Neetel Inside 文芸新都
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 西の地方で、不穏な空気が漂っていた。国に放っていた間者が、気になる情報を持ち帰って来たのだ。
 どうやら、港町ミュルスが国に対して反旗を翻そうとしているらしい。しかし、反乱を起こす理由は稚拙と言う他なく、大義などはない。つまり、私利私欲による反乱、という事なのだ。
 元々、ミュルスは交易で栄えた都市であり、軍も陸水の二面性を持っていた。私がまだ官軍に居た頃のミュルスは、まさに豊かな地方都市そのものであったが、フランツの改革を機に雰囲気が変わった、というような所はあった。
 間者の話によると、改革前まではレキサスという若い将校がミュルスに赴任していたという。このレキサスを中心にして、ミュルスは清廉な政治と軍事を執り行っていたのだ。
 しかし、フランツの改革によって、レキサスは都に異動となった。これと同時に、ミュルスは腐っていった。この腐りと、今回の反乱の噂は繋がっている、という感じがある。
 レキサスをはじめとする、優秀な人間達は都に異動となった。そしてその代わりに、元々都に居た役人や軍人が、ミュルスに異動となった。これによりレキサスらはともかく、都からミュルスに異動となった者達は、扶持(給料)が大幅に下がった。おそらく、これが今回の反乱の原因だろう。つまり、金が思うように手に入らなくなった事で、都から来た者達が大きな不満を持つようになったのだ。
 そして、ミュルスの軍は他の地方都市の軍と比較して、精強だった。サウスや私の率いていた軍とでは、多少の見劣りはするが、それでもまともな軍である事は変わりない。それで、馬鹿げた話ではあるが、新しく太守となった者が野心を抱いた、という事らしい。
「ミュルスの太守の名は、ルード、と言うそうだな」
「愚か者の名前だな」
 ルイスが気だるそうに言った。官位で言えば私の方が上だが、ルイスはランス以外には敬語を使おうとはしない。自らの主君は、ランス一人、と決めているのだろう。
 もう一人の軍師であるヨハンは、メッサーナで政治を執り行っている。これは本来、ランスがやるべき仕事なのだが、そのランスは病床に臥せていた。病状は、ただの風邪のようなもの、という事だが、一向に改善を見ないので心配である。
「間者の話によると、反乱はルードとその周りの者が騒ぎ立てているだけで、民らは知らん顔らしいが」
「当然だろう。反乱を起こす理由が、あまりにも馬鹿すぎる。捉え方によっては、扶持を上げろ。でなければ、反乱を起こすぞ、という駄々をこねている形にもなる。つまり、稚拙だ」
 特に深く考えての行動ではない事は分かっていた。まさにルイスが言ったとおりで、要は扶持を上げろ、という事なのだ。それが出来なければ、実力行使に出る。
 ミュルスはローザリア大河を懐に抱えていた。ローザリア大河とは、その名のとおり、巨大な運河である。都に入ってくる様々な物も、このローザリア大河を経由してくるケースがほとんどだ。
 仮にミュルスが反乱を起こせば、ローザリア大河の機能が止まる。したがって、国の物流も一時的に止まる事になる。だから、国も今回の件は単純に放っておく事はできない。
 つまり、国は何らかの対策を練らないといけないのだ。これは、私達にとっても機となり得る。
「ミュルスで動きがあれば、我々も軍を出そう」
 民をも含めた一枚岩での反乱ではないとは言え、実際に反乱が起きれば、国はミュルスに向けて兵を出さなければならなくなる。メッサーナとしては、これを上手く利用したい。
 今はコモン関所が国境となっているが、このコモンを出た先を領土として確保できれば、展開できる戦略は大幅に広がる。当然、国もこの事を見越して動いてくるだろうが、二方面で同時に戦場を抱えるというのは苦しいだろう。国は、以前ほど豊かではなくなってきているのだ。
「ミュルスの反乱規模にもよるが、軍を出すには良い機会となるか。しかし、いよいよ国はどうしようもなくなってきたな」
「それでも、まだ国は立っている。これは驚異的な事だ、ルイス」
「メッサーナに寝返った事を後悔しているのかな、鷹の目殿は?」
 ルイスが皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。ルイスはこういった嫌味をよく口にする。昔からそうらしいが、私はこの嫌味が好きではなかった。と言うより、好きな人間など居ないだろう。シーザーなど、すぐに激昂してしまう。ただ、例外として、レンだけはこの嫌味を上手くかわしていた。聞くところによると、レンの実父であるシグナスもそうだったらしい。
「レンは、まだ帰ってこないな」
 あえて、私は話題を変えた。
「メッサーナが嫌になったのではないかな。スズメバチ隊も、今はへっぽこが指揮していると言うし」
「ジャミルはよくやっている。あのロアーヌの調練を、しっかりと受け継いでいるのだ」
「死人が出る調練か。私は、どうかと思うがな」
「文官には分からないかもしれないが、あの調練には大変な意味があるのだ」
 ロアーヌの調練は確かに酷烈で、死人が出る事もある。だが、調練で死ぬという事は、戦でも死ぬのだ。そして、戦での死は、他の味方をも死へと引きずり込む。だったら、最初から調練で死んでいた方が良い。これはロアーヌの自論だったが、私にも頷けるところはあった。
 ただし、戦で死ねない兵の無念がある事も、事実である。
「いずれにしろ、スズメバチ隊が戦に出るのは、まだ先の事だ」
「大将軍レオンハルトに敗れた、天下最強の騎馬隊、か」
 そう言ったルイスに、どこかうんざりしている自分が居た。

       

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