何かが、わざと遅らせているようにしか思えなかった。そうする理由など考えたくもないが、とにかく兵糧だけは何がなんでも確保しなければならない。食う物が無ければ、戦う事すら出来なくなるのだ。そうなれば、敗北は必至である。そして、この敗北は国の滅亡に繋がり、歴史が終わる。
 兵だけは決して飢えさせてはならない。本国には荒っぽいのをやって、原因の追究に努めているが、担当の文官にはのらりくらりとかわされてしまい、解決には至っていなかった。首を飛ばしてやりたい程、腹は煮えているが、ここは耐え時である。本国で血を見せれば、余計な懸念が増えるのは分かり切っているのだ。
 あれから、メッサーナとは何度かぶつかり合った。守りの要であるアクトを討ったおかげで、メッサーナはかなり脆くなっており、ぶつかり合いは全てこちらが制している。ヤーマスを討たれた事で攻撃力は落ちたが、その分はノエルの策でカバーしていた。だから、総合的に見れば、アクトを討った事の方が大勢に与えた影響は大きい。
 勝勢は得ている。兵糧の問題さえなければ、勝てる見込みは十分にあるのだ。
「解せません。なぜ、兵糧が遅れるのか」
 軍議の場で、ノエルが言った。ここ最近の議題は、もっぱら兵糧についてである。情けない話だが、それほど緊急を要しているという事でもあるのだ。
「文官どもが我々の足を引っ張っているからに決まっているだろう、ノエル」
「エルマン殿の考えは分かります。私もそう思っていました。しかし、それにしても、という気はしませんか?」
「あまりにも兵糧が遅れているな。異常とも言える程に」
 私は皮肉を込めて言った。戦地ではみんな命を張っている。それなのに、文官は邪魔をしてくる。なぜ、そういう思考が出来るのか、私には全く理解できない。
「そうです。確かに異常です。そして、兵糧が遅れる理由は様々です、ハルトレイン殿」
「理由ではなく、言い訳の間違いではないのか?」
「今は言い回しの事を喋っている訳ではありません。その理由のひとつひとつを、最初から検証できませんか?」
「やっているだろう。荒っぽいのをやって、担当者に追求している」
 だが、返ってくる報告書に記載されているものは、不明瞭なものばかりだった。それで私も頭にきているのだ。きちんとした報告をしろ、と何度も伝えたが、改善の様子は見えない。
「ハルトレイン殿、僕を都に行かせてください」
 ノエルが言った。全員の視線が、ノエルに集中する。
「何故だ?」
「策略の疑いがあると僕は見ています。メッサーナ側で、何か動きがあるのかもしれない」
「その根拠は?」
「ありません。しかし、この事態は異常です。いかに文官が腐っていようとも、この戦で我々が敗れれば、文官たちの立場が危うくなる事ぐらい理解しているはずです。それなのに」
「ダメだ、ノエル。お前はこの戦の要だろう。メッサーナ軍の軍師はルイス。あれを凌げるのは、今の陣中にはお前しか居ない」
「その前に兵糧です。兵糧をどうにかしなければなりません」
「エルマン、あとどのくらい保つのだ? このまま、兵糧が一度も届かない、とう前提でいい」
「二十日。それ以上は無理です」
 厳しい。私はそう思った。決戦を挑むには、まだ状況は整っていない。かといって、継戦も今のままでは難しいだろう。だが、ノエルを手放すのは、もっと苦しいはずだ。今のところ、ノエルの策で勝っている、という場面は少なくない。ルイスを出し抜く事も珍しくないのだ。
「ハルトレイン殿、七日です。七日だけ、僕に時間を頂けませんか」
 ノエルの目は必死だった。それはそうだろう。このまま放っておけば、間違いなく兵糧は欠乏する。そして、今の官軍の弱点は兵糧である。それ以外に弱点は無いと言って良い。
 しかし、ノエルが戦場を離れることで発生する弊害もまた多いのだ。まず、ルイスが頭角を現してくる事になる。それに乗じて、スズメバチと熊殺しも力を発揮してくるだろう。この二隊もノエルの抑えが効いていたのだ。
 策略。メッサーナがそれをやっているならば、何とかしなければならない。だが、根拠が無い。仮に策略であるなら、ノエルを送る必要がある。
 せめて、ウィンセが生きていれば、ノエルをやる必要は無かった。
 ここは決断を違えてはならない場面だ。ノエルを送り出すには、まだ状況が不安定過ぎる。
「ノエル、一人だ。メッサーナ軍の将を一人、討つ。それからにしろ」
 しばらく考えて、私はそう発言した。
「時間がありません、ハルトレイン殿」
「分かっている。だから、策を練ってくれ」
「討つ将は誰でも構いませんか?」
「構わん。お前が抜けた後でも、十二分に戦える状況を作り出せれば良い」
「わかりました」
 そう言ったノエルの目は、不敵な光を放っていた。すでに何かを思いついた、という所だろう。あとは、ルイスをどう出し抜くか、である。
 幕舎の外に出て、空を見上げると、星が瞬いていた。秋の夜空。それも、もうすぐで冬に変わる。
 開戦から、すでに四ヶ月が経とうとしていた。

       

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