Neetel Inside 文芸新都
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 ハルトレインが動きを見せた。各軍には堅守を命じているが、攻撃は激烈を極めている。まるで、決戦を挑んでいるかのような激烈さだった。
「支えきれません、バロン王。スズメバチ隊、熊殺し隊の両軍が、出動願いを出していますが」
 伝令兵が言った。支えきれないというのは、本陣から見ていても分かる。前線を担っているのはクリスで、その後方に槍兵隊が控えている、という格好だが、アクトを失った槍兵隊の動きは良くない。クリスとしては、非常に苦しい展開だろう。
 敵軍の核はハルトレインである。これは最初から何も変わっていない。ハルトレインを抑えなければ、どうにもならないのだ。
「レンとシオンが逸るのも分かるが」
 さらに側面から、フォーレとリブロフが仕掛けてくる。弓矢で追い散らしているが、正面のハルトレインが居る限り、何度でも攻めかかってくるだろう。
「敵の攻撃がやけにうるさいと思わないか、ルイス」
「私もそれが気にかかっています。我々の謀略の成果かもしれません」
 黒豹と白豹を都に送り込んでいた。ウィンセ暗殺以来の仕事である。黒豹ではダウドが命を落としたが、隊長のファラは無事だった。だから、黒豹の戦力そのものは落ちても、指揮能力は生きたままである。対する敵の闇の軍は、隊長が死んだせいで、まともに機能していない。つまり、今の黒豹は自由に動ける状態にあるのだ。
 任務の内容は兵站をかき乱す事だった。今の国は、武の方は無敵であっても、文の方はいくらでも綻びが見える。第一にまとめ役が居ない。これはウィンセを葬った成果だが、このおかげで謀略はかなり、やりやすくなったと言って良い。
 兵站をかき乱して、兵糧に遅延を発生させる。しかし、目的は飢えの誘発では無かった。というより、誘発しても勝敗には繋がらないだろう。なんといっても、国は強大である。兵站をかき乱しても、食糧そのものは潤沢にあった。そうなると、兵糧の輸送方法を変えられたりするだけで、いきなり作戦が失敗する。これを絶つために、黒豹を使ったのだが、それでも知恵者が出てくれば、どうにもならないだろう。この作戦が有効なのは、あくまで文官に凡愚しか居ない場合だけだ。
 真の目的は、戦線からノエルという知恵者を隔離するためにあった。そのために、わざわざ遅延理由を不明瞭にしたり、ハルトレインの改善命令に逆らったりして、異常事態だという事を暗に示したのだ。ノエルほどの知恵者であれば、それほど時を要さずに異変に気付く。
 あとはハルトレインがどう判断するかだが、ノエルを手放す方向に転がるだろう、というのが私とルイスの見解だった。今の国に、知恵者らしい知恵者はノエルしか居ない。ノエルでなければ解決できない問題だと判断すれば、ハルトレインは嫌でも手放す。そして、兵糧は軍の命である。それが遅れている、届かないのをどうにかする、というのは、ノエルを手放す理由としては、上等すぎるだろう。
 アクトの言葉は忘れていない。ハルトレインは最強である代わりに、孤独。しかし、その孤独を埋めているのがノエルの策であり、看破力なのだ。つまり、ノエルをハルトレインから遠ざければ、自ずと勝利は見えてくる。圧倒的な武を前に力を発揮するのは、やはり策である。そして、ハルトレインそのものは、策に対する免疫は強くない。
 単純に戦が上手い。強い。これだけならば、レオンハルトと並ぶか超えるかだろう。しかし、若さ故に経験が無い。レオンハルトは老齢だったが、その代わりに豊かな経験があった。その経験のおかげで、策を見破れた、というのもあったはずだ。だが、ハルトレインにはそれが無い。大将軍に上り詰めるまでの過程も、策略戦の類のものではないのだ。
 ハルトレインの激烈な攻撃は、今もまだ続いていた。決死な動きである。
「ルイス、どう思う」
「ノエルが絡んでいるのかどうかは分かりませんが、あの攻め方は特異なものがあります。うかつに軍は出さず、堅守でしょう。その後、間者で何らかの情報を得るようにした方が良いかと思います」
 ルイスの意見に私も同意だった。ノエルが何らかの策を練っていた場合、下手に動くと危険である。それは度重なる戦で、嫌というほどに思い知らされた。とにかく動かなければ、策にはまるという事もない。消極的だが、最も有効な手段だった。
 夕刻まで、敵軍の攻撃は終わらなかった。陽が落ちたことを切っ掛けに、ようやく敵軍は引き上げていった。
 次々に犠牲の報告がされていく。やはり、クリス軍の消耗が激しいようだった。
「何故、戦わせてくれなかったのです、バロン王」
 レンだった。口調は落ち着いているが、目の奥では怒りの色が見える。今回の謀略は、私とルイスしか知らない事だった。情報の漏洩だけは、何としても防がなければならない。まともな戦では勝ち目が見えないのだから、なお更の事である。
「時が来ていないからだ」
 レンは表情は変えなかった。わずかに目を細めただけだ。
「バロン王」
 ルイスが紙面を渡してきた。伝令兵のものだろう。それに目を通すと、ノエルが戦線を離脱した、という事が記されていた。目立たないように、戦中に離脱した事も書かれている。ハルトレインの激烈な攻撃は、そのためのものだったのか。
 しかし、これで準備は整った。
「明朝、攻撃を仕掛ける」
 私がそう言うと、一座の面々がはっとする表情に変わった。
「ルイス、軍の配置を考えてくれ。尚、ハルトレインはスズメバチと熊殺しで相手をする。今までは、かなり動きが窮屈だったろうが、次は違う。ハルトレインと戦う機会は必ず作る」
 そう言ったが、レンの表情は変わらなかった。

       

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