Neetel Inside 文芸新都
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 ミュルスが反乱を起こした。私はこれを急報で知ったが、すぐに都でも大騒ぎとなった。政府の人間は情報の流出を止めようと動いていたが、どうやら上手く行かなかったようだ。今回の反乱で直に影響を受ける商人などが、無駄に騒いだのだろう。
 ローザリア大河が使えなくなる。すなわち、物流が止まる。大商人などは、王に陳情しようと王宮にまでやって来ているが、中には入れていない。入口の所で、追い返されているのだ。そもそもで、入れたとしても王には会えない。王は今、病床で生死の境をさまよっている。
 フランツが、王を代えるために暗躍していた。詳しいやり方までは分からないが、フランツは王を殺そうとしている。それも闇の軍が絡んでいる感じもあり、ついには数日前に王は倒れていた。フランツの決意が見えたあの日を境に、王の顔色が悪くなり始めた、という気はしていた。最初は蒼白で、それは次第に赤黒くなっていき、咳が多くなった。
 おそらく、毒だった。それも即効性のものではなく、遅効性のものだ。数ヵ月という時をかけて、フランツは王を毒殺しようとしている。
 さすがにこれには驚きを隠せなかった。別に王は殺さなくても良いのだ。どこか適当な田舎に追いやって、権力だけをもぎ取るだけで良かった。しかし、フランツはこの辺りは徹底してやった、という事なのか。生きていれば、また何かをやらかす。そういう風に考えたのかもしれない。
 今回のミュルスの反乱については、フランツは深く関わろうという気はないらしい。書簡で、父であるレオンハルトに鎮圧軍を出してくれ、と言ってきただけである。王を殺す事で、色々と手一杯なのだろう。一国の主を殺そうとしているのだ。余人には計り知れない労力を使っている事は容易に想像がついた。
「エルマン殿、本当に私で良いのですか」
 席についたまま、レキサスが言った。今は軍議中である。例に漏れず、父は出席していない。もう軍事に関わりたくないのだろう。最近では、副官のエルマンが代わりを務める事が多くなってきている。
「お前以外に居ない、と私が判断した」
 レキサスが難しい顔をした。エルマンが、レキサスを鎮圧軍の総大将に任命したのだ。レキサスはミュルス軍に居た経験があり、地形や軍の情報にも詳しい。また、レキサス自身にも戦の経験を積ませるのに良い機会だ、とエルマンは判断したのだろう。
 本来ならば、エルマンが総大将として出向くべきだった。しかし、メッサーナが居る。メッサーナを差し置いて、エルマンが戦に出る、というのは無謀過ぎる事だ。必ず、メッサーナはこの反乱に乗じて動いてくる。それに、エルマンはメッサーナ軍との戦を経験した、数少ない将軍の一人でもあった。
「副官、というより、補佐は付けて貰えるのですか?」
「ヤーマスとリブロフを付ける」
 エルマンがそう言うと、ヤーマスが僅かの顔色を変えた。元々、負けず嫌い、というような所はあった。同時期に将軍になったレキサスに、先を越されたと感じたのかもしれない。
 一方のリブロフは、表情も変えずに頷いていた。こちらは命令には忠実で、私情を挟むような事は絶対にしない。内心、どう思っているかまでは分からないが、不満を抱いている訳ではないだろう。
「御二方が付いてくれるのならば、私も安心ができます」
 レキサスはそう言ったが、自信はありそうだった。性格が謙虚なので、どうしてもそれが言動に現れる。私はレキサスのそういう所があまり好きではない。自信があるなら、自信があるとハッキリと態度に出せば良いのだ。こういった面では、ヤーマスの方が好感が持てる。
「フォーレとハルトレイン、私の三人はメッサーナ軍に備える。すでにピドナでは出陣の気配があるという。我々が動くと同時に、メッサーナも動いてくるだろう」
「エルマン将軍、私はどういう位置付けになるのでしょうか」
 私がそう言うと、エルマンがこちらを向いた。エルマンが第一、フォーレが第二。私はこの二人の下、と分かり切っている事だが、聞いておきたくなる。いつまでも、他人の下に居たくないのだ。
「ハルトレインは私の指揮下だ。フォーレも同様とする」
「フォーレ殿の方が、私よりも階級は上ですが、この辺りは?」
「ハルトレイン、大将軍より通達だ。本日付けで、大隊長から将軍に昇格とする」
 言われて、遅すぎる、と最初に思った。しかし、すぐに昇格の喜びも生じた。長い大隊長だった。元々、将軍になって当然の器量だったのだ。これを考えると、父に苛立ちを感じる。だが、将軍になったのだ。
「分かりました」
 私は短くそう言った。
「軍の編成は後日、決める。レキサス、お前もよく決めておけ」
「了解致しました。出陣する兵力は?」
「三万。ミュルス軍より二万少ないが、やってみせろ」
 今回はミュルス単体の反乱のため、敵の兵力は五万とそれほど多くはない。これが仮に西の地方全域の反乱だったなら、敵対する兵力は八万になる。そういった意味では、まだこちらに運はあった。
「やります。ヤーマス殿、リブロフ殿、力をお借り致します」
 そう言って、レキサスは頭を下げた。それに妙な白々しさを感じて、私は横を向いた。

       

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