Neetel Inside 文芸新都
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 ニールから言われた事が、ずっと気になっていた。お前は強い。だから、ダウドの事がわからない。ニールは、そう言ったのだ。
 ダウドの事は、よく理解しているつもりだった。気が小さく臆病で、子分の中でも手のかかる方ではあったが、頑張り屋でもあった。そして何より、やると踏ん切りが付けば、信じられないような働きもする。ダウドは、そういう男だった。
 いや、そういう男であったはずだった。ニールが言ったのは、臆病ではなく、用心深い、という事だった。俺よりも、ずっと付き合いが短いはずのニールが、ダウドの事をそう評したのだ。
 ニールの稽古が、見ていられなかった。ダウドの良い所を、潰してしまう、そういう稽古だった。だが、実際はそうではなかった。稽古に口を出したら、ニールに正論を吐かれて、ダウドもニールのやり方を受け入れていた。
 それが何故か、辛かった。ダウドの事をよく理解していなかったからなのか。ニールに言い負かされたのが、悔しかったからなのか。
 今夜も、眠れそうになかった。
 俺は上半身を起こして、焚き火の方に目をやった。すでに炎はなく、おき火となっている。
 風が吹いた。ひどく冷たい風で、思わず俺は身を縮こまらせた。年が明けたといえども、まだ春は遠い。野宿をするには、冬は辛い季節である。
 俺は、傍に置いてある方天画戟を手に取って、立ち上がった。三人は、よく眠っているようだ。ニールなど、大きなイビキまでかいている。
 三人を起こさないよう、気を付けながら、俺はその場を離れた。
 眠れない日は、方天画戟を振るう事にしていた。戟を振るっていると、気持ちが澄んでくる。戟を一回振る度に、雑念も散っていくのだ。
 闇の中だった。月は出ているはずだが、森の中のため、月明かりは無いに等しい。
 鈍く、重い風の音が聞こえていた。俺の方天画戟を振る音である。
 ダウドは、着実に強くなろうとしている。ゆっくりと、本当にゆっくりとではあるが、強くなろうとしているのだ。それを邪魔したのは、確かに悪かったかもしれない。だが、ニールのやり方は酷烈すぎる。あんなやり方では、ダウドが先に潰れてしまうのではないのか。
 だが、ニールは甘い、と言った。俺のやり方が、考え方が甘い、と言ったのだ。俺のやり方では、生き残れない。ニールはそう言った。
 確かに正論かもしれない。だが、ダウドにはもっと適したやり方があるはずだ。ダウドはニールのやり方を受け入れたが、もっと他に何かあるのではないのか。ダウドとの付き合いは、俺の方が長い。だから、俺の思っている事の方が正しい、という気もする。
 気付くと、息が乱れていた。同時に暑いと感じて、身にまとっていた外套も脱いだ。
「シオン」
 ふと、背後から声をかけられた。振り返ったが、闇夜で姿は見えない。ただ、声でレンだろう、という事は分かった。 
「兄上ですか。起こしてしまったのなら、申し訳ありません」
「いや、ずっと起きてたさ」
 足音が近付いてきて、ぼんやりとレンの姿が浮かび上がった。
「ニールの言った事に納得ができないのか、シオン?」
 単刀直入に、そう言われた。表面に出さないようにはしていたが、レンには気付かれていたらしい。
 俺は返事をしなかった。別に言うべき事でもないだろう、という気がしたのだ。
「俺はニールのやり方は悪くない、と思う。お前に言うべきかどうか迷ったが、やはり言っておいた方が良いな」
 レンが一呼吸、間を置いた。その間が、何故か、ためらいのようなものを感じさせた。
「ニールのやり方でダウドが潰れたら、それまでだ。俺達と縁がなかった。そういう事になる」
 何を言うのですか。この言葉が喉まで出かかったが、何とか抑えた。さらにレンが言葉を続ける。
「俺達は遊びで旅をやってるわけじゃない。あの稽古で音を上げるようなら、ニールが言ったとおり、ダウドはお荷物になる」
「兄上、その言葉」
 言って、俺はレンに対して腹が立っている事に気付いた。
「酷な事を言っているとは思わない。ダウドは、俺達に付いてきたんだ。お前を慕って、という形はあるが、だからと言って、ダウドを特別扱いをするわけにはいかない」
「俺がダウドを守ります」
「駄目だ」
「何故ですか」
 方天画戟を持つ手が、震えている。ダウドを守る事の何がいけないのだ。弱者を守る。これは、当然の事だろう。
「お前がダウドに殺される。ダウドに足を引っ張られる形でな」
「兄上、言いたい事があるなら、はっきりと言ってください」
「ダウドから、離れてみろ。親の元から、子が巣立っていくのと同じように、ダウドもその時が来ている」
 レンが、何気なく言った。しかし、妙に心に響いた。
「ニールはお前のことを甘い、と言ったが、おそらくそうじゃない。ダウドを手のかかる弟のように思っているだけだ。だから、その思いを、一度捨ててみたらどうだ」
 レンが僅かに口元を緩める。
「ダウドは、ニールの稽古を乗り越えるぞ。必ずだ。弟を、信じてみたらどうだ、シオン」
 そう言って、レンは背中を見せて歩き出した。焚き火の所に、戻るのか。
 束の間、立ち竦んでいた。
 レンは、最初にわざと俺にきつい言葉を投げかけてきたのかもしれない。俺は、確かにダウドの事を手のかかる弟のように思っていた。だから、無闇に庇いたくなる。守ってやりたくなる。
 しかし、これが仲間なら、信頼できる弟なら、もっと違う感じ方をしたのではないのか。そして、ニールの言った事にも、自然と頷ける、という気がする。
 レンは、この事を会話の中で気付かせようとしたのかもしれない。
 いつまでも、ダウドを守ってやる必要はない。というより、ダウドが俺の元を離れたというのに、俺がダウドから離れられていなかった。
「兄上」
 俺は、レンが去って行った方に向けて、頭を下げた。
 ニールに言われた事は、もう気にならないだろう。そう思うと、急に眠くなってきた。
 明日からは、よく眠れそうだ。

       

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