Neetel Inside 文芸新都
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 天を見上げていた。蒼い空が視界に広がっている。冬は終わりを告げ、春を呼ぼうとしていた。ただ、風は冷たい。
 澄んでいた。心も身体も、命さえも澄んでいた。ここからは、一秒毎が生涯を賭ける一瞬となるだろう。そして、そこで得られた結末は、天命という名の終焉である。俺か、ハルトレインか。
「タイクーン、行こうか」
 そう呟き、俺は視線を前に戻した。シオンを退けたハルトレインは、真っ直ぐに俺だけを見ている。射抜くような視線。ハルトレインは、弟の命をいたずらに奪わなかった。やろうと思えば、即座に討てたはずだ。しかし、あえてそれをしなかったのは、やはり俺との決着を最優先させたからだろう。
「スズメバチ隊は、死力を尽くす」
 片手で手綱を取り、もう片方の手で槍を握り締めた。ハルトレインが隊列を整え、気を充溢させている。視線は合ったままだ。余計な意思などは存在しない。決着を求める気が、気だけが、互いに高まっていく。
 隻眼のレン、これで決めよう。
 ハルトレイン、俺はここで宿命に終止符をうつ。
 そういう言葉を交わしたような気がした。そして、互いの気が、極限まで高まった。
 いまこそ、決戦の時。
 気が爆発した。同時に疾駆する。風。それを感じた刹那、交錯していた。全身で、手応えを感じた。しかし、それはハルトレインも同じだろう。互いに、犠牲をほぼ同数、出しているのだ。しかし、俺の方が抉られ方が深い。交錯の瞬間、ハルトレインがスズメバチの側面を捉えていた。甘いのだ。俺の動きが甘い。まだ、何かに執着している。全てを捨て去る覚悟をしていない。
 歯を食い縛った。失った左目が熱い。何故、俺は左目を失ったのだ。ハルトレインに奪われたからだ。ならば、何故奪われた。志が無かったから。俺が弱かったから。この男の背中を、ずっと俺は見続けていた。
 ぶつかる。押し合いになった。どちらも一歩も引かない。剣戟の音が鳴り響く。激しい攻防戦である。しかし、何がなんでも離脱だけはしない。背中を見続けるのは、もう終わりだ。この男と向き合い、全てを賭ける。
 槍。放った。ハルトレインがかわす。それと同時に敵兵の槍。それを槍の柄で撥ね上げ、返す手で敵兵をなぎ払った。ハルトレインの目が燃える。来い。目でそう言った。すぐに槍が来る。速い。速過ぎる程だ。今まで見てきた槍の中で、最も速い。それだけじゃなく、力強さまでもある。その威は、俺を圧倒してきた。
 身体を回し、槍をかわす。それでも、身体を抉り取られたかのような錯覚に陥った。気だ。気で、抉ってきたのだ。その槍に敵兵が連携を取ってくるが、周囲の兵がそれを防ぐ。
 吼えた。身体の奥底が熱い。心が燃え盛った。俺が失ったのは、左目だけか。違う。父を、誇りさえも失った。何故。その答えは、今ここにある。
「全てが未熟だった。人として、男として、志も持たずに戦場に赴き、己の強さだけを恃みにしてきた」
 槍に全てを込める。闘志を、明鏡止水の心を、命すらも、全てを何もかもを込めて、槍を風車のように振り回した。
 敵兵がモノのように吹き飛ぶ。血が宙を舞い、風が竜巻のごとく巻き起こった。
「俺は駄目な男だ。父の志を受け継ぎ、戦場に再び舞い戻ったが、それでも俺はお前に勝てなかった。いや、勝てるはずもなかった」
 ハルトレインは何も言わない。風が、尚も渦巻く。互いの兜の緒が、天に向かって巻き上がっていた。
「お前は間違いなく、不世出の英傑だ。ハルトレイン、お前は何を想う」
「隻眼のレン、不世出の英傑は私だけではない。お前もだ。ただ、時代を同じくして生まれた。そのせいで、お前は私の下に埋もれる事となった」
「今は違う」
「そうだ。だからこそ、お前は今ここで私と渡り合っている」
 槍。互いが同時に放っていた。刃が触れ合う。閃光。そして周囲に衝撃が走った。二人の気が、周りの全てを吹き飛ばす。原野の草が、散り散りになった。
「間違いなく、決着がつく。ものの数分で、どちらかが死ぬぞ」
「その決着のために、俺はここに居る。それに、命などはどうに捨てた」
 もう一度、槍を放つ。ハルトレインが、やはり合わせてきた。刃が触れ合う。いや、ぶつかったのか。閃光が走り、衝撃が全身を貫いた。
 身体が宙を舞っていた。吹き飛ばされたのだ。視線を走らせると、ハルトレインも同じように吹き飛んでいた。すぐに身体を丸め、回転しながら地に降り立つ。背後に目を向ける。タイクーンが全身を痙攣させ、横たわっているのが見えた。
 ここからは、独りで闘う。さらば、とは言わない。俺は負けるつもりは無いのだ。
 槍を構えなおす。ハルトレインも構えなおした。互いに徒歩(かち)である。真の意味での、武が試される。
 気を放った。ハルトレインの気。圧倒的だった。天下最強、史上最強の気だろう。並の男なら、この気に触れただけで失神する。
 全身が熱かった。何もしていないのに、呼吸が荒くなっていく。額に汗が、にじみ出てきた。風は冷たいはずなのに、炎の中に佇んでいるかのようだ。
 唾を飲み込む。喉が、渇く。その渇きが、耐え難いものになってきた。ハルトレインの目。壮絶な目だった。あれが、最強の男の目だ。
 ハルトレインが、一歩踏み出してくる。反射的に退がろうとする身体を、気で支えた。負ける。その想いが、一瞬だけ俺の心を過ぎった。
 右目を閉じる。また、あの男の背中を見るのか。違うだろう。向き合うと決めた。そして、全てを槍に込めたのではないのか。
 目を開けた。もう、迷いや恐れなどはない。汗も引き、呼吸も落ち着いていた。
 気。放つ。押し合いになった。踏み出すその時を、お互いに探り合っている。
 決着の時は近い。

       

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