Neetel Inside 文芸新都
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 目を凝らす先にある気配に、敵意はなかった。ただ、肌を刺すような鋭い気を放っている。向こうも、こちらの存在に気付いているはずだ。それで尚も、気を放ち続けている。
 今、面倒ごとは、避けたかった。危害を加えてこようとするなら、それなりの対応はするが、そうでないなら関わりたくない。これから、二百の賊と戦わなければならないのだ。
 野宿をしている時に、人と出会うのは珍しい事ではなかった。そのほとんどは旅人だが、大体は俺達を賊と勘違いして逃げる。あとは稀にではあるが、地元のならず者達とはち合わせて、その場でやり合った事もあった。
 この気配は、そのどちらでもない。一言で表現するなら鋭い気だが、虎のような獰猛さと明鏡止水の静けさが同居している。こんな気は、今までに感じた事がない。
「シオン兄、どうしたんでさ」
 傍に居た子分が俺の様子に気付いたのか、声をかけてきた。
「大した事じゃない。人が二人ばかり、こっちに向かっているだけだ」
 それを聞いた子分達が、俺の見ている方向に眼をやった。
「また、ならず者かなんかですかい? このクソ大変な時に」
「敵意はない。だが、只者でもない」
 この気は、武術をやる者の気だ。それも、かなりの腕前である。
 自分の武には自信があった。方天画戟を使わせたら、右に出る者は居ない。出会ってきた誰もが、そう言った。ただ、それを誇りにはしてこなかった。強いから、何だというのだ。そういう思いが、絶えず付きまとった。
 強いだけでは、駄目なのだ。何が駄目なのかまでは分からないが、今の俺は強さを持て余している、という所がある。少なくとも、それは自覚していた。流浪しながら賊退治を始めたのは、そういう理由も絡んでいた。
「どちらにしろ、シオン兄より強い奴なんて、この世にいねぇでしょう。あの剣のロアーヌだって、シオン兄には勝てませんぜ」
 何を馬鹿な事を。俺は単純にそう思った。俺より強い奴など、探せばいくらでも居るに違いないのだ。また、強さを競う事に大した意味はない。大事な事は、もっと他にある。いや、強さと共にあるべき何か。それが、大事なのだ。
 鋭い気が、一気に強くなった。やはり、敵意はない。
「シ、シオン兄」
 子分達から、落ち着きが消えていた。この鋭い気を、感じ取ったのだろう。だが、敵意がない事までは感じ取れていないようだ。
 その場を動かず、ジッと目を凝らしていた。一応、方天画戟は持ったままである。
 やがて、焚火の明かりで、二人の男の姿がぼんやりと浮かび上がってきた。それは、次第にはっきりとしてきた。
 一人は乱暴者の匂いを漂わせており、手には偃月刀を携えている。武芸の腕はそこそこだろう。少なくとも、弱くはない。
 俺が注視したのは、もう一人の方だった。
 隻眼。まず思ったのは、これだった。そして、思ったとおり、かなり出来る。持っている武器は槍で、俺よりも強いかもしれない。さっきから感じていた鋭い気は、この男のものだろう。一つしかない眼は、何とも言い表し難いものを宿していた。
 壮絶な眼だった。ただ、何か迷いのようなものがある。そして、哀しみを多く含んだ眼だった。
「何の用だ?」
 俺は、隻眼の男に向けて、そう言った。座ったままである。
 子分は全員、俺の背後に回って様子を窺っていた。腰抜けと思いたい所だが、この男が相手では仕方がないだろう。ただ、敵意は感じられないのだ。
「賊が居るって聞いたんだがな」
 乱暴者の方が言った。
「居るには居る。だが、俺達は賊じゃない。アテが外れたな」
「そんな事ぐらい、見りゃわかるぜ」
「なら、何の用だ? 食い物なら無いぞ」
「人数が足りねぇんだろうが?」
 俺は、乱暴者の眼を睨みつけた。
「何が言いたい?」
「村長から聞いたんだよ。俺達が手伝ってやる」
 乱暴者がそう言うと、背後の子分達が何か囁き始めた。
「ありがたい話だが、何故だ?」
「たった三十人で二百人の賊を倒せるか? 無理だろうが」
「やってみなければ、わからん」
 言ったが、勝算はほとんどなかった。今までの賊退治とは、規模が違うのだ。
「正規軍ならともかく、このど素人の集団じゃ無理だ」
「なんだとぉっ」
 背後に居た子分の一人が、声をあげた。
「お前らひとりひとりが、剣のロアーヌや槍のシグナスぐらい強ければ、話は別だろうがな」
「言わせておけば、この野郎っ」
 喚く子分を、俺は睨みつけた。それで、静かになった。
「だが、たった二人が加勢した所で、状況が変わるとは思えん」
「変わるさ。俺が、お前の子分の二十人分の働きをする。俺の隣に居る、このレンが、五十人分の働きをする」
 隻眼の男の名はレン。俺は、ただそう思った。五十人分の働き、というのは誇張でもなんでもないだろう。むしろ、それ以上かもしれない。だが、どこか馬鹿げている。
「そして、お前も五十人分の働きをする。単純計算で、これで百五十人だ。どうだ、これなら勝ち目はあるだろ」
 言われて、俺は笑みをこぼしていた。
 こいつはとんでもない馬鹿だ。馬鹿すぎて、どうでも良いような気分に襲われた。
「お前、名前は?」
「ニールだ」
 言って、男は白い歯を見せて笑った。
「とんでもない馬鹿だな、お前。鳥頭ってよく言われないか?」
「なんだと、てめぇっ」
 このニールという男、どうやら絵に描いたような直情型の男らしい。単純で分かりやすい。嫌いな部類の人間ではなかった。
「レンと言ったな、手は貸してもらえるのか?」
 俺がそう言うと、レンの右眼に力が入った。
「そのつもりで来た。ニールの計算はデタラメだが、勝ち目はあると俺は思う」
「ほう?」
「あんた、名前は?」
「シオン」
「そうか。もうニールが言ってしまったけど、俺はレン。よろしく頼む、シオン」
 そう言って、レンが柔らかい笑顔を作った。
 その笑顔に、俺は思わず引き込まれそうになった。今までに見た事がないほど、哀しい笑顔だった。

       

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