Neetel Inside 文芸新都
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 レンの眼差しは、真剣そのものだった。メッサーナに来ないか。レンは、ノエルにそう言ったのである。
 それに対して、何故か嫉妬している自分が居た。ノエルがレンの欲している人間だからなのか。俺は自ら志願して付いていく事になったのに対し、ノエルは誘いをかけられたからなのか。理由はわからない。
 しかし、ノエルがメッサーナにとって必要な人間だという事はわかった。僅かな時の交流の中で、ノエルはその才覚を示したのだ。
 ノエルは軍学はもとより、政治にも造詣が深い。書物を読み漁ったというが、それだけではないだろう。書物の内容をさらに噛み砕いて、完全に自分のものにしている。年齢はまだ二十歳にもなっていない、というが、持ち合わせている知識は相当なものである。
 今の俺達に足りないものは、知略だった。武勇には自信があるが、知略となれば閉口してしまう。俺など、レンの軍学にすら舌を巻いてしまうのだ。ノエルの話す軍学には、ただ驚嘆するばかりだった。
 しかし、ノエルには我が強い、という一面があった。自分の中にしっかりとした芯を持っており、これは絶対にぶれない。これは長所でもあるが、ある意味では短所だった。融通が利かない。つまりは、こういう事になるのだ。
 ノエルの外見はまるで優男だが、性格は厳しい所も持っている。そしてレンは、この部分も含めてノエルを評価していた。
 不意に、ノエルが目を閉じた。表情は読み取れない。
「ノエル」
 呟くように、レンが言った。
「やめよう、レン」
 ノエルが目を開く。表情に、決意が宿っていた。先述の芯が、顔に出ている。
「僕は国の人間で、お前はメッサーナの人間だ」
「だから、何だと言うんだ、ノエル」
「僕はメッサーナには行けない」
 ノエルが言い切った。レンが、僅かな驚きの表情を見せる。
「何故?」
「出会った場所が、時が悪かった」
「どういう意味だ?」
 レンが問うも、ノエルは返事をしなかった。ただ、レンの眼をジッと見つめている。
「それに、お前は軍を辞めている。このまま、一介の書生で人生を終えるのか?」
 レンの口調が、少し荒くなっていた。食い下がっているのだ。レンにもこういう一面があるのか、と俺は不思議な気持ちになっていた。
「どうかな、分からない。しかし、僕はメッサーナには行けない。というより、お前には付いていけない」
 言われたレンの表情が、僅かに強張った。
「お前は英傑すぎる。僕には眩し過ぎるのだ、レン。あえて何も聞かないが、お前は辛い過去を背負っているのだろう。しかし、その過去さえも、お前の英傑ぶりを惹き立てている。人づてに聞いただけで、僕は実際に見た事はないが、槍のシグナスのような輝きを、お前は放っているのだ」
 鋭すぎる。俺は、そう思った。ノエルの才覚は、決して知識だけのものではない。言い表しようのない天性のものを、ノエルは持っている。
「出会うのがもう少し前だったなら、僕はお前に魅かれたのだろうと思う。あるいは、出会う場所がミュルスでなかったなら」
「どういう意味だよ、ノエル」
 ニールが口を開いた。表情は、驚くほど真剣である。
「レキサス将校との出会い」
 言って、ノエルが眼を伏せた。
「あの人自身は、決して英傑ではない。しかし、周囲の助け次第では、英傑となり得る人だ。僕は、そんなレキサス将校に魅かれたのだ。この人を英傑にしたい。そう感じた。レン、お前はすでに英傑なのだ。僕の助けなど、必要ない」
「分からない。ノエル、俺はお前の言っている事が分からない」
「ならば、お前に付いてきている三人に聞いてみたら良い。いや、ダウドは違うのかな」
 ノエルが言い終えてから、俺はレンの顔を見た。まだ、表情は強張ったままだった。
「ハルトレイン、という男を知っているか。レン」
 ノエルがそう言うと、レンがハッとした。
「知っているな。あの男にも、軽く声を掛けられた。そして、あれもお前とは違う色だが、英傑だ。しかし、あの男はお前以上に僕の助けを必要としていなかった。というより、自由に動かせる駒が欲しかったのだろう。それが見えたので、僕も誘いを断った」
 それで、話が途切れた。レンはうつむき、目を閉じている。何かを考えているのか。
 ノエルの言うとおり、レンはまさしく英傑だった。これは、出会った時に感じた事だ。当時は上手く言葉で言い表せなかったが、今なら分かる。俺は、レンの英傑ぶりに魅かれていたのだ。
 そしておそらく、ノエルの言った事は本当の事だ。出会う場所、あるいは時が違っていれば、ノエルは俺達と共にメッサーナに行っていた。
「天命、なのかな」
 しばらくして、レンが顔をあげながら言った。表情には、諦めの色が見える。
「レキサスよりも早く出会っていれば。そう思わずにはいられない」
「人の出会いとは、天命そのものだよ。僕はそう思う」
「今後はレキサスを支える道を模索していくのか?」
「さっきも言ったとおり、分からない。だが、遠くない内にそうなる気がするのだ。お前ほどの男に出会っても、付いていこうという気にならなかった。これはすなわち、天命だろう、と僕は思う」
「そうか」
 言って、レンが立ち上がった。それを見て、俺達も立ち上がる。
「答えを授けてくれて、ありがとう」
 レンはそう言ったが、俺にはよく意味が分からなかった。いや、分からなくて当然なのだ。ただ、レンは何かを得た。それも、旅の終わりに直結するような何かを得た。
「せめてものお詫びだよ、レン」
 言ったノエルに、レンは笑顔で応えた。
 四人で、店を出る。空を見上げると、星が綺麗に瞬いていた。
「みんな、明日の朝にこのミュルスを立とう。そして、メッサーナに帰る」
 そう言ったレンに向けて、俺達は頷いていた。やはり、ノエルとの会話の中で、レンは何かを得たのだ。
 そろそろ、官軍とミュルス軍の戦が始まる。だから、早くミュルスを出た方が良いだろう。戦が始まれば、旅人を含めた人民は町から出られなくなるのだ。
「シオン、ダウド、一緒に来てくれるか?」
「勿論です。兄上」
「シオン兄が行くなら、俺も」
 レンが頷く。そして、寂しそうな目で、ノエルの居る店の方を見た。
「おら、行くぞ」
 そんなレンの肩を、ニールがガッシリと掴んだ。レンがニコリと笑い、歩き出す。
 メッサーナに帰る。レンは、そう言った。つまり、旅を終える。歩きながら、俺はそんな事を思っていた。
 風が吹いた。冬の冷たさはすでに無くなっていて、暖かい春を呼ぶ風だった。

       

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