Neetel Inside 文芸新都
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 メッサーナ軍を追い詰めた。メッサーナ軍はジワジワと退がり続け、コモン関所を背にして陣を組んだのだ。コモン関所は、メッサーナの最終防衛ラインである。これはいわば、背水の陣だろう。ここでメッサーナ軍を打ち砕けば、一気にピドナまで行ける。ピドナまで行けば、天下は決したも同然だった。
 ただ、コモン関所の中に逃げられると面倒なことになる。篭城戦になるからだ。こちらは進軍を続けたせいで、兵站が伸びきってしまっている。今も兵糧には苦しめられていて、三日に一度の供給という具合になっていた。それでも、兵は耐えている。目前に勝利があると確信しているのだ。勝利を確信した兵は、予想を遥かに超える粘りを見せるのである。
 コモン関所を抜けば、天下は定まる。そして、私達は今、メッサーナ軍をコモン関所にまで追い詰めている。
 しかし、本当に追い詰めているのか。形としては、確かにそうだ。だが、ここまで来るのに、大したぶつかり合いはしていない。せいぜい、小競り合いを数度ほどやっただけだ。そして、メッサーナは後退をし続けた。
 引き込まれてはいないのか。追い詰めていると見せかけて、追い詰められていないか。兵糧はノエルのおかげで、改善の傾向を見せてはいるが、遅滞は今も続いている。これはつまり、メッサーナの謀略がまだ働いている、という事ではないのか。
 本来ならば、アビス原野で戦をしたかった。アビスならば、野戦が出来る。そして、単純な軍のぶつかり合いが勝敗を決める。伏兵などの要素はあるが、兵站が伸びる事はないし、本国からの支援も受けやすい位置でもあった。それに対し、メッサーナは私達とは逆の立場になる。つまり、兵站が伸び、ピドナからの支援も受けにくいのだ。
 しかし、アビスに留まることなど、出来るはずもなかった。勝ちすぎたせいだ。連戦連勝であり、苦しいという局面も戦という観点でみれば、ほぼ無かったと言って良い。そこにノエルを手放し、唯一の懸念であった兵糧問題も解決に向かわせた。
 兵が、将が、勝利に向かって一直線だ、という空気を持っていた。それを抑える術を、私は持っていなかった。頼りにできるのはエルマンだったが、そのエルマンも勝利を確信していた。だから、少しずつ進軍という手段を取るしかなかった。少しずつ進軍することによって、戦機を得られると思ったのだ。しかし、この考えは甘かったのかもしれない。
 もっと深いところで、いや、もっと前の段階で、何かが起きている、と踏むべきだった。そして、その時点で決戦を挑むべきだった。もし、仮にこれから私が大きな罠に嵌ろうとしているのならば、全ては遅い、という結論に達するだろう。
 ただ、今はコモン関所までメッサーナを追い詰めており、ここを抜けば天下、という状況下にある。とにかく、現実はそうなのだと思うしかなかった。私の考えていることは、ただの杞憂かもしれないのだ。
「ハルトレイン殿」
 レキサスだった。いつの間にか、レキサスは私の腹心という位置づけになっている。視野も広く、私と考えている事も似ていた。ただ、年齢が若いせいで、その意見は軽視されやすい。地方軍を掌握している立場であり、官位でいうならば、軍事の第二位に位置する。それでも、この有り様だった。この辺りは、官軍の脆さと言っても良いだろう。
「都周辺で賊徒の決起が頻発しています。しばらく、ノエルは動けないでしょう」
「そうか。仕方あるまい。しかし、この期に及んで賊徒の決起か」
 何か臭う。しかし、これは言葉にはしなかった。不安や懸念といったものは、レキサスはもちろん、エルマンにも極力、言ってはいない。
「ノエルが居れば、と思わざるを得ません」
 そういったレキサスを、私はジッと見つめた。共に馬上である。小高い丘の上に立って、自陣を見下ろしていた。
「この戦、何かがおかしいと思いませんか」
「具体的に言ってみろ、レキサス」
「メッサーナに踊らされているような気がします。ノエルをこちらに呼び戻したい。私はそう思うのですが」
「無理だな。ノエルを呼び戻せば、兵糧が来なくなる。ここまで攻め込んだのだ。兵糧が無くなれば、飢えるしかない」
「そう、攻め込んでしまった。他の将は気付いてもいませんが、攻め込んでしまったのです。ハルトレイン殿」
 レキサスは、かなりの所まで掴んでいる。私はそう思った。
 本来なら、メッサーナが攻め込んできた戦だったのだ。だから、それを打ち払うだけで良かった。進軍などせず、打ち払い続ける事で勝ちを得られた戦だった。打ち払い続け、メッサーナが本格的な撤退を開始した時に、なだれ込むように攻め立てれば、天下を決する事も出来たはずだ。それなのに、中途半端な戦勝を繰り返し、今ではコモン関所まで進軍している。
「追い詰めているのだ、レキサス。メッサーナをここまで、追い詰めた」
「ノエルを」
「くどいぞ」
「ならば、撤退を申し上げます」
「突拍子も無いことを言うな。それが無理なことぐらい、わかっているだろう」
 妙な噂を流されている。私が私心を抱き、何かを企んでるだとか、そういう類の噂だ。そういう状況下で撤退を言い出せば、反乱が起きるかもしれない。反乱が起きれば、一気に全てが崩れるだろう。決定的な負けになることは確実である。
「ハルトレイン殿も勘付いておられる。いつからです?」
 先の私の撤退は無理、という発言で、レキサスは私の不安や懸念を掴みきったようだった。ノエルの才で押し上げられた男だと思っていたが、鋭い所も持っている、という事なのか。
 しかし、何も答えなかった。答えたところで、何も意味は無い。
「王が居れば、いや、王さえしっかりした者であれば、勅命という形で撤退を」
「くどいと言っている」
 レキサスが言ったことは、私が何度も考えたことだ。大将軍の私に抑えられないならば、王の命令という事でアビス原野に留まるしか無かった。しかし、それに気付いた時、すでに事態は佳境を迎えていた。
 せめて、宰相が居れば良かった。だが、その宰相すらも居ないのが、今の国なのである。
「決戦を仕掛けるしかあるまい。それに私には、待ち人が居る。撤退など、出来るものか」
「隻眼のレン、ですか?」
「レキサス、決戦の際、お前は後方に居ろ。決して前に出るな。そして、生きて国に帰れ」
 レキサスの問いにはあえて答えず、私はそう言った。
 メッサーナを追い詰めているはずだ。再度、私は自分にそう言い聞かせていた。

       

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