Neetel Inside 文芸新都
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 馬上で、目を凝らしていた。すぐ隣には軍師のノエルが居て、戦況の把握を担っている。ノエルは頭は良いが、現場の指揮が下手だという欠点も持ち合わせていた。これは文官特有のものだろう、と私は思っている。戦もできる文官というのは、私が知る限りではヨハンとルイスの二人だけだった。
「レキサス殿」
 ノエルが声を漏らしたが、私は無視した。間もなくして、ハルトレインとレンが激突したのだ。ノエルの唾を飲む音が聞こえる。とりあえずは、第一段階が成功した。次は後退である。これはハルトレインに一任しているから、失敗は無いだろう。
 剣戟の音が、激しく鳴り合っている。互いに宿敵同士だからか、初っ端から激しい戦闘を繰り広げていた。敵味方の各軍が、援護に入ろうと懸命にけん制し合っているが、それすらも許さないような戦いだった。
 スズメバチがハルトレインの騎馬隊の側面に回りこんだ。しかし、ハルトレインは騎馬隊を巧みに動かして、側面を正面へと変える。そこでぶつかり、凌ぎを削る。そういう事を幾度と無く、繰り返した。互角である。しかし、兵力が勝っている分だけ、ハルトレインに余裕が見えた。
 その時、スズメバチが一瞬だけ、離脱を見せた。ほんの一瞬である。各軍が援護に入るなら、この時だが、現場に居て反応できる者が何人居るのか。反応できたとして、軍を動かせる者が果たして居るのか。
 そう思った刹那、青と黄が混じった具足。
「熊殺し隊。確実に挟み込んでくるな」
 見事という他、なかった。ルイスの陣立ての影響が大きいが、シオンの判断力もズバ抜けている。レンの呼吸を知っているのはもちろんだろうが、ハルトレインが嫌がる確実なタイミングを選んできたのだ。
 形勢が傾き始める。ハルトレインも芝居ではなく、本当に苦しくなっているように見えた。スズメバチで手数を稼ぎ、熊殺しで強烈な一撃を叩き込む。それも多方面からの攻撃である。特にスズメバチの手数の中には、かく乱も混じっていて、私がハルトレインなら悲鳴をあげたくなるような状況だろう。
 ジワリ、ジワリと押され始めた。これは芝居なのか、本気なのか、ここからでは判断が付かない。しかし、レンとシオンは確実な手応えを感じているはずだ。ここが正念場である。バロンとルイスが、どういう指揮を執るのか。
「後退の指示を。後退の指示を出さなければ」
 ノエルの声が震えている。指示を出すのはハルトレインだ。戦い続けている。まだ、引っ張れる。そういう事なのか。
 スズメバチと熊殺し。二隊が合わさって、一挙に突撃をかませてきた。トドメの一撃。まさにそういう動きである。
 瞬間、ハルトレインの旗が揺れる。波が引いていくかのような後退。さらにメッサーナ軍の角笛。追撃の構えだ。
「ノエル、かかったぞ。太鼓だ」
「はい」
 ハルトレインが退がる。両脇に林。そこまで引き込めるか。スズメバチと熊殺しは、尚も追い続けている。
 林。踏み込む寸前。スズメバチの勢いが、急に消えた。警戒。
「ノエル、太鼓」
「まだ、引き込めていません」
「鳴らせ、急げ」
 言うと同時に太鼓が鳴った。スズメバチは半分だけ、林の中に入っている。そこに両脇から伏兵が襲い掛かる。しかし、この効果は薄い。すでにレンは気付いたと判断して良いだろう。対処が落ち着いていた。伏兵なのに、逆に蹴散らされ始めている。
 しかし、ハルトレインが反転し、三方からの攻撃になった。熊殺しが支援に入るが、ハルトレインが圧倒的とも言える程に押し始めている。
「ノエル、エルマン殿を後方へ。バロンの足止めだ。急げ」
 ノエルが慌てて指示を出す。ハルトレインの動きが早い。それに対して、ノエルの指揮が遅れてしまっている。
 すぐにエルマンが歩兵を率いて、バロンの抑えに回った。あとはクリスと獅子軍だが、これにはリブロフを充てる。また、私の軍がこの場に居るだけでも、かなりのけん制になるはずだ。フォーレは残り九回の伏兵の指揮である。
 全てはハルトレインが握っていた。ハルトレインを軸にして、この十面埋伏の計は成り立つ。
 スズメバチと熊殺しが耐えかねて、後退を始めた。それをがむしゃらにハルトレインが押す。レンが必死なのは、ここからでも分かった。何か感じているのだろう。後退する事に対して、異常なほどの拒否反応を示している。
 しかし、ハルトレインは容赦しない。兵力を上手く使い、無理矢理にでも後退させるつもりだ。

 踏ん張ろうにも、踏ん張れない。後退はまずい。本能的な何かが、俺にそう教えている。
「レン殿、無理に耐え抜いても仕方ありません、後退をっ」
「ジャミル、地形をよく見ろ。所々に丘陵、林がある。後退するにしても、そこを避けたい」
 言いつつ、槍を振り回した。敵が乱れ飛ぶ。しかし、すぐに次の敵が襲ってくる。キリがない、というやつだ。
「伏兵を見越しているのですか」
「わからん。すでに伏兵は受けた。あるとしても、あと一度だろう、というのが常識だ。仮に一度なら、どうにでもなるが」
 二度目以降は厳しい。無我夢中で本陣まで駆けなければ、死ぬ事だって有り得るだろう。だが、ここで踏ん張っても仕方が無い。バロンやクリス、獅子軍の救援は得られない状況になってしまっているのだ。
「丘陵、林を避ける退路はありません。熊殺しと協同し、後退しかないでしょう」
 突破はできないのか。すなわち、目の前のハルトレインを貫く。しかし、その先にはレキサス軍だ。ハルトレインを貫いて、レキサスをも貫けるのか。
 良くできた陣構えだった。伏兵があるとするならば、これ以上にない陣構えである。まるで、最初から想定されていたかのようだ。
「策、か。策の可能性が高い」
 ならば、伏兵はある。
「ジャミル、命を賭して付いて来い。全速で駆けるぞ。シオンに伝達、遅れてはならぬ、と伝えろ」
 手綱を握った。タイクーン、頼むぞ。
 反転。同時に駆ける。林。太鼓が鳴った。敵が飛び出てくる。やはり。そう思った。
 槍。風車のように振り回した。蹴散らす。風の音。矢だった。周囲の兵が、次々に落馬していく。
「生きて帰りつけっ。一心不乱に駆け続けろっ」

       

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