Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第二十三章 成し遂げるは大志

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 前だけを見据えた。バロンが降伏を勧めてきた事など、すぐに頭から追い払い、ただひたすら前だけを見据えた。
 虎縞模様の具足と、青と黄が入り混じった具足が原野で待っている。
「全軍に休止を命じる。旗本だけ、ついてこい」
 それだけを言い残して、私は馬を進めた。その背後を、五百騎の旗本が付いてくる。
「ハルトレイン殿、何をされるつもりですか」
 レキサス。背後である。それは分かっていたが、振り返らなかった。返事をする気もない。私は、全軍に休止を命じているのだ。
 虎縞模様の具足を着た兵の顔が、はっきりと視認できる距離まで近寄った。
「久しぶりだな、隻眼のレン」
 先頭に居る男に向かって、私は声をかけた。左目の刃傷。じっくりと見るのは、久しぶりだという気がした。この男の左目は、確かに私が奪ったものだ。いや、左目だけではない。父の命すらも、奪った。私は、この男から様々なものを奪い続けてきた。
 私が声をかけても、レンの表情は変わらなかった。雰囲気が変わっている。甘さが抜けた、良い顔をしていた。
「ハルトレイン、まずは我が主の非礼を詫びたい。申し訳なかった」
「気にしていない。バロンは、私の命を惜しいと思ったのだろう」
 くだらない事だった。大将軍でありながら、その軍を掌握しきれない男の命など、たかが知れている。
「これまで、俺はお前と何度も戦った。何度も戦場で巡り合い、何度も戦場で命を燃やしてきた」
「そうだな。そして、決着はつかなかった」
「つきようも無かったのだと思う。俺はお前に、勝てるとは思えなかった。勝とうという気はあったが、勝てるという思いは抱けなかった」
「かつての私も、剣のロアーヌに対して、同じような思いを抱いていた」
 少しばかりの沈黙。レンは私に何を伝えようとしているのか。残った右目を覗き込んで、それを窺おうとしたが、複雑な感情しか読み取る事が出来なかった。
 この男は、終焉をみている。何の、とまでは言えないが、いずれかの終焉をすでに見ている。
「もう、終わりにしよう。ハルトレイン」
「そうだな。決着をつける時が来たのだ、と思う」
 レンの表情は、尚も動かない。強い。単純にそう思った。余計な感情が全て排除されているのだ。隻眼のレンの弱点は、憎しみだとか怒りだとか、そういう感情だった。つまり、弱点が消えた。
「お前の弟は、退げておけ。死ぬぞ」
 私がそう言うと、レンの隣に控えていたシオンが僅かに眉を動かした。
「とうに戦場では命を捨てている。ここで果てようとも、後悔はない」
「そうか。好きにしろ」
 それだけだった。それで、自陣へと駆け戻った。睨み合う。外から見れば、異常な光景だろう。数万の軍が対峙しているというのに、実際に睨み合っているのは、僅かに五百と五百なのだ。
 両軍は何かを感じているはずだ。私とレン、そしてシオンは、決して手を出すな、という気を外に向かって放っている。それも全身で、戦場に居る全ての者達に訴えかけるかのようにだ。
「天下はすでに決している。しかし、私達の勝負だけは別の次元の話だ。正々堂々、決着をつけようではないか」
 呟きだった。それでも、レンはその呟きが聞こえているかのように、私を見据えて頷いていた。レオンハルトの血筋と、ロアーヌ、シグナスの血筋。同じ天は戴かない。だからこそ、決着をつける。どちらか片方の死をもって、それは決まる。
「いくぞ、隻眼のレン」
 馬体を腿で絞り上げた。疾駆する。

 槍を執った。全身が熱い。しかし、その熱さの中にあるのは明鏡止水の心だ。今、分かった。今まで、俺はこの熱さに身を任せていたのだ。だから、ハルトレインに勝てなかった。熱さが全身を支配し、感情を剥き出しにした。それはある種の強さだろう。しかし、ハルトレインにこの熱さはあったのか。ハルトレインは孤独。それはすでに、俺の胸に刻み込まれている。
 一歩、引いた視点で自分を見ていた。強くなった。精神的な面でしかないが、それでも強くなった。ようやく、俺はハルトレインと同じ土俵に上がったのだ。
 風。駆けていた。すでにハルトレインが槍を構えている。
 その刹那、火花。ぶつかっていた。白い光が視界を支配した次の瞬間、馳せ違っていたのだ。
 反転する。ハルトレインは、すでにこちらに向けて駆けていた。五百騎が、まるで一頭の獣だ。狂ったように原野を馳せ、全ての兵がハルトレインに追従し、呼応している。これが、ハルトレインの軍。
 再び、ぶつかる。二人の兵を馬から突き落とした。駆け抜けざまに剣。両脇。それを槍の柄で軌道を変え、同士討ちのような格好にさせた。周囲の敵兵が呻きに近い声をあげる。
「神業だな」
 そう言ったハルトレインは、一本の槍で三人を一挙に貫いていた。そのまま膂力(りょりょく)で槍を振り回し、屍は原野へと消えていった。
「その口でよく言う」
 瞬間、側面から熊殺しの突撃。しかし、ハルトレインは微動だにしなかった。強力な攻撃のはずだが、効いていないのだ。
 おそらく、シオンはこの戦いに付いてはこれないだろう。今、この戦いにおいて、シオンは一段、いや、二段ほど質が劣る。それは決して強さという意味ではない。誰にも言い表せない何かが、シオンには足りていないのだ。そして、俺とハルトレインだけがそれを持っている。
 弟が愚かでなければ、自ら身を引くはずだ。そして、例え愚かであろうとも、俺にシオンを救う気はない。すでに、そういう次元は超越してしまっているのだ。
 しかし、シオンは原野を駆け回り続けていた。暗に連携を示唆しているが、俺はそれに応じる気がなかった。
 そして、俺は弟の死を覚悟した。

       

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