Neetel Inside 文芸新都
表紙

剣と槍。受け継ぐは大志
第三章 旅路

見開き   最大化      

 丘の上に寝そべり、星を見ていた。一人である。左眼を失ってから見る冬の夜空は、どこか儚く美しかった。
 村に滞在して、二ヶ月が経とうとしていた。追い払った賊は、あれから一度もやって来ていない。武器を振る村人の姿も、立派なものになってきた。これで、賊も簡単に手出しできなくなっただろう。自警団を持っているという噂は、すぐに広まる。
 旅を始めて、もう一年以上が経過していた。ピドナを出発する時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
 最初は一人で旅に出るつもりだった。ピドナの太守(知事の意)であるバロンにそれを相談したら、成長して帰ってこい、とだけ言われた。旅の目的などを聞かれたが、多くは語らず、戦う理由を見つけるためだ、とだけ答えた。バロンも、これ以上は聞いては来なかった。
 旅に出る前日、ニールが一緒に行く、と言い出した。迷ったが、口元に頑迷な線が見えていた。これでは、止めても無駄だと思い、仕方なくという形で承諾した。何故、ニールが一緒に行く、と言ったのかは分からない。聞いても、なんとなくだ、としか答えなかったのだ。
 そして、ピドナを出発した。兄と慕うクリスは最後まで心配そうにしていたが、バロンは見送りにも来なかった。そうする必要がないと判断したのだろう。成長して帰ってくる。俺は、そう約束したのだ。ニールの父親であるシーザーも、何も言わずに息子の旅立ちを横目で見ていただけだった。
 ニールとは幼少からの付き合いだった。仲良くなり始めたきっかけは、父親が軍人という共通点からだったような気がする。
 ニールはいわゆるガキ大将で、俺によく絡んできていた。当時の俺は、そんなニールが苦手だった。そして、ふとした事で喧嘩になった。よくある童の取っ組み合いである。結果から言えば、喧嘩は引分けに終わった。それで、ニールが親父に言いつけてやる、と言ってきた。俺も頭に来て、自分もそうしてやる、と言った。そこで、自分の父親がシグナスであり、ロアーヌであるという事を明かしたのだった。
 そこからは、何となくという感じで仲良くなった。ニールは相変わらずガキ大将だったが、俺が槍を使い始めてからは何故か俺がガキ大将のような扱いにされていた。父であるロアーヌからは、シグナスも昔は不良どもを束ねるやんちゃ者だった、と言われた。
 槍の扱いに慣れてきた頃、ルイスに軍学を教わるようになった。最初は訳のわからない事だらけで、その事をルイスが容赦なくこき下ろしてきた。それが悔しくて、見返してやろうと努力した。そのおかげか、結果としては、人並以上のものを習得する事ができた。だが、それでもルイスには馬鹿にされた。というより、嫌味のようなものである。それも悪意がないという事がわかってからは、受け流すように努めていた。慣れてしまえば、その嫌味も会話の応酬として楽しめた。
 周囲から気にかけられている、というのは何となく感じていた。幼い頃に父親を亡くした。それで、大人達は自分に気を使っている。この事は嬉しくもある半面、それに甘えてはならない、と俺に思わせた。
 最初に、強くなろうと思い定めた。実父であるシグナスのような男になりたい、という一心から、俺はそう決めたのだった。だが、今思えばそれは、早く一人前になりたい、という動機からだったような気がする。まだ世間も何も知らない俺が行き着いた答えは、強くなる事だったのだ。
 そして、初陣だった。この初陣で、俺は左眼を失った。武神の子、ハルトレインに敗れたのだ。
 槍での勝負は互角だったと言っていい。いや、もしかしたら俺の方が劣っていたかもしれない。それでも、勝負はできた。だが、問題は槍ではなかった。
 見えたのは光だった。その光が見えた直後、視界の左半分が消えていて、ハルトレインは、私の剣をかわした、と言った。
 剣。ハルトレインは、武器を持ち替えたのか。つまり、剣と槍の二段構え。しかし、今となっては真相はわからない。当時の俺の武芸は未熟だったと言わざるを得ないし、何より俺には大切なものが欠如していた。
 それは、戦う理由だった。全ての基本となるこれが、俺にはなかった。
 そして俺は、長い療養生活の中で、旅に出ようと決心した。父、ロアーヌの死は、俺の心に多大な衝撃を与えた。だからこそ、旅に出ようと決心したのだ。シグナスが、ロアーヌが抱いた大志。それを、俺も見つめる必要がある、と感じたのだ。
 一年の旅の中で、二人が抱いた大志が俺にも見えてきた。この国は、腐りきっている。特に地方は、人の世とは思えない様相を呈していた。その中で、人々はひっそりとした暮らしを営んでいる。
 戦う理由、大志は、見えた。二人が抱いた大志、すなわち、この国を倒すという夢は、俺が受け継ぐ。だが、それと同時に、もっと今の国の姿を見てみたい、とも思った。民は、どうしたいのか。もっと言えば、本当にメッサーナは国と戦っていいのか。俺が受け継いだ大志は、民の想いと合致しているのか。
 今のまま、メッサーナに帰って国と戦えば、これは独善になりかねない。本当に、民は国が嫌なのか。メッサーナに成り代わる事に不満はないのか。これだけでも、確認する必要がある。
 終わりの見えない旅だという事はわかっていた。だが、答えが見つかりかけている、という思いも同時にあった。
 そういう旅の中で、シオンと出会った。
 不思議な男だった。出会った瞬間、自分の足りない何かを持っている男だ、と感じた。ニールとは全く違う、特別な何かを、シオンは放っていたのだ。
 賊退治を通して、それはより確実になった。共に旅をさせて欲しい、と願い出て来た時には、宿運を感じた。
 シオンも同じような事を感じたのだろうか。今では義弟となり、兄上、と俺を慕ってくれている。そして、シオンは方天画戟の達人でもあった。その腕前は相当なもので、何度か立ち合いをやってみたが、欠点というようなものは見当たらなかった。もっと修練を積めば、天下に名を轟かせる豪傑になる可能性も秘めている。
 かつての剣のロアーヌと槍のシグナス。俺とシオンも、そうなる時が来るのかもしれない。
「兄上、こちらでしたか」
 寝そべったまま星を見つめていると、シオンの声が聞こえた。
「もう、季節は冬です。あまり長い間、外におられると風邪を引きます」
「すまなかった。ちょっと、考え事をしていたんだ」
「昔の事ですか?」
 シオンが、俺の傍に腰を下ろした。すでに霜が降っているのか、草の湿った音がしている。
「まぁ、そんな所だ。ニールはまだ調練をやってるのか?」
「村人ではなく、俺の子分ですが。子分達も、自分で望んで調練をやってます」
 シオンの子分は、いくらか変化を見せていた。自分達で生き抜く、という意志を見せ始めたのだ。賊退治をした頃は、シオンに依存している、という面が強かった。
「年明けには、この村を出よう。一つの所にこれ程、長く留まったのは、今回が初めてだ」
「はい。俺も同じです。兄上と一緒だったので、そう長くは感じませんでしたが」
「次は、少し南に行ってみようか。そこには、とんでもない大河が流れているらしい。また、何か見つかるかもしれない」
 言って、俺は上体を起こした。
「星は綺麗だな、シオン」
「はい」
 返事をしたシオンは、微かな笑顔を作っていた。
 シオンの目には、この星空はどう映っているのか。儚さは、見えているのだろうか。
 俺は、そんな事を思っていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha